第玖話 【2】 椿の本来の能力
僕達の模擬戦を見ていた八坂校長先生は、扇子を広げながらこっちにやって来た。
「いやいや、流石だね~椿君。夏休みの間に、君は更に強くなったようだ。妖狐が板に付いてきているね」
扇子の文字は見ませんよ。いや、また変な事をされると困るから、見ておいた方が良いけれど、もう突っ込まないよ。
「何しに来たんですか? もう直ぐお昼休みも終わりますよ」
「なに、君達に少しお願いをと思ってね」
嫌な予感しかしないけれど、断ったら断ったで、カナちゃんや雪ちゃんに怪しまれちゃう。内容にもよるけれど、慎重に答えた方が良いかな……。
「八坂校長先生、ここから先はこの私……」
あっ、更に嫌な予感がします。
「皆の味方! 半妖の味方! この赤木生徒会長――」
「妖異顕現、黒鉄の鎖舞」
「――がぁっ?!」
変な前口上で、校長先生の後ろから登場するから、そうなるんですよ。尻尾の毛を変化させた鎖で、変態会長を縛り付けました。
そのままこの鎖は尻尾から取り外せるので、これで捕獲完了という事です。
「いや、何をするんだい?! 僕はまだ何もやっていないよ?!」
「すいません。こうでもしないと、まともに会話が出来ないんです。危なくてね」
「僕は危険生物か何かかい?」
「ある意味、危険生物より厄介です」
女性のみにだけどね。
すると、校長先生もニコニコしながら、変態会長に近づいて行く。
「赤木君。君は良く動いてくれいて、助かっているよ。だけどね、ちょっと一線を越えてしまうところが、玉に瑕かな?」
「あの、校長先生……私が何か?」
流石に変態会長も、校長先生を前にしては、蛇に睨まれた蛙状態で、凄く大人しくなっていますね。何かしたんでしょうか。
「君、体育の時間中、水泳の授業をしている女子の更衣室に忍び込み、服とかに染み付いている汗とか、その他色んなものを舐め取ったようだね?」
「いえ、あれは……私は垢舐めの半妖ですから、垢を舐め取って妖気を補充しないと、不完全な私では暴走を……」
「風呂桶ので我慢しろと、そう言いましたよね?」
「うっ、ぐぅ……いや、その……うわっ!」
校長先生、こんな人に慈悲なんて不要です。
このまま僕の鎖で縛り付けたまま、屋上から吊り下げておきしょう。
「待て待て! 椿君、話を聞け! 半妖の中には、ある程度妖気を補充しておかないと、暴走する人も居る! 辻中君もその1人だ! だから私も、人の身体の垢を舐めて、妖気を補充しないと、暴走してとんでもない、事……に」
僕の目を見て観念しましたか? 僕はその言葉のせいで、更に怒っちゃったからね。適当な事は言わないようにして欲しいですね。
「別にさ、妖気を補充出来れば良いんでしょ? 妖怪食で十分だよね? それにカナちゃんは、ちゃんと妖気を摂取していても暴走したよ? 気持ちの問題じゃないんですか? 言い訳になってないですよ、変態」
「椿ちゃん、遂に会長が取れたよ」
「しかも、一気にランクダウンしている……恐ろしい」
2人とも関心しないで下さい。
それよりも、痛い所を突かれたこの変態は、ようやく大人しくなりました。だから遠慮無く、屋上から吊り下げておきます。
「さて、説明する為に出て来たのに、結局罰せられて終わりの子は放っておいて、君達3人に、放課後校内の見回りをお願いしたいのさ」
校長先生も、駄目な事をした半妖には厳しくあたっているんですね。それならあの変態、もうちょっと厳しく見ておいて欲しいですね。
僕がその変態を屋上から吊り下げた後、校長先生は笑顔のままでこちらにやって来るけれど、僕としてはその笑顔が少し怖いです。
「校長先生。それだけだったら、いつも生徒会の人がやっているから、今更私達がやったところで……」
「いや、それがね……夏休みの間に、変な妖怪が紛れ込んだらしくてね。手配書の妖怪だったら危ないだろ? だからここは、槻本君に調べてもらいたいんだ」
「あ、分かりました。それだけでしたら大丈夫です」
僕は校長先生の反応を探る為に、少しだけかまをかけてみたけれど……校長先生はニコニコしているだけで、反応無しです。年の功というやつですか、これは僕なんかじゃ駄目ですね。
「それじゃ、宜しくね。君達3人には、特に期待しているからね」
そう言いながら、校長先生はその場を後にする。
手配書の妖怪でも、ランクが低ければ何とかなるけれど、ランクが高い奴だと、どうすれば良いんでしょう? 校長先生、その辺りは考えているのかな……。
「よ~し。ちゃんと椿ちゃんの役に立てるんだって事を証明して、椿ちゃんのパートナーになるんだ!」
カナちゃんは拳を握り締め、やる気に満ちていました。君はそんな望みを持っていたんですね。
「あのね、カナちゃんは十分に、僕のパートナーとして頑張ってくれていますよ。学校での事は、カナちゃん達がいないと上手く事が運ばないからね」
すると、カナちゃんがいきなり僕の方を向くと、嬉しそうな顔をしながら、僕に飛びついてきました。
「椿ちゃん、嬉しい!!」
身体から炎を発しながらね……。
「あっつぅい!!」
「あっ、あれ? ごめん椿ちゃん、大丈夫?!」
「大丈夫だけど。カナちゃん、なんで炎を?」
「ん~良く分かんない……」
とりあえず、今炎は引っ込んでいますね。
すると今度は、僕の手を雪ちゃんが引っ張ってきます。僕をカナちゃんから引き離そうとしていますね。
「椿、危ない。香苗はまるでバーナー、危険」
「誰がバーナーよ! 雪!」
「わぁ!! カナちゃん、また炎が!」
「へっ? 嘘?! な、何で? 特訓の時は、こんな事無かったのに?!」
そんな事を言われても……カナちゃん、力が暴走してないですか? というより、興奮すると炎が出て……る。
あれ、待って……何だか急に、寒くなっ……て、来て。
「雪、待って! 椿ちゃん凍らせてるから、ストップストップ!」
「えっ? あれ? 何で? 香苗の炎から守る為に、椿の周りを冷やそうとしたら、凍った」
「ちょっと! 良いから戻して!」
―― ―― ――
「はぁ……はぁ、し、死ぬかと思った」
凍りついた僕を、カナちゃんが炎で溶かしてくれて、何とか危機を脱したけれど、何で雪ちゃんの能力まで、そんなに強力な事になっているの……。
いったいどういう事なんだろう。
2人も、何が何だか分からないといった感じで、ひたすら土下座しています。別に僕は気にしていないのに。
「2人とも、頭を上げてよ。僕、怒ってないから」
「そんな訳にはいかないよ、椿ちゃん。下手したら怪我どころじゃなかったんだから。そうなったら私、一生自分を許せなくなる!」
「私も同じく。でも、私は特訓していないのに、何であんなに?」
雪ちゃんの言うとおり、カナちゃんはともかくとして、何で雪ちゃんまで能力が強力になっているんでしょうか? 誰かが何かしたのかな? まさか、校長先生が……。
「ふふ、椿君。それはどうやら、君のせいだよ」
すると、屋上の外側から変態の声が聞こえてきました。
ぶら下がったままで会話に参加してくるなんて。でも、気になる事を言いましたね。僕のせいって……。
「それ、どういう事?」
不本意だけれど、僕は屋上の端に歩いて行って、ぶら下がっている変態に声をかけた。
「八坂校長から聞いたが、君自身も神妖の力を持っているようだね。与えられたもの以外でね」
「うん。産まれた時から、僕には神妖の力があったみたいです」
「恐らく、それのせいじゃないのかい? どんな神妖の力かは知らないし、まだ無意識なんだろうけどね」
変態にそう言われて、初めて気付きました。でも、神妖の力全てに能力がある訳じゃないし、僕自身にも、そんな神妖の能力があるなんて、とてもじゃないけど信じられないです。
だけど……もし本当に、2人の強化がそうなのだとしたら、それは白狐さん黒狐さん以上になりますよ。それはそれで、少し複雑な気分になりますね……。