第壱話 【2】 校長先生の奇行
その後、待ち合わせ場所に使っている公園に着くと、カナちゃんを探します。
だって、いつもは直ぐに姿を見せるんだけど、今日はそうじゃなかったのです。
「おかしいなぁ……カナちゃん、先に行っちゃったのかな?」
「あそこじゃない?」
すると美亜ちゃんが、トイレの陰を指差して言ってきました。
「あっ、きゃっ!」
うん、居ましたね。でも、直ぐに引っ込んじゃったのは何でかな。
「ご、ごめん椿ちゃん。周り、見ててくれる? 直ぐに着替えるから!」
「えっ? 何していたんですか?」
僕はカナちゃんの方に近づきながら、彼女に話しかける。
何だか怪しいな……と思ったら、近くの木に若干焦げ跡があった。まさか、カナちゃん……。
「カナちゃん、1人で特訓でもしてた?」
「えっ? いや、その……」
「やっぱり。その体操服にも、焦げ跡がありますね」
「ちょっと椿ちゃん! 見ないでよ!」
「何で?」
女の子同士でしょ? それとも、僕に言えない程の無茶をしているんですか?
ちゃんと言ってくれるまで、僕が恥ずかしいけれど、半目の上目遣い攻撃です。ついでに、ジリジリとカナちゃんに近づいています。
「ちょっと、椿ちゃん……だから、それは卑怯だって……」
「ん?」
「うぐぐ……分かった分かったから、ちょっと力が暴走しちゃって、炎の勢いが強くなりすぎたのよ。それで、ズボンが焼けちゃって」
そうだとは思ったよ。何でカナちゃんは、いつも僕に内緒になって、色々とするのかな? ファンクラブもそうだしね。
「カナちゃん、何で急にそんな事を?」
だけど、薄々は気付いていたよ。カナちゃんの過去の事を聞いてから、カナちゃんはたまに1人で、特訓みたいな事をしていたんですよ。夜、僕達が寝静まった後にとかね。美亜ちゃんも、多分知っていると思う。
「椿ちゃん、分かっているでしょ? もう、あの時みたいに暴走したくないの。椿ちゃんに迷惑かけたくないの、だから……私はちゃんと、この力を扱えるようになりたいの!」
「その心意気、天晴れ!!」
「って、八坂校長先生!!」
いきなり僕とカナちゃんの間に現れたから、結構ビックリしましたよ。
思わず殴る所だったけれど、校長先生の広げた扇子を見て、脱力してしまいました。その扇子、恐るべしですね。
「辻中君。その思いが本当なら、半妖の筆頭とも言うべきこの私が、君の特訓を見てあげよう」
「本当ですか?!」
カナちゃんが、目を輝かせて食いついている。
この人、普段はおちゃらけているけれど、ちゃんとする事はしているんですよね。何だか食えない人なんですよ。でも、変態じゃないからまだ安心です。
「さっ、ここで立ち話も何だから、登校しながら話そうか。新学期初日から遅刻しちゃうと、不味いだろ?」
「んっ? ちょっと待って? 校長先生は、朝から色々と仕事があるんじゃ無いんですか?」
新学期なんだから、始業式の準備とか、そういう仕事が色々あるんじゃ……。
「大丈夫だ。教頭に全部投げてきた」
「鬼ですか……」
校長先生は、扇子を広げて意気揚々としているけれど、後でこっぴどく叱られるのが目に見えますね。
だけど、ここまで堂々とされていたら、僕達は何も言えませんね。しょうが無いから、このまま大人しく学校に行きましょう。
制服に着替えたカナちゃんと一緒に、一旦皆の元に戻ると、当然のように、僕は美亜ちゃんからリードを受け取った。
「ちょっ、椿ちゃん……駄目、あなたはそっちに目覚めたら駄目よ」
「えっ?」
どういう事だろうと思ったけれど、このリードの先は、湯口先輩に繋がっているんですよね。つまり、そういう事ですか。
「……行くよ、ポチ。ワンって行って着いて来て」
「ワン! く、くそ! 逆らえねぇ。止めろぉ! 椿ぃぃ!」
僕がおかしいのは分かっていますよ、カナちゃん。だけどね、あのね……何故か楽しいんです。何だか知らないけれど、楽しいんです。
「あらあら。椿ったら、板に付いてきたわね」
「ちょっと、美亜ちゃん。関心していないで、椿ちゃんを止めて!」
「何で? 別に良いじゃない」
「あぁぁ! 椿ちゃんが、悪い妖怪達に染められていく!」
カナちゃん、何を悶えているんですか? 大丈夫です、ちゃんと異常なのは分かっています。分かっているけれど、止められないの。このゾクゾクする感じが、止められないんです。
あぁ……60年前の僕も、こんな感じだったのかなぁ? これが、本来の僕なのかも知れませんね。
「ふ~む、良い感じだね」
そんな時、八坂校長先生が何か呟いたけれど、何の事か良く分からないです。だけど何だろう……校長先生の表情が、怖い。
何を考えているか分からない、笑っているようで、心からは笑っていない笑顔。
校長先生は、何を考えているの? そう思った瞬間、僕の気分は一気に急降下していき、冷静になっちゃいました。
僕……僕は、先輩に何をしていたんだろう。こんなの恥ずかしい。
「ふむ、惜しい……」
だから何が……と思ったら、校長先生の扇子に、何かが書かれていた。
『女王気質』
何ですか、あれは。
だけど、その僕の視線に気付いたのか、校長先生はいきなり扇子を閉じ、強めにパチンと音を鳴らした。
「…………」
「…………」
そして、いつもの笑顔を向けてくるけれど、僕は何も言えない。
まさか……さっきまでの僕のおかしな精神状態は、校長先生がやったのですか? なんの為に……。
「椿、大丈夫か?」
「先輩……大丈夫です。それと、ごめんなさい」
「いや、良い。あいつ、とんだ道化師だな。あんまり気を許すなよ」
「う、うん……」
そうなると、カナちゃんが心配になってきたよ。カナちゃんに特訓をしてくれるようだけれど、一気に不安になっちゃいました。
なんで、こんな時にこんな行動をしたのかな。僕達に怪しまれるような行動なんか……分からない。
―― ―― ――
学校に着いた僕達は、先輩が首輪に繋がれているという状況から、一斉に集まって来られ、質問攻めにあってます。
その前に、先輩には皆に謝罪をさせましたけどね。
そして、さっきとは違う僕の様子を見て、カナちゃんも美亜ちゃんも、何かおかしいと感じた様です。
先輩を奴隷にしたのかとか、そういう特殊な条件付きで、2人は付き合っているのかとか、いっぱい質問をされたけれど、僕は全部上の空です。
校長先生は、何で僕にあんな事を? 記憶を戻す為? 昔の僕に戻す為? 本当に何の為に……。
また悩み事が増えてしまったよ。
それに、旧校舎の方も……あの気持ち悪い程の、とても禍々しい気配が、かなり濃くなっていませんか? どうなってるの。
だけど校長先生は、学校に着くなり何処かに行ってしまっている。問いただしたいのに、いつもこうやって逃げられるんです。
「……き」
とにかく、1度旧校舎を調べた方が良いのかな。
龍花さんと朱雀さんも、かなり怪しんでいる。学校に着いてから、ずっと怖い表情なんです。
「……と……き」
だけど、今迂闊に動いて、校長先生に目を付けられたら、肝心な時に動けなくなるかも知れない。
しかも、まだ敵と断定した訳でも無い。それなら、白狐さん黒狐さんと一緒に、今日の夜にでも……。
「ちょっと椿! 聞いてるの?! この人達、何とかしてぇ!」
「えっ?」
美亜ちゃんの叫び声にビックリして顔を上げると、そこには学校の生徒達にもみくちゃにされている、美亜ちゃんの姿がありました。
相変わらず、ここの生徒達のスキンシップには驚かされます。皆、僕達が怖くないのかな。
あんまり難しく考えても、この答えは出そうに無いし、今日帰ったら、白狐さん黒狐さんに相談しよう。
「あっ、皆。美亜ちゃん尻尾は弱いから、あんまり触らないであげてね」
もう流石に、限界っぽいですね。
美亜ちゃんは、必死に両手で口を塞いで、悶えるのを我慢していますからね。でも涙目で、いつ声を出してもおかしく無い様子だったので、助けて上げ――
「それじゃあ、椿ちゃんの尻尾を触らせて!」
「モフモフさせてぇ!」
――って、半分こっちに来ちゃったよ。
「駄目、駄目! 僕も尻尾弱いからだめぇ!」
とにかく僕は、美亜ちゃんの腕を引っ張り、カナちゃん達に合図を送ると、そのまま自分達のクラスまで、全速力で走り抜けます。
これ以上付き合っていたら、身が持ちません。