第拾話 【1】 白骨化した口裂け女
その日の放課後。
僕とカナちゃんと雪ちゃん、それとどこから聞きつけたのか、湯口先輩まで一緒になって、南校舎の見回りをしています。
僕自身の神妖の力の方は、その能力も使い方も分からない。
暴走しないようにしないといけないけれど、そもそも無意識みたいなので、対策も出来ません。
今の所、命に関わるような事にはなっていないので、家に帰ったら白狐さん黒狐さんに相談してみようかな。
そして、夕焼けで薄暗くなった校内を、僕達は教室を一つ一つ確認しながら回っています。
「そういえば、侵入されたかも知れない妖怪さんは、どこに居るんですか?」
こうやって一つ一つ見るより、目撃情報のある所に行った方が、早いんじゃないのかな?
そう思った僕は、歩きながらカナちゃんに聞いてみた。先輩は常に警戒しているけれど、そもそもそんなに強い妖気を感じません。だから、僕も困っちゃったんです。探れないからね……。
「う~ん、それがね。校長先生が言うには、廊下を歩いていると、突然現れるんだって」
「何だそりゃ、お化けか何かか? それなら俺の方が専門だ。任せとけ」
カナちゃんの言葉に、先輩が自信満々に言うけれど、カナちゃんと雪ちゃんは、未だに先輩を警戒しているのか、少し距離がありますね。
「大丈夫だよ、カナちゃん。ちゃんと隷属の首輪をしているから」
「クソ……椿、お前目覚めたんじゃないだろうな?」
「そんな訳ないですよ。念のためです」
別に、僕が先輩をどうこうしたいという気持ちは無いので、安心して下さい。
「そ、その人は、椿ちゃんが居るから大丈夫だとは思うけど……やっぱり、ね」
「仲間が何して来るか、分からない」
カナちゃんと雪ちゃんが警戒していたのは、そこでしたか。確かに、この前完全に滅幻宗と敵対しちゃったから、向こうも本腰を入れて来るかも知れません。
でもやっぱり、最近の滅幻宗は大人しいといいますか、何かを企んでいるのか、あまり動きを見せません。
「えっ? 椿ちゃん。あれ、なに?!」
すると突然、カナちゃんが声を上げて前方を指差しました。
滅幻宗の事は、今考えても意味が無いですね。今は校長先生からの頼み事を――
「……何ですか? あれ」
廊下の先、階段の手前に何かある。というか、何かいる? 立っているのかな?
何だか良く分からないので、目を凝らして良く見てみると、白くて細い物が立っていました。
いや、とても有名な物が立っていましたね。
「カナちゃん……あれって、人体模型のガイコツさんじゃないですか? 支えが無いから、そのまんま白骨化した死体だけど……」
「待って、何でそんな物がここに?」
「普通、理科室」
雪ちゃんの言うとおり、普通は理科室です。つまり居るとしたら、理科室のある北校舎のはずなんですよね。
何でここに居るの。
すると突然、そのガイコツさんが僕達の方を振り向き、ゆっくりと近付いて来る。それだけでも怖いのに、更に怖い事を言ってきました。
「ねぇ、私の体って……綺麗?」
待って下さい。それは口裂け女さんの台詞ですよ。あなたの台詞じゃありません。
なんて事を考えている場合じゃないですよね。ゆっくりと近付いて来るガイコツさんは、徐々に歩くスピードを上げています。
ゆっくりとゆっくりと、確実に歩くのが早くなっていって、そして腕も振り始め、最終的には走り出しました。
「ねぇ……! 私の体、綺麗~?」
そして僕達は、全員で回れ右して全速力で逃げます。
「わぁぁぁあ!!」
「言ってる事が違うから、逆に怖い~!」
「口裂け女? の、白骨化死体?」
「いや、意味が分からねぇ!」
「ちょっと先輩! 本職の人が何で逃げているんですか?!」
「あぁっ!? しまった! と言うか、椿も逃げてるだろう!」
「僕はその場の流れで!!」
もう何が何だか分からないけれど、そういう事にしておきます。
皆何故か、必死に逃げちゃっています。
だって、捕まったらどうなるか分からないし、そうなると逃げるよね。
「待って、皆! 口裂け女ってさ、足速く無かったっけ?!」
カナちゃんに言われて気付いたけれど、確かに話によっては、口裂け女さんは異様に足が速い設定でしたよね? という事は……。
「ねぇ、私の体、綺麗~?」
「隣にいたぁあ!!」
骨だからか知らないけれど、すっごく早かったです! とりあえず、褒めたら駄目だったはず。
「え、えっと。綺麗、綺麗ですよ! 骨が白くてしっかりしていて、綺麗だと思います!」
「カナちゃん!! 口裂け女さんの話、知ってますか?!」
それ、言ったら駄目な事だと思いますよ!
必死に逃げても横にピッタリくっついているし、このままではいけないとは思ったけれど、やっぱりこのガイコツの人体模型みたいなのは、口裂け女さんだと思います。
だってカナちゃんの言葉の後、ゆっくりと口の部分に割れ目が入り、裂けていってますからね。
しかも、体まで徐々に変形していって、より禍々しく、より刺々しく、骨の状態のままで、地獄にいる鬼の様な形になっていっています。
「これでもぉ~?!」
「ほらぁ!! カナちゃんのばかぁ!」
「ごめんなさい~! そこまでは知らなかったんだもん~!」
確かに、口裂け女さんが有名になったのは、1970年代だし、最近は知らない人の方が多いくらいですね。
このガイコツさんは、包丁とかは持っていなかったけれど、こんな変化があるなら、危険なのには変わらないです。
「クソ! おい椿、こいつは手配書にある奴か?! ある奴なら滅するぞ!」
「ちょっと待って、今調べてるから! というか、滅したら駄目!」
僕は先輩にそう言いながら、自分のスマホを操作して、この妖怪さんの妖気を調べています。
「うん。何にも出ないという事は、悪い妖怪じゃないかも知れません!」
「何!? それじゃあ、どうやって止めるんだ?!」
「えっと、何か止める方法……」
「ポマード、べっこう飴。これ、有名じゃない? 知らない香苗は役立たず」
「ちょっと雪、止めてよ! というか、そんなの誰も持ってないでしょうが!」
そうでした。口裂け女さんに出会ったら、この2つが有効らしいですね。だけど、カナちゃんが言った通り、誰もそんな物は持っていなかったです。どうしましょう……。
それと、確かに有名な話かも知れないけれど、今はもう、口裂け女さんの話だけじゃ、皆怖がらなくなっていますね。
あれ? もしかして、この口裂け女さんが白骨化したのって……。
「もしかして……皆が怖がらなくなって、その姿を忘れられそうだから、身体の肉が無くなった?」
すると、僕のその言葉に対して、白骨化した口裂け女さんが反応をしたけれど、同時に暴れ始めました。
「えぇ……そうよ。そうよ!! 皆私の事なんて、話題になんかしやしない! それどころか、私にそっくりな奴等が現れて、皆を怖がらせている始末! 何よ! どっちも長髪で、白い服着て、ゆっくりと這いつくばっているだけで、何が怖いのよ!」
「わ~!! それ以上は言ったらだめぇ!!」
それに、その内の片方は、白いというよりはちょっとくすんでいるから――じゃなくて!
とにかく、この白骨化した口裂け女さんを止めないと、校舎に被害が……。
「あっ、ガラス割られた」
「ちょっと、椿ちゃん。何とか止め……」
「妖異顕現、影の操」
「ひぇっ?! な、何よこれぇ!」
流石に今ので、外にいる人達に怪しまれたかも知れません。そしてこの、白骨化した口裂け女さんも、部活をしている人には見えているかも知れないです。
それならわざわざ、被害の出ない所で押さえようとするんじゃなくて、最初からこうするべきでしたね。
この白骨化した口裂け女さんの影は大きいから、ちょっと多めに妖気が要りました。その大きな影の腕で捕獲をしたから、ちょっとやそっとでは動けませんよ。
だから、身をよじらないで欲しいです。壁が削れているし、窓がもう1枚割れたし、それ以上やるなら、もう後は鎖で固定するしかないよ。
「口裂け女さん。もう大人しくしていて下さい。これで固定しますよ?」
僕はそう言って、白骨化した口裂け女さんに、鎖の妖術を発動して、それを床に垂らして見せます。
そうなると、流石に暴れても無駄だと分かってくれたのか、白骨化した口裂け女さんは、ようやく大人しくなってくれました。
「はぁ……しょうが無いわ。それで、私をどうするの? センターに引き渡すのかしら?」
「いえ、あなたは手配されていないので、センターに相談はするけれど、捕まったりは無いかな? あっ、割ったガラスの弁償はあるかも知れないけどね」
何にしても、悪さをする妖怪じゃなくて良かったです。
ただ単に、自分の身に起きた理不尽に怒って、やり場の無い怒りをぶつけたかっただけのようです。