第壱話 【2】 いざ、反撃へ
どれくらい寝たかな……。
目が覚めた後、自分の身体の状態を確認すると、痛みはいつの間にか取れていて、だいぶ動ける様になってきていました。
だけど、別の意味で動けません。
「くぅ……くぅ」
僕を膝枕した状態で、壁に寄りかかってわら子ちゃんまで寝ちゃっています。
いや……あのね。ここ敵の本拠地なんですよ? 何でそんな可愛い寝息を立てられるのですか。
だけど、思い出しました。わら子ちゃんって、昔僕がまだ男の子の頃、隠れんぼして遊んでいた時に、おじいちゃんの家の蔵の中で寝ていました。どうやらわら子ちゃんは、暗い所に居ると寝てしまうそうです。
それでも当時の僕からしたら、見つけるのに苦労したのに、当のわら子ちゃんは寝ていたからさ、怒っちゃってしばらく口をきかなかったんです。
その後はもうお約束で、わら子ちゃんが泣きそうになってしまい、僕に不幸の暴走が起こり、とても酷い目に遭いました。
「わら子ちゃん~起きて下さい」
とにかくわら子ちゃんを起こさないと、ここで滅幻宗が来てしまって、僕を連れ去ろうとしたらどうするんですか?
だけど次の瞬間、わら子ちゃんの顔が前に傾き、そして彼女の口から涎が垂れ、僕の顔めがけて――
「うわぁ!!」
咄嗟に横に転がって回避しました。
僕には、里子ちゃんのような変態趣味はありません。避けて当然です。だけどそのせいで、わら子ちゃんが起きちゃいました。
「はっ……! あっ、ご、ごめん。椿ちゃん」
恥ずかしそうにしながら涎を拭き、僕に謝るわら子ちゃんは可愛いけれど、だからって変態な事はしたくないですよ。
「わら子ちゃん……やっぱり、暗い所に居たら寝ちゃうんですね」
「うん、ごめんなさい。私は、椿ちゃんと遊んでいた時から変わらないから」
「そうかな? 今のわら子ちゃんは自信に満ちていて、昔と違うよ」
僕の知っているわら子ちゃんは、もっとオドオドしていましたよ。というより、最近まではそうだったのに、あの廃村での任務以来、わら子ちゃんは何か吹っ切れた感じになってきているんですよね。
ちょっと寂しい……。
「あっ……椿ちゃんは、オドオドしている感じの方が良い? それだったら、も、戻すけど……」
「あっ、良い良い! 無理に戻さなくても良いです」
今の、絶対に無理していました。何だか演じている様な、そんな感じで違和感がありましたよ。
「ふふ、ありがとう。椿ちゃんは優しいね」
今そんな事を面と向かって言われると、恥ずかしいんですけど……。
「あっ、それよりわら子ちゃん。これからどうするの?」
これ以上僕が恥ずかしい目に合わない為にも、僕は話題を変え、これからどうするのかをわら子ちゃんに聞きました。
「その前に椿ちゃん、お腹空いたでしょ? もう夕方だけど、はい、お昼ご飯」
「あ、そっか。ありがとう」
この後の事を考えていて、それをすっかり忘れていましたね。もうお腹ペコペコです。
そして僕は、わら子ちゃんからお弁当を受け取り、蓋を開け、いつもの様に蠢くおかずやご飯達を、手際良く口に運んでいきます。
「それじゃあ、この後の事は食べながら聞いてね」
「んぐっ!」
「もう、椿ちゃん。返事は良いよ。でも、リスみたいにほっぺ膨らましちゃって、可愛い」
そんな事は良いから、早く話して下さい。ちょっと、ご飯を多くかき込み過ぎたのです。恥ずかしい……。
「では。私達のやる事は、敵の総大将を見つける事。そして可能なら、そいつを捕らえる。今のところ、あの人達が言ってる『奈田姫』が、そうだと思うの」
確かにあの4人は、時折その人物名を口にしています。
総大将かどうかは分からないけれど、4人にとって重要な人物なのは間違いないですね。
「そして、玄葉さんがもう1度ここに来た時に、私達の牢の鍵を持って来てくれる手はずになっているから、その時に脱出するわ」
「んっ……了解です。それでその奈田姫って人は、今どこに居るのか、その予想はついているんですか?」
口の中で蠢くご飯を飲み込んだ後、僕はわら子ちゃんに確認する。だって、当てもなく動き回っていたら、あの4人に見つかってしまいそうだからね。
「うん、それなら大丈夫。ここも寺院関係の建物なら、多分奥の院とか、そういう場所に居るんじゃないかな? とにかく、奥に進んでみたら良いと思う」
「そっか。でもそれって、あの4人に遭遇する確率も……」
「高いよ。しかも、私達では勝てそうにない」
そうですよね。玄葉さんも合わせて3人では、あの4人に勝てそうに無いです。という事は、出来るだけあの4人に見つからずに、奥の院に辿り着かないと駄目なのですね。
かなり難易度が高いような……。
「大丈夫。その為に、玄葉さんが潜入員に選ばれたの。あの玄武の盾は、どんなものでも防ぐからね。最悪の場合、玄葉さんの盾で守られながら、皆が来るまで逃げまくったら良いの」
なるほど、そこまで考えた上での人選なんですね。
「んっ……ご馳走様」
わら子ちゃんの話を聞きながら、持ってきてくれたお弁当を食べ終えた僕は、立ち上がって伸びをします。
「よし。準備オーケーです! あとは玄葉さんが来るのを待つだけですね」
「うん、そうだね」
だけどその前に、まだ確認する事があります。
「わら子ちゃん、湯口先輩はどうするの?」
「勿論、可能なら助けるよ。でも、可能なら……ね」
「そう、ですか」
可能なら。それは先輩が、とっくに敵の手中に落ちていた場合、救出は諦める、という事ですね。
だけど僕は、それでも助けたいです。
それだけ僕の中で、先輩の存在は大きくなっていました。だって、あの2人とは違う、何か別の安心感があるんです。
「椿ちゃん。多分椿ちゃんなら、無理してでも助けようとするよね?」
「うっ、バレてた?」
「私の方が、椿ちゃんと長く付き合っているんだよ? それ位分かるよ」
そうでしたね。何だかわら子ちゃんは、幼なじみとかそんな感じです。僕の考えや行動に、すぐ気付いちゃうんですよね。
「だけど、皆もそれは分かっているはずだよ。だから椿ちゃんは、やりたい事を全力でやったらいいよ。フォローするから」
「ごめんなさい、わら子ちゃん」
「違うよ、そこはありがとうだよ」
謝る僕を見て、わら子ちゃんは微笑みながら、僕の手を取った。流石は座敷わらしですね。その微笑み、見た人が幸せになりそうな感じですよ。
「だから、その人も助けて総大将も捕まえる。それが、私達の目標。良い?」
「うん、ありがとう。わら子ちゃん」
本当に、僕は色んな人に支えられていますね。
だからこそ、僕は強くなりたいんです。例え皆がこんな風に攫われても、直ぐに助けられる位に、僕は強くなりたい。
そしてその後、気を引き締めた僕達の前に、玄葉さんがやって来ました。
「お二人とも、お待たせしました。準備の方は……良いようですね」
玄葉さんは僕達の目を見た瞬間、確認する必要も無かったという顔をしながら、僕達の居る鉄格子に近づき、そして牢の鍵を開けてくれました。
「さっ、行きましょう。幹部の4人は瞑想の時間らしく、奥に行きましたし、他の者はこれを期に、だらけきって遊んでいます。今がチャンスです」
「分かりました。行きましょう、玄葉さん」
牢から解放された僕達は、反撃の準備をする。
人外の僕達を、容易く扱えると甘くみた報いですよ。僕達は、そう簡単にはやられません。
「椿ちゃん、気合入れるのは良いけれど、隠密行動だよ?」
「うっ……分かってます」
何故かわら子ちゃんから釘を刺されました。
僕ってば、そんなに力入っていたかな? そうだね、気を付けましょう。見つかったら元も子もないですよね。
そして僕達は、薄暗い牢屋を出る為に、玄葉さんを先頭にして、出口へと向かって歩き出す。
慎重に、でも気を緩めずに。いつ何処に敵の姿があるか分からないからね。
美亜ちゃんの家みたいに、そこら中に呪いがある事はないと思うけれど、それでもこういう隠密行動はドキドキしちゃいます。