第漆話 【1】 元凶はあいつら
谷底へと落下してしまった僕だけど、偶然にもそこにいた黒狐さんと湯口先輩に助けられ、そっちに合流したのは良いけれど、上ではまだ戦闘音が聞こえる。
そして、僕の耳に付けている勾玉からは、白狐さんの叫び声が……。
『椿! 椿よ、聞こえるか?! 大事ないか?!』
「白狐さん、大丈夫です。谷底に居た黒狐さんに助けて貰いました。4つ子の人達にも、僕の無事を伝えておいて下さい」
『むっ? 何故そこに黒狐が居る?』
あれ、黒狐さんと合流した事を言ったら、何故か不機嫌になりました。
『ふふ。丁度良い、このまま俺と一緒に駆け落ちで――いででで!! 耳を引っ張るな!』
「ふざけている場合じゃないんです。上では戦闘が続いているから、僕は早く戻りたいんだよ」
僕は今、狐化した黒狐さんの上に跨がり、先輩の向かう先に着いて行っているけれど、どう考えても上に行こうとはしていません。僕は早く戻って、わら子ちゃんを守りたいのに。
「おい、白狐達の戦況はどうなんだ? 椿、お前が居ないと駄目か?」
「ん? どういう事?」
「いや、色々と見ていたら、どうもこの先はお前の力が必要そうでな、丁度黒狐に呼びに行かせようと思っていたんだ」
先輩って、たまに大人っぽい顔付きに、大人っぽい行動をしてくる。
それは、僕が男だった頃からなんだけど、それもこれも全て、滅幻宗から渡された道具を使い過ぎたせいなの? それだけじゃ無いような気もしてきます。
「えっと……多分、大丈夫なのかな? 白狐さん、どう?」
『むっ……実際我の守護を合わせれば、4つ子の者達の戦闘力は格段にアップしておる。何とかなっているとは思うが、お主が居ないと少し押される時もある……』
白狐さん、最後のは余計でしたね。気を遣わなくても、別に僕は拗ねないから。
「白狐さん、ありがとう。何とかなりそうなら、そっちは白狐さん達で頑張ってみてくれませんか? こっちで、僕にしか出来ない事があるみたいだから、こっちを手伝いますね。もしかしたら、橋鬼が無限に沸いている原因が、別にあるのかも知れないし」
『ぬっ……そうか、分かった。しかし、くれぐれも無茶だけはするなよ?』
何だか、声が残念そうな感じだったけど。
そんなに黒狐さん達と一緒、というのが気に食わないのか、自分もこっちに合流したいのか……いったいどっちなんでしょう。
『ふふふふ。靖、白狐から引き離している今がチャンスだぞ。あいつは優しさアピールしてくるから、中々に厄介だ。今の内に、俺達の良さを徹底的に叩き込むぞ』
「あぁ、そうだな。今の所、白狐が優勢らしいからな。2対1は流石にキツい。先ずは1人、叩き落とすとしよう」
あれ? もしかして、僕は嵌められたのかな?
黒狐さんと湯口先輩って、いつの間にそんなに仲良くなったんですか……。
とにかく、色々と危険そうだから、黒狐さんの背中から降り――られません!! 黒狐さんの尻尾が僕の尻尾に絡み付いてきていて、離れられない。黒狐さん、何してるの。
「ちょっ……黒狐さん、降ろし……ひゃぅ!」
こんな事をしている場合じゃないでしょう!
黒狐さん、自分の尻尾で僕の尻尾を弄らないで下さい! ゾワゾワして、何だか変な感じがします。
「よし、黒狐。絶対に降ろすなよ。白狐寄りになっているその心を、俺達の方にも向け直すんだ」
『分かっている。しかし、椿の尻尾は相変わらず最高だな。ずっとこうしていたいものだ』
そんな事をしてみて下さい、僕の風の神術で吹き飛ばすからね。
もう逃げられ無いなら観念するけれど、もうちょっとだけ、絡み付いている尻尾を緩めて欲しいです。
「あとで俺にも触らせろよ。っと、そろそろこの辺りに……やはりな」
そう言うと、先輩は谷底を流れている川の傍で足を止め、地面にある何かを屈んで取ろうとしています。
良かった……嵌められたんじゃなくて。先輩達は、ちゃんと調べていたんですね。
それに、先輩が屈んだ所、その場所から微かに妖気を感じます。
「先輩、それは?」
「滅幻宗が使っている、結界を作る為の札だ。簡易版だから、下っ端達が使ったようだな」
しかも、その札はボロボロでは無くて、まだ新しい物でした。どういう事なの? 何で結界なんか……。
「あっ、まさか……橋鬼を閉じ込める為に?」
「違うな……2枚使ったこの貼り方は、内に閉じ込めるだけじゃ無く、外からも入れ無くするようになっている」
そう言って、先輩は2枚重なっていたお札を剥がし、僕に見せてきた。
それは、裏同士を引っ付けていて、両面表になる様にされていました。それでそんな結界を作れるのですか。
「えっ、でも、つまりどういう事?」
『俺達を閉じ込める為か』
あっ……外からもという事は、応援を呼ばれないようにする為。僕達を確実に仕留める――為なら、もう襲って来ているよね? えっ、待って下さい。相手の狙いってもしかして……。
「座敷わらし……いや、座敷わらしに舞をさせる事。いや、しかし……それで何が起こる? 不利になるだけじゃないか? まだ調べる必要があるか……」
そして先輩は、また考え込んじゃいました。
先輩って1つの事になると、集中し過ぎて周りが見えなくなって、それでやり過ぎてしまうんですよね。僕がいじめられていた時なんか特にですよ。自ら証拠を持参して、教育委員会に訴える程ですからね。
「先輩、あんまり考え過ぎないでね。わら子ちゃんの舞の効果を、別のものに与えたいだけかも知れないから」
心配になった僕が先輩に注意をすると、先輩は目を見開いて、僕を見てきました。
「それだ。この土地の浄化にばかり気がいってたが、座敷わらしのわらし舞は、特定の物、場所にも幸運をもたらすんだよな? それだったら、既にお堂に何か仕掛けている!」
えっ? まさか当たりですか? まぁ、わら子ちゃんと長く一緒に居たから、だいたいあの子の能力は分かっています。
居るだけで、その家に幸運をもたらす程の力ですからね。その力を使って舞いを舞うと、その幸運を広げたり、強力にしたり出来ますからね。
その力で土地に幸運を与え、正の気を巡らせれば、負の気を浄化出来たりするって、4つ子の人達も言っていたし、物にそれをする事だって可能ですよね。
『ちっ、そうだとしたら、急いで舞を止めるぞ! おい、白狐に――』
「もう白狐さんには伝えたよ。でもね……わらし舞、今終わったって」
「何?!」
そんなに長い舞じゃなかったのか、それとも気付かない内に、それだけの時間が経ってしまったのか、どちらにしても、舞は終わってしまったようです。
そして、戦いの音はまだ鳴り止まない。
つまり、橋鬼はまだ襲っているという事です。これは、いったいどういう事……。
「おい、待て待て。これは……」
すると、ちょっと離れた所で、今度は先輩が何か別のものを見つけたようだけど、何故か驚いているみたいです。
気になったので、僕達も先輩の元に向かうと、そこにはあり得ない死体が2つ転がっていました。
1つは、橋鬼の姿をした者。
いや、完全に息絶えているし、妖気を感じないけれど、これは橋鬼で間違い無いです。
そしてもう1つは、僕達をここに案内してくれた、ヨレヨレの服を着た、木こりの様な姿をした者。
そう、あの山神様でした。
「うっ……待って、何でこの妖怪がここに? それにこれ、山神様だよね?」
「ふん、爆砕の札で殺したのか。全く……雑な殺し方だな。これは、あの4人じゃないな。下っ端がやったんだ。しかも、つい最近だな」
「いや、それよりも。それじゃあ、今わら子ちゃんの元に居る山神様は、いったい誰なの?!」
最悪の事態が、僕の頭を過ります。またわら子ちゃんが攫われてしまうという、最悪の事態が。
『くそ! 急いで戻るぞ! 依頼はこいつが出したのに違い無いだろうが、それを利用して、何者かが悪巧みをしていやがる!』
そう言うと、黒狐さんは急いで後ろを向き、白狐さん達の元に向かおうとするけれど、気が付くと、辺りをお坊さん達が取り囲んでいました。いつの間に……。
黒狐さんにも先輩にも気付かれないようにして、音も無くですか。
「しまった……下っ端ばかりだと思っていたが、あんたがフォローしていたのか? 栄空!」
栄空って……おじいちゃんの家を襲った、あの細目のお坊さんだ。
すると、先輩の言葉のあとに、僕達の前にその栄空が現れた。姿を消すお札を使っていたのか、意識阻害のお札を使っていたのかは分からないけれど、この栄空って人は、こういう奇っ怪な術を沢山使ってきますね。
「湯口靖君。私達を裏切ったというのは本当でしたか。父上がさぞお怒りです。今の内に、心を入れ替えられた方が宜しいですよ」
「黙れ、お前達が先に俺を裏切ったのだろう。分身の札で、俺に分身体を与えやがって! いったい裏でコソコソと何を企んでやがる!?」
すると栄空は、顎に手を当て考え事をし始めた。先輩が何を言っているのか分からない、そんな感じですね。
「そう言っておられますが、本当ですか? 峰空どの」
「えっ?」
すると栄空の陰から、今度は露出の高い格好をした峰空が現れました。万事休す……最悪です。このお坊さんの数と、幹部である2人。どう考えてもピンチだよ。
「あら、あれは仕方無い事よ。奈田姫の指示だったからね」
「その奈田姫とやらも怪しいんだがな。俺は一度も会った事が無いぞ!」
先輩、とりあえずあんまり相手を刺激しないで下さい。今は、ここから脱する事だけを考えないと。
戦闘なんてしていたら、確実にわら子ちゃんの方が手遅れになりますから。
「お前達が現れてようやく分かったが、この橋鬼とやらを増やしていたのはお前等だな! いったい、何が目的なんだ!」
えっ? あっ、そうか。あの無限に沸いて来ていた橋鬼は、分身体!? だから舞が終わっても、一切消え無かったんだ。
という事は、この人達を倒せば、橋鬼の集団は消えるんですね。
『靖。そう言う話は、こいつらを倒してしまってからの方が良くないか?』
「んっ? あぁ、そうだな。よし、そうするか!」
黒狐さんが低く唸り声を上げる中、先輩もそれに同意して、錫杖を強く握り締めました。
「おやおや、困りましたね。玄空の息子さんは、聞き分けの悪い子供ですね」
「仕方無いわね。わらし舞で、あの封印は解けているでしょうけど、私達の用意したアレでは、後片付けはキツいでしょうね」
この人達の話からして、今回のこの事態は、滅幻宗の仕業で確定ですね。
それならもう、遠慮は要らないよね。僕だって、守られてばかりじゃいられないです。
もう全力で行きますよ。