第拾漆話 【1】 金華猫、十朗の能力
二重に扉があったその先の部屋。この一家が、意地でも隠したい物があるのは間違い無いですね。
「もう既にあいつは気付いているし、このまま正面突破よ!」
「ちょっと、美亜ちゃん!」
正面突破とは言え、もう少し何か準備をと思ったけれど、後ろから更に変な妖怪が迫っているので、もたもたしていられないですね。
僕も覚悟を決め、美亜ちゃんと一緒にその扉を開けた。するとその先の部屋は、凄い事になっていました。
そこは、一面に綺麗な花畑が広がっていたのです。
ここ、部屋の中だよね? 外に出ちゃったのかと錯覚しちゃう程に、とっても綺麗な花が沢山咲いています。もしかして、これが金華蘭なんでしょうか。
「これは、金華蘭の元となる蘭だ。1番育て易く、使い易いからな。大切な商品を、こんな入って直ぐの所で育てる訳が無いだろう。全く……何度邪魔をすれば気が済むのだ」
そんな僕達の目の前に現れたのは、髭を生やして着物を着た、壮齢の男性。そう、美亜ちゃんのお父さんだ。
威厳のある風格は、おじいちゃんとはまた別格の怖さを引き出していて、僕は少し後退ってしまった。
「あれあれ? 美亜。あなたはもう家に入るなと、そう言われていませんでした? 何回同じ事を言わせるのですか? またブタ箱に放り込みましょうか?」
その後ろから、美亜ちゃんの妹の美海ちゃんが、あっけらかんとしながら現れました。
自慢のツインテールを靡かせ、大きなリボンがあどけない彼女にはピッタリ何だけど、その口から出る言葉は、信じられ無い程に汚いです。
タップリと愛されたこの子は、どうやら究極のわがまま姫になっている様ですね。
「その通りだ。何度言えば分かる。貴様は既に、我が一家の敵だ! 即刻消えるが良い!」
流石に僕だって、もう我慢の限界ですよ。
美亜ちゃんを自分の子供と思っていない、この妖怪の言動。友達として、ハッキリと文句を言わないと気が済みません。
そして僕は、美亜ちゃんとお父さんの間に立つと、しっかりと相手を睨みつけた。
「何だお前は? あぁ……あの時一緒に居た、情けない妖狐か」
「むぅ……確かに、あの時はまだ情け無かったよ。だけど、あれからたった1ヶ月程で、色々あったんだ。たったそれだけなのに、美亜ちゃんと友達にもなれた。だから、それ以上に長い時間一緒に暮らしていたあなたにも、美亜ちゃんに情くらい――」
「無い」
即答されてしまいましたね。一瞬で鳥肌が立ち、全身の毛も一気に広がる様に逆立ってしまった。
それ程までに、感情の無い一言だった。美亜ちゃんに対して、親子の情が一切無い証拠です。
「……くっ、この!」
僕は思わず、そいつに拳を突き出した。
だけど、それは軽々と受け止められてしまい、そして手首を捻られ、僕に痛みを与えてくる。
「うっ! くぅ……」
だけど、こんな痛みなんて我慢です! 美亜ちゃんは、もっと痛い事をされたんだから。
「何故、人様の家の事情に口を出す? 関係無いはずだろう」
「関係無くない! 美亜ちゃんは、僕の大切な友達なんだ! それに、あなた達のやっている事は、既に犯罪なんです。色んな妖怪達が、あなた達を捕まえに来る。もう他人の家の事情だからとか、そんな事を言っている場合では無いんだよ。僕達は、任務であなたを捕らえに来た。美亜ちゃんも、ライセンスを持つ者として、そう行動したんだ!」
だけどそれでも、眉1つ動かさないその妖怪は、あろう事かそのまま僕に呪いをかけようとしてくる。
腕に嫌な力を感じたから、直ぐにそれが呪術だって分かりましたよ。
「椿!」
すると美亜ちゃんが、咄嗟にお父さんに向かって呪術を放った。それは見えないけけれど、何だか美亜ちゃんからも嫌な力を感じたから、そうしたんだと感じたよ。
「ふん。この程度で、この私に呪いをかけられるとでも――」
いや、気を逸らせるには十分です。
「妖異顕現、黒焔狐火!」
そして僕は、手から黒い炎の塊を出して、そのまま美亜ちゃんのお父さんにぶつける。
その時、僕から手が離れたので、そのまま蹴りを――と思ったら、足首を捕まれてしまい、勢い良く前方に投げられました。黒い炎に包まれているのに、良く分かりましたね。
「いっ、たたた……」
「椿、気を付けなさい。あいつも別格だから」
「見たいですね。僕の妖術が効いてないや」
お尻を撫でながら立ち上がると、そのまま美亜ちゃんのお父さんを確認する。すると、僕の黒焔が形を変えていき、徐々に人の形になっていました。
何ですか……あれは。
「あいつはね、妖術に呪いをかける事が出来るのよ。そして、呪術に変化させたそれを、自在に操れる。あんな風にね」
嘘でしょう? という事は、あの人には妖術が効かないって事になるよ。
「ふん。美海、少しあいつと遊んでやれ。私はこの侵入者を片付けておく」
「は~い! さっ、美亜お姉ちゃん。遊ぼ!」
そう言うと、美海ちゃんは美亜ちゃんの方に、美亜ちゃんのお父さんは僕の方に近付いて来た。
それは良いけれど、僕がもっと驚いたのは、美瑠ちゃんを無視している事です。
だけど、美瑠ちゃんはそれが慣れているのか、全然気にする事は無く、何かを狙っている様に見えますね。それなら、僕達もそっちは見ないようにしよう。バレちゃうからね。
相手が美瑠ちゃんに何もしないのなら、自分がやらなければならない事に、しっかりと集中しないとね。
「そうそう。先程の妖術、返してやろう」
すると美亜ちゃんのお父さんは、その横で揺らめいている、さっき僕が出した黒い炎を、こっちに返す様にして放った。
しかも、それは人の形をしているから、まるで人が突進している様にも見えるよ。
それを見ながら、僕はその炎に向かって右手を広げ、黒狐さんの力を解放する。
「お願い、上手くいって。術式吸収と詳細入力!」
そう言った瞬間、向かってきた炎が僕の右手に吸い込まれていく。そして頭の中に、今現在のこの術の形態が入ってきた。
「術式タイプ、呪術。相手を燃やし尽くすまで消えない、呪いの炎。解呪方法は……うん、上手くいって良かった」
「な……何だ、何をした?」
美亜ちゃんのお父さんは、今何が起きたか分からない様で、表情に少し戸惑いの色が見えますね。
実は黒狐さんの力の方でも、新しい能力が備わったんだよね。白狐さんが体術系なら、黒狐さんは術式系。
僕は2人から、凄い物をプレゼントされていたんだよ。
「そして、術式出力と強化解放!」
そして次に、僕は左手を相手に向かって広げ、そう叫んだ。
すると、さっき取り込んだ黒い炎が飛び出し、相手に向かって飛んで行く。だけどその形相は、鬼の様な形相に変わっているけどね。
「ぬぉ! くっ……馬鹿な。呪術を強化したのか?!」
避けられちゃいましたか。しかもこれ、方向転換が上手く出来なくて、そのまま部屋の奥の壁に激突しちゃいました。
あれ? 強化したは良いけれど、自在に操れるというのが消えちゃいました。
「う~ん、まだ上手く扱えてないや」
「なる程。どんな術も己の身に取り込み、解析をし、そしてそれを強化して解放する能力、か。厄介なものだ」
その通りです。妖術の種類が豊富な、黒狐さんならではの能力という訳です。
それと、黒狐さんもこの能力は使えるし、白狐さんはこの前僕がやった、防御力を上げたりする能力を使えます。
だけど、そう何度も使えるものでも無いんです。
実は、この特殊能力みたいなものは、妖術と違って無駄に妖気を消費します。
1日にそう何回も使えないんですよ。使い所を考えないといけない、上級者向きの能力って所です。
「ふん。それでお互いの術は効かない。そう勘違いしているのでは無いだろうな!」
すると、美亜ちゃんのお父さんがそう叫び、僕を威圧してくる。それと同時に、何か得体の知れない力が波のように広がり、僕に向かってやって来る。美亜ちゃんのお父さんから、直接放出されてる……。
「えっ? こ、これは?!」
地面を這っている様にも見えるけれど、これは何だか嫌な予感がします。
「金華猫が得意とする呪いは、病。他の呪いは、戦闘になった時に補う為のものよ。この呪いをかける為のな」
「あらあら、お父様ったらもう終わらせるの? 私、まだ遊んで……えっ?」
僕が対策を考えていると、美亜ちゃんが咄嗟に僕の前に出て来て、手を横に振った。
すると次の瞬間、床から広がっていた呪いの力が吹き飛んで、逆に美亜ちゃんのお父さんに向かって広がって行く。
「ちっ!」
だけど、それはあっさりと掻き消されました。
「な、何? 何があったの?」
もう訳が分からないので、僕は思わず美亜ちゃんにそう聞いた。
「あいつの、重病にかかってしまう呪いを、私の呪詛返しで返したのよ。まぁ、解呪されちゃったけどね。言っとくけどね、あんな呪いを吸収したら、あっという間に死の病気にかかっちゃうわよ」
嘘でしょう? そんな呪いまで使うなんて……。
僕はその事に驚き、呆然としてしまうけれど、そんな僕の尻尾を美亜ちゃんが思いっ切り握ってきました。
「ひゃぁあ?!」
「しっかりしなさいよ! 良い? あんたが吸収出来無いものは、私が呪詛返しで返すから、あんたはただあいつを捕らえる事だけを考えなさい!」
容赦なく握りましたね……。
だけど、美亜ちゃんは別で相手をする子が……と思ったけれど、美海ちゃんは何故か辺りをキョロキョロと見渡し、僕達が見えていない様な素振りをしている。まさか……。
「嘘、嘘! 誰も居なくなった?! ちょっ、まさか美瑠なの?! 何で、何やってんの! 何であなたが!?」
美瑠ちゃんが、もう一人のお姉ちゃんである美海ちゃんを、自分の敵だと認識して、呪いをかけたようです。そこに住む者と、置いてある物が見えなくなる呪いを。
そして美瑠ちゃんは、美海ちゃんに見つからない様に隠れています。
美瑠ちゃん自身が見えなくなる訳はではないって、ここに来る前にそう言っていたから、相手から狙われないようにしていますね。
でも、そこをチャンスと見た僕が、影の妖術で縛って終わりです。これで残りは、美亜ちゃんのお父さんだけですか。
そして僕達は、再度美亜ちゃんのお父さんへと向き直り、美亜ちゃんと一緒に睨み付けた。