第捌話 【3】 それでも怪我したから、弄られましょう
あの後、職人さん達は橋を完成させて、村の亡霊達と一緒に成仏しました。
当然、橋は現実の物じゃなくて、霊達の想像によって生み出された物なので、彼等が成仏した後、大量の光の粒になって消えていきました。
ちょっと幻想的だったから、皆でしばらく眺めていた後、僕達は帰宅する為に、行きと同じ様にして空を飛んでいます。
「は~お腹すいた……」
「椿ちゃん、お疲れ様。帰ったら、里子ちゃんが沢山ご飯を用意してくれていると思うよ」
「それはありがたいです」
レイちゃんの背中の上で寝そべりながら、僕はそう返事をします。お腹減った上に、物凄く疲れたので……。
「あっ、そうだ、椿様。今の内に、座敷様と私達の事を少し……」
僕にたっぷりと褒められて、上機嫌なレイちゃんの後ろから、雲操童に乗った龍花さんが話しかけてくる。
それにしてもレイちゃん、少し速度を落として欲しいかな……僕が落ちそう。
「何ですか? わら子ちゃんとの事?」
「えぇ、あなたは私達に、座敷様の事を好きと言いましたが、それは少し違います」
どういう事でしょうか? ちょっと気になったので、僕は体を起こして龍花さんの方を向きます。
「好き、と言うよりは、私達を育ててくれた者への恩返し、使命、そんな想いの方が強いですね」
「恩返しですか?」
わら子ちゃんを守る事で、恩返しになんかなるの? 確か4人は、それぞれ京都の四神に育てられたんだよね? それが何で、恩返しになるのでしょう。
「実はこの座敷様は、京都の四神が生み出した、特別な座敷わらしなんです」
「えっ?! わら子ちゃんって、そうだったんですか?」
わら子ちゃんの出生に関しては、誰も何も言ってくれ無かったのです。それは、わら子ちゃんがそんな特別な存在だったからなのかな。
「……私は別に、何も特別じゃないのに」
この様子からして、わら子ちゃんが出生に関しては言わないで欲しいって、おじいちゃんにそう言ったのでしょうね。
だけど、それがなんですかって感じです。
「それじゃあ龍花さん達は、わら子ちゃんの事、何とも思って無いんだね」
「いや、そういう事では……」
「嫌いなの?」
「いえ……それは違います」
「だったら、好きって事じゃないんですか?」
僕がそう問い詰めると、4人はお互い顔を見つめ合わせ、驚いた様な表情をしています。何だか、同じ顔が4つも向き合っていると、少し異様ですね……。
「あぁ……これが、好きという事なんですか」
龍花さん達は、好き嫌いの感情で動いた事が無いのでしょうか? 龍花さんのその言葉に、僕の方がびっくりです。
「えっ……? ちょっと……龍花さん、虎羽さん、朱雀さん、玄葉さん、ち、近いです。ふぎゅっ?!」
良かった良かった、龍花さん達が顔を赤らめたまま、わら子ちゃんに抱き付いています。やっぱりわら子ちゃんは、4人に愛されていましたね。
「つ、椿ちゃん。助けてぇ……」
「良かったね~わら子ちゃん」
「椿ちゃん?!」
何だろうこれ。美亜ちゃんが、白狐さん達のネタで僕を弄っている時って、いつもこんな気分になっていたんですね。
嬉しいのと楽しいのが入り混じって、ちょっと癖になりそうです。
「うぎゅぅ……椿ちゃんが、昔の椿ちゃんだ……」
『よし、黒狐よ。戻すか』
『おう、分かった』
「待て、お前達だけにやらせるか」
えっ? 白狐さん黒狐さん、それに湯口先輩まで……ちょっと待って下さい。レイちゃんに乗って来ないで、レイちゃんが重量オーバーで落ち――無いし、案外平気そうですね。
「ムキュッムキュゥ!」
「わぁ! 待って待って! 白狐さん黒狐さん、抱き付いて来ないでぇ! レイちゃん、そんなに頑張らなくて良いからぁ!」
「椿ちゃんも、愛されてるねぇ~」
わら子ちゃん、それは仕返しですか?! 僕が悪かったですから、そんな意地悪なわら子ちゃんは駄目ですよ。
そんな感じで、いつもの様に僕達は、騒ぎながら帰宅しました。
◇ ◇ ◇
任務を終え、帰宅した僕を待っていたのは、更なる刺客達です。
「た、だいま~」
「あっ、お帰り~椿ちゃん。良かった~ちゃんと依頼達成出来たんだね」
「カナちゃん、ただいま。んっと……微妙な所です」
だって、依頼者が殺されちゃったので、大成功という訳にはいかないのです。
とにかく僕は、皆に勘付かれないようにしながら、カナちゃんにそう返事をした後、ラフな服に着替えようと、自分の部屋に向か――おうとしたら、雪ちゃんと美亜ちゃん、それに里子ちゃんまでが、僕の前に立ち塞がりました。
「椿、忘れてない?」
「な、何がですか?」
「怪しいわね~里子、ちょっと椿を押さえてて」
「は~い!」
やっぱり駄目でした。
里子ちゃんに続いて、雪ちゃんと美亜ちゃんとカナちゃんが、ゆっくりと僕に近寄って来ています。それでもまだ誤魔化せそうなので、少し抵抗してみます。
「もう……分かっていますよ。怪我だよね? 大丈夫、1つもしてないです!」
「怪しい」
雪ちゃん、鋭い。
いや、僕が両手を広げて、大袈裟に怪我なんて無いですよって、そんなアピールをしたのが駄目だったのかな。逆に怪しくなったのかも。
「まぁまぁ、皆落ち着いて。とりあえずお疲れ様って事で、先ずは労わないといけないでしょ? 頭をナデナデでもして……って、椿ちゃん?」
しまった、咄嗟に避けちゃった……。
えっと……どうやってこれを誤魔化しましょう。あっ、そうだ。
「あっ、あの。いくらなんでも、頭ナデナデはもう……僕は子供じゃないんだし」
「それにしても、物凄いスピードで避けたわよね?」
カナちゃん……もしかして気付いていました? 何ですかその笑顔は、怖いですよ。
「ひぅ!!」
すると、突然僕の頭に痛みが走りました。誰かが僕の背後に居たので、ソッと後ろを向くと、丁度頭のコブが出来た部分に、雪ちゃんが手を当てていました。
僕がカナちゃんに気を取られている隙に、遠慮無しに触ってきたから、ちょっと痛かったです。
「あっ……いや、これは、ですね」
反論しようとしたけれど、もう無理でした。皆の笑顔が怖いです。
「コブ1つ、すり傷2つ。フフ」
「えっ、雪ちゃんが笑って……でもその前に、すり傷って何処に、あっ……」
谷から落ちた時かな? 色々気にしていたから、逆に気付かなかったけれど、僕の二の腕の裏側と太股の外側に、すり傷が出来ていました。
多分、何処かに引っかけたと思うんだけれど、防御力を上げていたから、すり傷ですみましたって感じですね。
「はい、椿ちゃん。先ずは消毒消毒♪」
そして、いつの間にか里子ちゃんが救急箱を持って来て、手際良く消毒をしてくれると、テキパキと手当てをしていきます。上機嫌になりながら……。
僕とした事が、注意していたのに怪我をしてしまうなんて。でも、まだ大丈夫。だって、もう晩御飯の時間ですから。
「ありがとう、里子ちゃん。皆、遅くなってごめんね。さっ、晩御飯を食べよ!」
よし、このまま大広間に行ってしまえば、何とか誤魔化せる――というのは甘い考えでしたね。自分でも思っていたけどね。
「キャウン!」
でもだからって、尻尾を強く引っ張らないで欲しいですよ。
「椿、誤魔化さない。怪我1つにつき、1回弄る」
「あっ、あの、雪ちゃん……僕の中での怪我は、打ち身で酷い痣が出来たり、痛々しい程に血が出ている事を言うんだけど」
「言い訳無用」
「観念しなさい、椿。とにかく、1人3回弄られなさい」
「多い!」
あれ? 怪我1つにつき1回弄るとはいっていたけれど、それが皆なのか1人につきなのかは、言っていなかったですね。やられました……。
「待って待って! 僕お腹空いたから、先にご飯を――」
「あら、良いわよ。皆で食べさせるけどね」
「お~良いねそれ、美亜ちゃん!」
「うん、名案」
美亜ちゃん、何て事を言ってくれるんですか! それは流石に恥ずかしいですよ。
そして、カナちゃんと雪ちゃんはそれに賛成してこないで下さい。分かってはいたけれど……2人は相当おかしいからね。
『まぁ、諦めろ椿。我も含め、全員から可愛がられるが良い。自分を蔑ろにするお主には、丁度良い罰じゃ』
そうですか、白狐さん……これは僕への罰なんですね。
今までの流れからして、この状況はもう逃げられ無いです。観念しますよ。
だけどせめて、弄りは羞恥程度にして欲しい。だけど、白狐さん黒狐さんは、もうその程度では収まらないですよね。
「はぁ……あんなに嬉しそうなわら子ちゃん、初めてだよ」
そんな僕に向かって、手を振りながらニコニコするわら子ちゃんを見て、もう他の人を弄るのは止めようって思いました。
因果応報、それ相応の報いというやつですね。
白狐さん達に引きずられながら、そんな事を考える僕は、せめて明日は皆に弄られ無いようにしたいなって、同時にそう思っていました。