第伍話 【1】 人柱
日が暮れ始めた頃、ようやく僕達は、京丹後市の山間部にやって来ました。どうやらここに、依頼主の妖怪さんが身を潜めているようです。
どうやって見つけるかは分からないけれど、何だか変な妖気を感じます。
空から確認しているけれど、谷の近く? とにかくそこから、強い妖気を感じます。
「ムキュゥゥ……」
レイちゃんも何かを感じているのか、さっきからずっと唸っています。
そして後ろからは、体を大きくした雲操童に皆が乗っていて、依頼主の妖怪さんを探しています。
すると龍花さんが、何かを見つけたらしく、そこを指差しました。
「居ました。連絡の通り、あの提灯の灯りで間違い無いですね」
依頼主が見つかったのかな? とにかく、雲操童がそっちに降りて行ったから、僕も後を追いかける為に、レイちゃんに指示を出します。
「レイちゃん。気になるのは分かるけれど、今は依頼主から話を聞かないといけないから、皆の後を着いて行っていくれるかな?」
僕がそう言うと、レイちゃんはちゃんと言う事を聞いて、雲操童の後を追いかけてくれました。
一応その辺りは、しっかりと言う事を聞くようにしましたからね。というか、僕の言う事しか聞かないのです。不思議な子だな……。
そして皆が降り立った場所、そこは完全に山の中で、納屋の様な小屋の前に、おじいさんが立っていた……けれど、汚れた木こりの様な服装をしていて、相当歳を取っているような、とてもしわくちゃな顔をしています。
そんなおじいさんが、長い枝に提灯を括りつけ、それを僕達が見つけやすい様にと、高く掲げてくれていたけれど、フラフラしていて何だか危なかったですよ。提灯を落として、それが木に燃え移ったりなんかしたら、この辺りが山火事になるよ……。
「良く来てくれた。依頼を受けた者達じゃな?」
提灯を降ろしながら、おじいさんが僕達にそう言ってくるけれど、それもフラフラしていて危なそうだから、龍花さん達が代わりに降ろしていました。
「白狐さん、この妖怪は?」
そのおじいさんから、しっかりとした妖気を感じられたので、僕は妖怪だって分かったけれど、普通に見たら歳を取ったおじいさんですからね。
僕はレイちゃんから降りて、白狐さんに確認を取ろうとしたけれど、その前におじいさんの方が反応しました。
「ほぉ! あんたは霊狐を従えとるのか?!」
何だか凄く驚かれたんだけど。霊狐って、そんなに特別なんでしょうか。
「いやはや、何とも心強い方々が来てくれたものだ。それに、あの時の座敷わらしも来たのか」
「ご無沙汰しています、山神様。あの時は、私の失態でとんでもない事をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「良い。あの時の事は致し方ないものだ。そちらが気にする必要は無い」
その妖怪さんは、優しい目をしながら、わら子ちゃんを見ていました。
でもその前に、山神って……まさか、神様ですか? 妖怪じゃないのかな。いや、妖気を感じるから、ただの神様じゃないっぽいよ。
「白狐さん。あの妖怪さんは、本当に山神様?」
「ひょひょひょ……そんなものは、勝手に呼ばれているだけじゃ。私自身に名前など無いから、好きに呼べと言ったら、皆にそう呼ばれる様になったのじゃ」
聞かれてしまいました。気を悪くさせてしまったかな。
『椿よ、気にするな。それくらいで気を悪くする様な奴では無い。我等以上に長生きしておるからな』
「ひょひょ、そういう事じゃ。じゃが、その私でもどうにも出来ん事はある。人の性と言うのは、誰にもどうにも出来ん」
そう言って、その山神様は着いて来いと言わんばかりに、提灯を片手に、山道に向かって歩いて行く。
山の頂上という訳では無いから、どこに行こうとしているかは分からないけれど、とりあえず着いて行くしか無いですよね。
「その昔、人の言葉で言うなら江戸時代かの。この辺りには、1つの村があったんじゃ」
そして、急に語り出しましたよ。
だけど、今回の依頼に関係している事なら、聞いておいた方が良いのかも知れません。
「その村は川の傍にあり、他の村とは断絶状態で、物資が乏しかった。その為、月に2・3度、山を越えた先にある村へと、物資の調達に行っとったが、時代が時代、そこは山賊達の住処の近くを通らないと行けなかった」
江戸時代なら、その手の話は良く聞きますね。
山賊達のせいで、中々物資が調達出来ないどころか、被害者も多く出ていた、という事かな。でも、そもそも何でそんな不便な所に住みだしたのでしょうか。
「ひょひょ、お前さんの言いたい事は分かる。だがの……その村は、身体の不自由な者や、精神がおかしくなった者達が追いやられ、或いは山に捨てられ、辿り着いた場所。他に行く所等、無かったのじゃ」
そういう事でしたか。何だか重い話になりそうな感じです。
そしてレイちゃんが、威嚇をしているのか、さっきから唸ってばっかりです。
とにかく僕は、そんなレイちゃんを落ち着かせながら、皆と一緒に山神様に着いて行っているけれど、この方角は、さっき僕がおかしな妖気を感じていた、あの谷に向かっているような……。
「とにかく、そんな者達ばかりじゃからか、山賊からもまともに逃げられず、沢山の被害者が出ておった。しかしこのままでは、村は壊滅してしまう。そこで、その村の中でも、昔大工をやっており、不良の事故で片足になったり、腕を無くした者達が、我こそはと立ち上がり、村の近くを流れている川に、橋をかけようと提案したのじゃ」
「橋……ですか」
でも、ちょっとその前に、レイちゃんがさっきから落ち着か無いし、僕の静止をも振り切ろうとしていますよ。この先に、いったい何があるんですか。
「その川を渡った先に、別の村があるのじゃ。しかし、その川は激流。例え一流の大工であっても、そこに橋を架けるのは至難の業じゃ。そこで、その村の者達が考えたのが……」
「人柱……ですか?」
「ほぉ、知っておったか」
以前、4つ子の人達の紹介をされた時にね。
そして、その人柱にされた人達が妖怪化し、暴れているという事ですか。でも、それって解決された――とは言っていなかったですね。話からして、解決していないんですね。
『人柱というのじゃな、降り続く雨を水神の怒りと言って、生贄にする場合もあれば、この話のように、激流に橋を架ける時などに、その土台となる柱の根元に、生きたまま人を埋めたりする。すると、絶対に崩れ無い橋が出来るとされていた』
「うっ……」
ごめんなさい、白狐さん。ちょっと気分が……。
江戸時代の人というか、昔の断絶された村って、そういう事を平気でしていたんですね。今では信じられないですよ。
「そこで人柱に選ばれたのは、精神に異常をきたした者。今で言う、精神障害者と言うのか? そいつらじゃ」
そういう人達なら、簡単に言いくるめられると考えたんですね。同じ境遇同士なのに、何でそんな事に。何で、そんな考えになるのでしょうか……。
「そうやって、そいつらの犠牲の下、橋の建設が始まったの……じゃが!」
山神様、いきなり大声を出さないで下さい。びっくりしちゃって、耳を伏せちゃいました。
「橋は作られるどころか、その土台を立てる事すら出来無かったのじゃ。その日から数日間、突然の豪雨に見舞われ、そして遂に土砂崩れが起きてしまい、村は土砂に呑み込まれた」
天罰? いや……何だろう。良く分からない力が働いたって事かな。そんな事って……。
「そして、橋は作られる事は無く、当然人柱にされた者達は、無念を感じる……はずは無いのじゃが『橋鬼』となって出て来てしまった」
あっ、そうか。精神に障害を持っているという事は、何が起きたのかの理解が乏しかったりもする。つまり無念とか、そういうものを感じ無いのかも知れません。
でも、出て来たんだよね。理解出来た人が一部居て、無念を感じたのかな……。
そうやって、山神様の話を聞きながら歩いていたから、いつの間にか辺りが薄暗くなっているのにも気付かず、更に目の前に突然、朽ち果てた村が現れたのにも、全く気付かなかったのです。
山神様の「着いたぞ」の一言が無ければ、普通に僕は悲鳴を上げていたと思います。皆は気付いていたんだろうけれど、僕が真剣だったのと、白狐さん黒狐さんの悪ふざけで、僕に何も言ってこなかったのです。
そして、わら子ちゃんと4つ子の人達は、別の意味で真剣だったので、僕に気を遣う暇も無かった様です。
突然廃村が現れたから、僕は白狐さんの尻尾にしがみついちゃっています。
『これ、引っ付くな。我も尻尾は敏感なんじゃ』
いやいやいやいや……だって、怖いってば。もうだいぶ涼しくなってきているのに、今更肝試しなんて要らないのですよ。
「こんな村、以前は無かったのに。何で……怨念が濃くなっている」
わら子ちゃんもさ、怖い事を言わないで下さい! でも、以前って確か……100年くらい前だよね? それだったら、変わっていても当然だと思いますよ。
「ひょひょひょひょ、沸いとる沸いとる亡霊が。さぁお前達、頼んだぞ」
あっ、やっぱり……亡霊とか悪霊とか、そう言うものでしたか。だから、レイちゃんも落ち着かなかったんだね。早く言ってくださいよ……。