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僕、妖狐になっちゃいました  作者: yukke
第漆章 九夏三伏 ~過ぎゆく夏と盆休み~
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第拾玖話 【2】 お母様

 美亜ちゃんのお父さんを追いかけ、僕達は更に地下へと降りて行く。でもこの階段は、そんなに長くなかったよ。だって、直ぐに着いちゃったからね。


 そして降りた瞬間、僕はそのむせ返る匂いに、鼻を摘まんでしまいました。部屋が1つだけで狭いからか、匂いが籠もっちゃってるよ。


「ぐっ……何これ? 花の匂い? それにしてもかなりキツいような……」


「当たり前よ。お母様の呪術で、色々な濃度を倍にしているんだもの。花粉の量もその匂いも、倍になっているわ」


「おいおい、胸焼けしちまうぞ……これは。ヒック」


 酒呑童子さん。胸焼けしていたとしたら、それはお酒のせいだと思います。今も飲んでいるからね。


「きっと、お母様と蘭の花が何株かあれば、また大量に作れると思っているのでしょうね。ね? お父様」


 そう言って立ち止まった美亜ちゃんの先には、美亜ちゃんのお父さんが立ち塞がっていて、そしてその後ろには、木の根の様な物が絡まり、ぶら下がる様にして捕まっている、美亜ちゃんのお母ささんが居ました。


 でも、気を失っているようで、美亜ちゃんが居るのに、何の反応もしません。大丈夫なのでしょうか……。


「まさか……私をここまで追い詰めるとは。落ちこぼれが強者にすがりつくのは予想出来たのだが、このレベルは予想出来んかったな」


 美亜ちゃんのお父さんは、美亜ちゃんの言葉に返しているのか、それとも無視しているのか、良く分からない反応をしているけれど、目は美亜ちゃんじゃなくて、僕達を見ていますね。


「だが、のこのことこんな所にやってくるとは、馬鹿としか言いようが無いな。この部屋は、呪われた蘭の花粉が舞っているんだぞ。それが貴様達に、何の影響も与えんと思ったのか?」


 なる程、そういう事ですか。つまり、この僕達の足下に咲く蘭の花、金華蘭の花粉には、毒があると言いたいのですね。

 だけど、それは呪いによって作られた物。つまり僕の前では、無意味なのですよ。


 さっき暴走して、妖気がギリギリだけど……。


「天神招来、神風の禊!」


「なっ! き、金華蘭が!?」


 神妖の力を解放し、浄化の風を金華蘭に当てる。すると、金華蘭のむせ返る匂いが消えて、その花から湧いていたどす黒いオーラの様なものも、一度に綺麗に消えました。


 つまり、この蘭にかけられていた呪いを、1度に全て浄化した訳です。

 だから、僕がここに足を踏み入れた瞬間、あなたの負けは決まっていたのですよ。


 罠にかけようとしていたようだけれど、残念でしたね。


「ば、馬鹿な馬鹿な! こうも簡単に呪いを解かれるなんて、ありえん! 普通なら、専門の奴等が1週間かけないと解けないという代物なんだぞ!」


「おい、おっさん。こいつはな、かなり特別なんだ。てめぇのものさしで測ってしまったのが、そもそもの間違いだぜ」


 そう言って頭を撫でないで下さい、酒呑童子さん。何だか不愉快です。

 僕の頭は、白狐さんと黒狐さんにしか――いえ、やっぱり何でも無いです。


 それでも何だか不愉快なので、酒呑童子さんの手は払っておきます。


「ぐ……くぅ。くそ!」


 すると、美亜ちゃんのお父さんは後ろを向き、その先にいる美亜ちゃんのお母さんの元へと向かって行く。


「あぁ、アザミ……お前さえ居れば」


 そう言ってしがみついているその姿は、凄く哀れと言いますか、追い詰められた人の末路って感じですね。


 そしてその人を引きずり下ろし、そのまま抱き抱えると、更に奥の壁へと向かって行く。

 すると、どこかにスイッチがあったのか、いきなり壁が動いて上に上がっていきます。


「しまった! 隠し扉!」


「くっ! だから追い詰められても、あんなに余裕そうだったのね。いつでも簡単に逃げられるって、それが分かっていたから」


「おいおい、流石にやべぇぞ! 追いかけろ!」


 酒呑童子さん、あなたが追いかけた方が速いような……と思ったけれど、千鳥足じゃないですか。飲み過ぎです……。

 

 僕は一旦神妖の力を抑えると、白狐さんの力を解放し、そして全速力で走ります。

 足下に花が沢山咲いているから、ちょっと走りにくい。これ、追い付けないかも。


 この花は証拠だからね、踏みつぶすわけにもいきません。見た感じ100本も無いのです。それだけ、この部屋は狭い。

 狭いなら跳べば良いんだろうけれど、美亜ちゃんが言うには、この部屋の天井にも呪術が仕掛けられていて、しかも跳んだ瞬間に反応するタイプらしいです。準備万端ですか。


 それに、僕は神妖の力を解放してしまったし、これ以上妖術を使うと、妖気切れで倒れちゃいそうです。とにかく、走って追いつくしか無い。


「年の功には勝てんと言う事だ、まだまだ勉強が必要だな」


「くっ!」


 今の所、3人の中では僕が1番速い。

 だけど、相手がもう隠し扉を閉めようとしている。とてもじゃないけれど、間に合いそうに無いです。隠し扉を開けるにしても、開け方があるだろうし、時間がかかりそうです。


 もう後、数十センチの距離なのに。


 それでも僕は、相手を逃がすまいと必死に手を伸ばす。


「残念だったな。今度はもっとバレない場所で、この金華蘭を育っ……?!」


「えっ?」


 何が起こったの? 美亜ちゃんのお父さんの胸に、深々と短刀が突き刺さって……。


「あっ……がふっ……アザ……ミ?」


「あなた……残念ですが。私達が作った金華蘭は、全て地獄へと持って行きましょう」


 膝を突いた美亜ちゃんのお父さんから転げ落ち、美亜ちゃんのお母さんがそう言ってくる。どうやら短刀を刺したのは、彼女で間違い無いです。

 まさか……最初からこのつもりで、意識の無いフリをしていたんでしょうか。


「あっ、な、何故だ……ア、アザミ……」


「あなた、私達のやっている事は犯罪です。許される事では無いです。既に何体かの妖怪の生を乱し、死へと追いやっています」


 その言葉が本当なのか確認する為、僕は後ろを振り向き、酒呑童子さんを見た。すると、酒呑童子さんが真剣な顔で頷きます。本当なんですね。


 そんな僕の横を、猛スピードで美亜ちゃんが駆け抜けた。


「お母様!! いったい何を!?」


 美亜ちゃん、必死なのは分かるけれど、証拠の花を踏んでいますよ。

 でも……待って下さい。さっきは焦っていたし分からなかったけれど、花の匂いが薄くなった事で、ある臭いが充満している事に気が付いたよ。


「これ、ガソリンの臭い? まさか……美亜ちゃんのお母さんは」


 美亜ちゃんを止める為に、僕は慌てて彼女の後を追いかける。


「美亜。それ以上は近づいては駄目」


「な、何で? お母様、せっかく……」


「えぇ、分かっています。ですが、私はこの人を止める事が出来ず、悪事に手を貸してしまったのよ」


「でも、それは!」


「無理やりでも、この状況を脱する事が出来た……でもね、私はこの人を、それでも愛しているの。嫌われたくなかったのよ」


 そう言うと美亜ちゃんのお母さんは、その愛する人の頭を膝に乗せ、目を閉じさせた。


 つまり、既に事切れて……。


「行きなさい、美亜。あなたはこちらに来ては駄目よ」


「お、母様……」


 美亜ちゃんとお母さんの間には何も無いけれど、それでもその間には、何かで線引きされているような、そんな感覚がします。


「あなたには、犯罪者の親は居ない。良い? 私達は親子では無いのです。絶縁していたでしょう?」


「っ……でも、でも!」


 泣きそうになっている美亜ちゃんの肩に、僕はそっと手を置く。そして、言いたくないことを口にする。


「美亜ちゃん、行こう。お母さんの気持ち、無駄に出来ないでしょ? それに、君のお母さんはもう……」


 刺した瞬間? それとも前かな……とにかく、美亜ちゃんのお母さんの足下には、金華蘭の花が一本落ちていた。

 だけど、それには花が無い。つまり、美亜ちゃんのお母さんが、その花を食べたという事になるよね。

 呪いをかけた本人に、その毒が効くなんて思わなかったけれど、そこは他の人達の手が加わっているようです。


 美亜ちゃんのお母さんの口からは、血が垂れていました。顔色も真っ青だから、多分もう助からない……。


「おい、急げお前等。今さっき、増援が来たと連絡があった。タイムオーバーだ」


「さっ、美亜ちゃん」


 酒呑童子さんも急げと言ってくるし、とにかく行かないと。もう僕達が出来る事は、何も無いよ。


 でも最後に、せめて最後に、美亜ちゃんをお母さんの元に行かせて上げたかった。そして、お母さんの腕に抱き締めさせて上げたかった。


 それなのに……それを、こんな形で拒否されるとは思わなかったよ。


「お母様……」


 すると美亜ちゃんは、震える声でお母さんに向かって叫ぶ。


「私、あなたが嫌いだったわ! いつもいつも、勝手に1人で背負い込んでしまう。そんな所が嫌いだったわよ!」


 美亜ちゃん。大粒の涙をボロボロこぼしながら言っても、説得力が無いよ……。


「私を絶縁させたのも、あなたがお父様にそう言ったからでしょう! そうやって、私を逃がして何の意味が――」


「あなたにも、私と同じ能力があるからよ」


「……!!」


 やっぱりですか。変だとは思っていたんだよ。

 だって、あれだけトラップ式の呪術を見抜いたのに、本人が呪術を使うのが苦手なんて、そんな事ある訳ないと思っていました。


「あなたはまだ、その力に目覚めていないようだけれど、その内に、私と同じ事が出来る様になるわ。だからね、私の立場を奪われると思って、あなたを追い出したのよ。ふふ、私も悪い女でしょ? ケホッ……」


「……えぇ、そうね。本当にそうよ! 最初から最後まで、そうやって嘘ついて……そんなに、私と家族というのが嫌なのね! もう……分かったわよ!」


 そう言って、美亜ちゃんはお母さんに背を向けると、僕の横を歩いて行く。


「ほら、早く。行くんでしょ?」


「あっ……うん。でも、良いの?」


 あれ? 僕は何で、こんな事を聞いちゃったの? これが2人のケジメだと言うのに、何で僕は……。


「良いのよ。向こうがそれを望んでいるんだから」


 それだけ言うと、美亜ちゃんはさっさと先に行こうとします。


「ふふ、良いお友達ね。美亜の事、これからも宜しくお願いします。あの子、不器用ですから」


「あっ、はい。分かっています。大丈夫です、僕が美亜ちゃんの支えになるんで」


 そして僕も、ゆっくりとその人から離れて、酒呑童子さんの元に向かった。


「美亜……愛しているわよ」


 最後に、美亜ちゃんのお母さんが呟いたその言葉を背にし、僕は美亜ちゃんの元へと向かう。多分、さっきのは美亜ちゃんにも聞こえていたと思う。


「今日、一緒に寝て上げようか?」


「別に良いわよ、グスッ……私も大好きよ、お母様……ううん、お母さん」


 そして僕達は、その部屋を後にした。

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