第拾陸話 【2】 一刻の猶予もない
気を取り直して僕達は、慎重に隠し階段を降りて行く。その途中で、トラップ式の呪術があったら危ないですからね。
だけど、この階段が隠されていたからなのか、トラップは一つも無く、無事に地下へと降りる事が出来ました。何だか拍子抜けです。
そして、地下は更に暗くて、美亜ちゃん達が先頭を行ってくれないと、とてもじゃないけれど前に進め無かった。だけど、その先から薄らと明かりが見えている。
「美亜ちゃん……あそこ、誰か居ると思うよ。妖気だって、あそから感じるから」
「えぇ、そうね。警戒しながら行くわよ」
小声で囁きながら、僕達はゆっくりと先へ進む。
「面倒くせ~な。さっさと奇襲をかけて、主犯共をとっ捕まえれば良いだろうが」
酒呑童子さんが、後ろから面倒くさそうに話しかけてくるけれど、後ろは見ない、後ろは見ないよ。見たら緊張が解けてしまいます。
「酒呑童子さん、相手は呪術を得意とする一家だよ。真っ正面から突っ込んだら、それこそ呪われてお終いだよ」
「あ~そうだったな。面倒くさい奴等だ」
酒呑童子さんがブツブツと言っている間に、僕はようやく暗闇に目が慣れてきて、辺りを伺う事が出来る様になった。そして、キョロキョロと辺りを見渡して、警戒をする事にしました。
それにしても、この洋館の地下は思った以上に広く、所々に扉があって、沢山の部屋があるのが分かったよ。
そして僕達は、左右に部屋が密集している中で、奥の部屋から漏れている光を目指していました。多分、扉が少し開いているんだと思う。
牢があった地下とは別にされているのかな? 位置的にここは、牢とは真逆の方向だし、ここから牢に繋がっている事は無さそうです。
そんな事を考えていると、目的の部屋にたどり着いていた。ただしこの部屋は、他の部屋とは違う感じがする。そもそも、扉が両開きの扉なんです。
そしてそこから、数人の声が聞こえてくる。
「どうです? 成果は」
「あぁ、順調だ。今まで以上の品種になる」
「それは宜しい。高品質なら、言い値で買い取りますよ」
「ふん、その言葉を忘れるな」
僕達は息を殺し、必死にその声を聞き取る。
1人は、たった一度だけど聞いた事がある声、この風格のありそうな声は、美亜ちゃんのお父さんですね。
だけどもう1人、柔らかな口調で話す男性の声は分からない。会話の中身からして、金華蘭を買い取っている者で間違い無いとは思う。問題は、どこの組織かという事ですね。
でも、僕の頭にはあの組織の名前しか出て来ません。亰嗟という組織の名前しか。
「ねぇ、お父様。私、もっと良い事を思い付いちゃった」
「ほぉ、何だ?」
そして、更にもう1人。無邪気で一切悪びれる様子が無い、まるで遊びの延長線上の様な感じで話している、綺麗な女の子の声。
「美海……」
そう、美亜ちゃんのもう1人の妹、美海ちゃん。
ずっと、父親と一緒に居るのかな? その美海ちゃんって子は、それだけ才能を父親に認められ、使い勝手が良いとされて、たっぷりと愛されているのかな。
「これ、沢山たくさ~ん売ったら、私達もっと楽しい事が出来るんだよね?」
「あぁ、そうだ。だから――」
「だったら、人間達にも沢山売ろうよ~」
「しかし、人間には害でしか無い。人間の使っている物の、約3倍の効力だからな」
「別に良いじゃん~人間なんて、何人死んでもさ」
いけないいけない、つい勢いで飛びかかる所でした。それにしても、何て事を言うの……あの子。
そんな様子に、誰よりも我慢出来なさそうなのは、美亜ちゃんです。拳を握り締め、体を震わせながら怒りを抑えています。
そして美瑠ちゃんも、酒呑童子さんの陰に隠れて怯えているようです。
美海ちゃんに悪い事という自覚が無いのなら、これ程やっかいな子は居ませんよ。
「ふふ。彼女は素晴らしい提案をしてくる。如何でしょう? 人間達には、私達亰嗟が売ります。あなた達は、ただ作るだけ。それに新種の方は、今までの検査に引っかからない代物なのでしょう? 人間達に分かるはすがない」
「ふむ……それもそうだな。良かろう。更に倍の数を用意しよう」
もうこの中では、色々と不味い事が起こっていそうです。
先ず、やっぱり出て来たのは亰嗟の名前。そして、人間達にまで金華蘭を売る。そんな話まで出て来ましたよ。
人間の物の3倍? 薬物の事でしょうね。そんなの下手したら、たった数回で死んじゃうかも知れないじゃないですか。そんな危険な物を売ろうなんて、普通の神経じゃないですね。
「落ち着け、お前等。奴等、呪術が得意なんだろう? ここから突撃するのは危険なんだろうが。だったら、俺は入り口で様子を伺っておくから、呪術の対処が出来るお前等2人で、中の奴等をコッソリと近づいてふん縛るか、バレずに忍び込んで、その新種の金華蘭ってやつを処分しろ」
簡単に言いますね、酒呑童子さん。
確かにそうしたい所だけれど、向こうにはどれだけの強さを持っているか分からない、あの亰嗟の人が居るんですよ。リスクが大きすぎます。
「私の呪術じゃ、揺動にもならないわ。だけど、多分その新種は、私達のお母様の能力で作っているかも知れない。だから、見つからない様にお母様を助け、金華蘭を処分して逃げる。それしかないわよ。どう?」
「どうって……まぁ、確かにそれしかないけれどね。でも、美亜ちゃんのお母さんは、妖気の位置からして多分この部屋の奥だよ? どうやって行くの?」
僕達は、扉の前でボソボソと呟きながら、これからの作戦を立てる。
だけど次の瞬間、僕はその扉の向こう側から、微かな妖気を感じた。
えっ? まさか……バレた。
「酒呑童子さん、ごめん。力任せになるかも……」
うん、これバレてる。
扉の隙間から、白いナマコ? いや、ウナギ? 何だか分からないけれど、そんな細長い柔らかそうな生き物が、若干開いている扉の隙間から出て来て、僕達を見ていました。
その直後に、僕達の直ぐ近くまで、足音が近付いて来た。
「ダメですね、これは……しょうが無いです。酒呑童子さん、襲撃に変更するんで、もう派手に暴れて下さい」
「しょうがねぇなぁ~最初からそうすりゃ良いじゃねぇかよ」
そう言って僕達は、後ろに居る酒呑童子さんの元へと駆け出し、美瑠ちゃんも隠れているその背後に回った。
とにかく、酒呑童子さんには派手に暴れて貰って、その最中にこっそりと、美亜ちゃん達のお母さんを助け出します。
そして僕達が隠れた直後、両開きの扉がけたたましく開き、中からロングヘアーで眼鏡をかけた、青白いヒョロッとした男性が出て来ました。
「何ですか? あなたは。侵入者ですか? それにしてはふざけてますね」
あっ、見ないようにしていたら忘れていました。酒呑童子さんって、今パンダの被り物を……。
「あっ? 見て分からんか? 俺はな、正義の味方鬼丸様だ!!」
いや、ポーズを取らないで下さい! 何やっているんですか、酒呑童子さんは。
すると、酒呑童子さんの前方から、パラパラと本を捲る音が聞こえて来る。その後に突然、何かの雄叫びが響き渡り、僕達の耳を使えなくされてしまった。
「そこの――そのふざけた奴の後ろに居る人達も、出て来て下さい。バレてますよ――って、何?!」
あっ、雄叫びが止みました。
何だろう? 酒呑童子さんが何かを叩き落とした様な……って、うわっ。何ですか、これは。お面かな。
酒呑童子さんの足元に、恐そうなお面が転がっているけれど、もしかしてこれが、あの雄叫びを上げていたの?
口を開けて牙を生やし、血の涙を流しているそのお面は、見ているだけでも怖いです。
だけど、まだカタカタと動いている。そして、そのお面から妖気も感じる。強い妖気をね、まさかこれって……。
「酒呑童子さん!」
つい叫んでしまいました。
だけど、僕がそう叫んだ直後に、そのお面が再び動きだして、酒呑童子さんの腕に噛みつきました。
「ちっ! こいつ妖怪か? どうなってやがる!」
そう言いながらも酒呑童子さんは、そのお面を手刀で叩き落とす。流石に今度は力を入れた様で、お面はそのまま動かなくなった。
「ふむ……なるほど、『鬼面』では無理ですか。それでは、これはどうでしょう?」
すると、またパラパラと本を捲る音が聞こえてくる。
もう僕達の存在はバレているし、隠れてもしょうが無いと思うだろうけれど、僕達は今、あるタイミングを計っています。
「うん、こいつな……がぁ?!」
「ほぉ、その本から妖怪を出していやがるのか? そうなると、それは捕まえた妖怪か?」
酒呑童子さんは躊躇いが無いですね。
目の前の人が何かする前に、一瞬で距離を詰めて行って、思い切りぶん殴っちゃいました。
でも、今がチャンスですね。
「よし……行くよ、美亜ちゃん!」
「分かったわ!」
そして僕達は、酒呑童子さんの陰から飛び出し、全速力で目の前の扉に向かって行く。
それに気付いた男性が、慌てて手に持っていた本を広げようとします。良くみるとそれは、図鑑の様な本でした。
だけど、そこを再び酒呑童子さんが襲いかかり、またぶん殴ろうとしました。それは避けられちゃったけどね。
とにかく、酒呑童子さんがその人を抑えてくれている間に、僕達は扉の中に行って、美亜ちゃんのお母さんを救出です。
「えっ? ちょっと美瑠?! 何であんたまで!」
「お母さん、助ける」
だけど気が付いたら、美瑠ちゃんまで僕達の隣に居ました。頑張って走ってますよ。
「美亜ちゃん。これ多分、今更戻れっていうのも無理だと思うよ。目が真剣ですからね」
「はぁ……もう。美瑠、危なかったら直ぐ逃げるのよ」
美亜ちゃんのその言葉に、美瑠ちゃんはしっかりと頷く。
そして僕達は、扉の先へと一気に進み、更にその先にあった扉の前に、何事も無くたどり着いた。
相手は油断し過ぎじゃないでしょうか……。