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僕、妖狐になっちゃいました  作者: yukke
第漆章 九夏三伏 ~過ぎゆく夏と盆休み~
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番外編 其ノ参 囚われの雪

 半妖とはいえ、雪女の性質を持つ私には、この暑さはキツい。


 もう1週間以上、この部屋に閉じ込められ、冷房も扇風機も点けられず、縄で椅子に縛りつけられている。


「はぁ……はぁ」


 だけど、それでも私は逃げない。

 逃げようと思ったら逃げられる。でも、逃げたら……あいつが、私の椿に手を出す。


 そんな事を考えていると、部屋の扉の鍵が開けられ、扉が開き、今1番見たくない人物が現れる。


「やぁ、雪。流石にもうキツいんじゃ無いのかい?」


「くっ……そんな事、無い」


 これは私が招いたミス、失態。だから耐える。いつまでも耐えてみせる。

 椿と仲良くなれたからって、迂闊に近づき過ぎた。この男の、父の存在を忘れて。


 髪を整え、しっかりとスーツを着こなしていて、顔付きも優さしい。一見して、この男がこんな事をするとは、とても思えないと思う。


 でも、この男は異常だ。


「くく、雪~自分の立場が分かっていないのかな?」


 そう言って、その男は私に近づいて来る。これだけでも、私は嫌気がさす。


「さぁ……悪い子供には、お仕置きをしないといけないね」


 本当に吐き気がする。こんな事、早く終わって欲しい。

 そして私は目を閉じ、耐える。耐えるしか……無いの。そうしないと椿が……。


 ―― ―― ――


「げほっ、げほっ……」


「ふふ、いい顔だ。さぁ、観念したか? 早く教えろ。お前が仲良くなった、あの狐耳の女の子。その子の家をな」


「誰が……あぅっ!」


 私が睨み付けた瞬間、その男は私の髪の毛を掴み、強引に引っ張り上げる。女の子の扱いもなっていない、最低なクズ。


 そしてもっと最悪なのが、この男、人外の女の子にしか欲情しない。だから、椿の耳も尻尾も見えている。居ると確信しているから。

 雪女のお母さんが居たから、獣耳の女の子も居ると、そう確信していたみたい。


「さぁ……教えろ」


 目が血走っている。自分がやろうとしている事を想像して、もう頭がおかしくなっている。


「教え、ない……ぐっ!」


「分かっていないなぁ……雪。誰もお前を心配する奴なんて、居ないんだよ? 誰も、お前がこんな事になっているなんて、気付いていないんだよ?」


 そんな事は分かっている。だって、この男は――


「おっと、こんな時に誰だ?」


 すると突然、その男の携帯が鳴った。どっち? どっちからの電話……。


「あぁ、君達か……うん、うん。そうか、上物の妖怪の娘が……あぁ、分かっている。警察には、裏から圧力をかけておく。なぁに、こちらにも心強い味方が居るんですよ」


 残念、亰嗟からか……そう、この男は亰嗟と繋がっている。それも、かなり優遇されていた。


 それでも私は、皆にこの事を言わなかった。それはこの男が、危険だから。


「えぇ、では後ほど……」


 そう言って電話を切ると、また私に向き直る。


「ふぅ……強情な子だな。別に良いんだぞ、お前で我慢しても」


 そして私に顔を近づけ、嬉しいそうにしてくる。虫酸が走る。


「プッ!」


「ふっ、私の顔にツバを吐きかけようと、私にとってはとても甘い液体でしかない」


 しまった……怒りに任せてやってしまった。私の吐きかけたツバを、舌で舐め取って……気持ち、悪い。


「やれやれ……身体に分からせないと駄目なのか? 良いか、私にとって、これ程のチャンスはないのだよ。私が穏便な手段を取っている間に、早く言った方が良いと思うがな?」


 そんな……もう、時間が無いの? 私では、どうしようもないの? 悔しくて悔しくて、涙が頬を伝う。


 この男が、これ程の異常者じゃなければ。


 この男が、これ程の権力を持っていなれば、こうはならなかったのに。


「市長、お時間が」


 扉をノックすると同時に、秘書の人がそう言ってくる。

 でも、叫んでも無駄。秘書の人も、私がこうなっている事を知っている。知ってて、お金で口封じされている。


「あぁ、分かった。しょうが無い、今日は時間切れだ。良いか、良く考えておけ。私が権力で、その子の家を、その子の全てを奪う前にな」


 そう言って、その男は部屋から出て行った。


 父親とも思いたくない……あんな男は。

 それでも、いったいどんな手を使ったのか、この男は、京都市の市長をやっている。


 如月努(きさらぎつとむ)

 母とは、雪山の登山で遭難した時、そこで出会ったそうで、出会った瞬間に、こいつの人外好きに火がついたのだろう。


 母の前では、いつでも優しい父親を演じていた。


 だから私は、あいつから母を離す為に、あいつが浮気していると嘘をついた。

 私にこれだけの事をする男だ、浮気の1つや2つしていても、おかしくは無い。


 こんな事があるから、私は男が嫌い。


「椿……」


 そんな中で出会った、私の理想の女の子。

 少しボーイッシュな感じで、気が付いたらその子に惹かれていて、元々男の子だと知って、ショックを受けた。


 でも、その子が自ら話しかけて来た。最初は、元男だからと思い、素っ気ない態度を取っていた。

 だけどその子は、必死になって私とコミュニケーションを取ろうとしてきた。正直、可愛かった。


 そこで、私の好きな物を奢って上げた。

 悔しいけれど、その時私は、あの男の娘だと気付いた。フワフワの尻尾に、惹かれてしまっていたから。


 でも、それでも……必死に私に気に入られようとする為に、あのかき氷を食べた。尻尾以上に、その子の性格にも惹かれた。


 そして私は、恋をした。彼女(椿)に。


「なのに、それなのに……」


 私から、最愛の者を奪おうとする。


 あの男、あの男、あの男。


 どこから見ていた? いつから気付いていた? とにかく、油断していた。


 何としても守りたい。絶対に手なんか、出させやしない。私が犠牲になる事で、彼女を守れるなら……だけど、私では守れない。


 あの男は、前市長を退陣に追いやっている。どう考えても、正当な方法では無いやり方で……。

 だからあの男は、容赦なくその権力を使い、椿を追い詰めるだろう。


 そんなの、駄目。優しい椿の事だから、絶対にあの男の言う通りにしてしまう。白狐と黒狐にも内緒で。もしくは、椿ちゃん自身が、あの2人を説得してしまうかも知れない。


「くっ……うぅ」


 こうなったら、ここから逃げるしか無いと思ったけれど、この縄、普通の縄じゃ無かった。力が入らない。亰嗟が用意したやつか……。


「うっ……うぅ……椿、私どうしたら」


 こんな無力な私が、何も出来る訳が無かったんだ。

 悔しい。悔しくて悔しくて、泣いて泣いて……だけど、何も起きない。誰も、助けてはくれない。


 そこまで徹底的に、情報操作をされている。


「何も出来ない、無理。でも……椿が」


 頭の中では、椿を助けようと、必死に色々と考えてしまう。だけど、どれも私が動けないと、どうしようも無かった。捕まってしまった時点で、もうどうしようも無い。


 私は力無く項垂れ、絶望に身を沈めていく。


「椿……ごめん、なさい。私の、せいで……」


 せめて、せめてそう言うしか無い。謝るしか、無い。だけど、椿はこう言いそう。


『気にしないで。雪ちゃんが無事なら』


 気にする。私が、もっと気を付けていれば良かった事。もっともっと、自分の事を話せば良かったんだ。例え嫌われてでも、言えば良かったんだ。


 私は幼稚園の頃から、あの男に――性的な暴力を受けていると。


 夕日に照らされる部屋で、私は1人俯き、涙を流す。

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