第拾話 【2】 がしゃどくろのお嫁さん
あの後、おじいちゃんに電話をして、センターに連絡を入れてもらおうと思ったけれど、おじいちゃんに「その程度ならセンターに言わなくても大丈夫じゃ、連れて来い」と言われたので、白骨化した口裂け女さんと一緒に、家に帰って来ました。
「へぇ、ここで怖がらせる為の特訓が出来るのね。ありがたいわ、何としても返り咲いてやる。あいつ等なんかに負けるか」
口裂け女さんは、もうやる気満々ですね。骨じゃなければ、多分裂けた口をにやけさせて、怖い事になっていたかも知れないですね。
「う~ん、でもなぁ……その白骨化した状態じゃ、インパクトが……」
「何か言ったぁ!?」
「わぁ! 怖い姿にならないでください!」
呟いたはずなのに、この人意外と地獄耳です。恐ろしい……。
『これ、玄関前で何を騒いどるんじゃ?』
『おぉ、椿も今帰ったのか?』
「あっ、白狐さん黒狐さんも今帰っ……ムグ」
お帰りのハグは中に入ってからでお願いします。カナちゃんも雪ちゃんも見てるんだってば。
すると、僕の様子を見ていた口裂け女さんが、あからさまに皆にも分かるようにして、ため息をつきました。
「はぁ……見せつけてくれちゃって。私もこんな姿じゃなければ、彼氏……ううん、旦那が出来ていたはず。それなのに……」
あれ? 口裂け女さんが「私、綺麗?」って聞きまくっていたのは、もう2度と彼氏や夫が出来ないかも知れない、そんな思いからやっていた事なんでしょうか。
そうだとしたら、ちょっと可哀想かも知れません。
『むむ? この奇っ怪な妖怪はなんじゃ?』
『待て白狐。この妖気、どこかで感じた事が無いか?』
『なぬ? どこじゃ?』
『う~む……ちょっと忘れたな』
あっ、黒狐さん……それ多分、言ったら駄目だと思います。ほら、口裂け女さんがまた怒っちゃって、凶暴化しちゃってます。
「あぁぁぁあ!! どうせ私なんて、私なんてぇ!!」
『うぉ! 何故暴れ出すんだ!』
「多分、黒狐さんのせいです」
『俺か?!』
めちゃくちゃに腕を振り回している口裂け女さんの攻撃を支わしながら、黒狐さんがそう言ってきます。
何気ない一言でも、相手は傷つきますよ。黒狐さんって、本当に守り神なんでしょうか。
「白骨化した口裂け女さんに対して、その言葉は傷をえぐるだけですよ」
『何? 口裂け女か?! どうりで感じた事がある妖気だと思った。昔至る所で群れていたから、センターの妖怪総動員で、一斉に捕まえた事があるが、まさか逃げ延びている奴がいたとはな。その後もちょくちょく出現していたようだが、いつしか聞かなくなっていたな』
そんな事があったんですね。それで、今までずっと逃げ続けてこんな事に……なんだか、口裂け女さんが少し可哀想に思えてきました。
―― ―― ――
その後、白骨化した口裂け女さんを宥め、皆揃って家に入ると、天狗の姿をしたおじいちゃんと、里子ちゃんが出迎えてくれました。
「お帰り~椿ちゃん~その方が、新入りの妖怪さん?」
「あっ、そうです。口裂け白骨女さんです」
「ちょっと、どういう紹介よ!」
いや、毎回毎回「白骨化した」なんて言うのは、面倒くさいですよ。だから『口裂け白骨女』さんです。でもおかしいな、逆に呼びにくくなったような……。
「ふむ、呼び名など何でも良いだろう。来い、皆に紹介せねばならん」
「あっ、は、はい」
すると、口裂け女さんはしおらしく返事をしました。何で急にしおらしくなったんだろう?
僕がそう思っていたら、おじいちゃんの後ろから、がしゃどくろさんが覗き込んでいました。そして、おじいちゃんでは無く、がしゃどくろさんをジッと見ている口裂け白骨女さん。
えっ? えっ? なにこの空気。何というか、2人の間にだけ、ピンク色の甘い空間が広がってそうな、そんな感じがするんですけど。
「おぉ……何て綺麗な骨をした方なんだ」
「はっ……あっ、そ、そんな……こ、これでもぉ?!」
あ~また口裂け女さんが、巨大化して禍々しくなってる。何しているんですか? 嫌われますよ。
「おぉ、何て素晴らしい。その姿の方がより魅力的だぞ。立派な骨に、理想の骨格。しかも禍々しくて、人を怖がらせる立派な魅力を持っている! 素晴らしい!」
「え~!?」
もう僕には、何が起きているのか分かりません! 2人とも歩み寄って、何見つめ合っているんですか。
「あ、あなたの方こそ……とっても太くて立派で、素敵です」
「骨がね……」
「椿ちゃん、ボソッと何呟いてるの?」
すいません、カナちゃん。こうやって言っておかないと、僕が変な想像してしまいそうなんです。
そして「何もかもお見通しだ」みたいな顔して、僕の肩に手を置かないで下さい、白狐さん黒狐さん。とりあえず、尻尾を立てて威嚇しておきます。
「よし、それじゃあ皆に紹介しよう。俺の彼女……いや、妻として」
「いやぁ~ん、気が早いわよぉ、あなた」
口裂け女さんもその気じゃないですか……人を怖がらせる特訓はどうしたのですか? ちょっと、ねぇ。
「ほぉ、これはめでたい。ベストカップル、いやベストパートナーじゃな」
「おじいちゃんまで!?」
僕の感覚の方がおかしいのでしょうか?
そんな混乱する僕の頭を、白狐さんと黒狐さんが撫でてくる。僕がまだ、妖怪さん達との生活に慣れていないんですね……頑張らないと。
「椿ちゃん。妖怪も人も、変わらないんだね」
「うん。同じように、愛情がある」
「そうですね。何も変わらないよ」
カナちゃんと雪ちゃんにそう言うと同時に、後ろで呆然とする湯口先輩にも言ってみる。
「先輩、分かってるよね?」
「あぁ……そうだな。少し異様だが……まぁ、人と変わらんな。だが、1つ気になる事がある」
すると、先輩は真剣な顔をしてくる。
まだ先輩は、滅幻宗の言うことを信じているんでしょうか? そうだとしたら、何が気になっているんだろう? 全部話すつもりなら良いけれど、先輩が納得のいく答えを言えるかな……? それに、先輩にどんな思惑があるかも分からない。
そんな考えの中、僕と先輩の間には、張り詰めた空気が流れ始める。
その空気に気付いた白狐さん黒狐さんも、僕の横で先輩を睨んでいる。先輩が何かするなら、白狐さん黒狐さんが押さえつけそうですね。
それよりも、僕達は家の玄関で何をやっているんでしょうかね。
「椿、こんな事を聞くのは不味いかも知れない。だが、聞かなきゃ気になってしょうが無いんだ」
「なに?」
先輩も緊張しているみたいで、そのせいで僕も緊張してしまっています。
「椿! あの骨の奴等もそうだが、妖怪ってどうやって子作りするんだ!?」
…………はい?
「気になってしょうが無いんだ。性器が無い奴等もいるだろう? そもそも、霊体みたいな奴だっている。どうやって子孫を残しているんだぁ!!」
そんな事を気にしていたんですか?!
「長寿の妖怪は繁殖しないし、自然的に発生する妖怪も居ますから!」
先輩は何を聞いてくるんですか! 緊張してしまった僕が恥ずかしいですよ。
『しかしな、中には我等のように、繁殖をし、子を残す者も少なくは無い』
『それに、変化で人間に化ければ、繁殖も可能という事だ』
「なる程。という事は半妖は、そうやって化けた妖怪と人間が一緒になって生まれるのか。ならば、妖怪達に制限をした方が……」
「じゃから、規約や制限はいくらでもあるし、破ったら即人間界には居られなくなるわ」
あのぉ……白狐さん黒狐さん、僕を抱き締めたままで話を始めないで下さい。
向こうは向こうで、がしゃどくろさんに嫁が出来たって騒がしいし、カナちゃんと雪ちゃんもそっちに興味があるのか、大広間に向かっちゃいましたよ。
『だから、靖。結局お前にやる訳にはいかないという訳だ。お前と結ばれたら、半妖の狐娘が生まれてしまうわ』
『おぉ、それはいかん。妖狐は純血でないといかん』
白狐さん、その決まりはどこから出ているんですか? このままじゃあ、玄関の所で喧嘩が始まってしまうかも知れない。しょうが無いなぁ、もう。
「あの、白狐さん黒狐さん。僕、ちょっと疲れたから休みたいんです。部屋まで運んでくれる?」
すると、白狐さん黒狐さんが目を見開き、僕を担ぎ――上げるのはどっちだと、喧嘩をし始めました。
『手を離せ黒狐よ!』
『断る! おい、靖。こっちに協力しろ! 後で交替で、お前にも椿を運ばしてやる!』
「よし来た、任せろ!」
『ぬ! お主等結託しおったか! だが、負けん!』
そして結局、玄関前で喧嘩が始まっちゃいました……大失敗です。こんなの『3人寄れば災いの元』ですよ。
僕はため息をつきながらそんな事を考え、3人に代わる代わる抱き締められました。すいません、心臓がもたないです。