第拾参話 【2】 既に呪われていた
美亜ちゃんを助けた僕達は、再びあの鏡の迷路だった部屋に向かう。楓ちゃんは当然、牢に入れたままです。また暴走されたら危ないですからね。
そしてその部屋には、美亜ちゃんのお兄さんがまだ居ました。いや、捕まえたままというか……。
「吾郎兄様……」
「よう、美亜」
「何で、その……隷属の首輪を?」
「変な目で見るな。その子に聞け……」
「いや、あの……ごめんなさい、美亜ちゃん。そんなに睨まないで。確認しなかった僕が悪いんです」
里子ちゃんが、心ここに非ずだったからさ、大丈夫だと思ったんですよ。でも、ちゃっかりすり替えられていましたよ。どれだけアピールしてくるんだろう、里子ちゃんは……。
でもちゃんと、この部屋の壁にある突起物に繋いでいるから、セーフって事にしておいて下さい。
「はぁ……全く。椿、あんたは相変わらずね。そうだ、お兄様。あの人達は、今どこに居るの?」
そう言って、美亜ちゃんはお兄さんに近づいて行き、父親の居場所を確認している。
そういえば、この人もその家族なんだし、家族から疎遠にされている訳でも無い。だから、この洋館のどこに居るか、それを知っていても当然ですよね。
「美亜、悪いが。俺から教える事は出来ない」
「そう、ごめんなさい」
そう言われてしまった美亜ちゃんは、とても悲しそうな顔をし、そのお兄さんから離れると、クルッと後ろを向いた……。
だけどその時、美亜ちゃんのお兄さんが大声を上げる。
「あ~しっかし。こんなのしんどいよなぁ……! 何で俺がこんな目に! 親父達は他の奴等に警備を任せ、悠々としているんだもんなぁ! 正直やってらんねぇよ! あんな親父の元ではよ! どうせいつもの所で、のんびりしているんだろうなぁ!」
いや……どんな文句ですか、それ。
教えられ無いってだけで、じゃあ教えなきゃ良いって事ですか……。
びっくりした僕がお兄さんを見ると、ただ1人で不満を言っているだけですよ~と言わんばかりの顔をしていました。演技下手ですね。
「あ~しまった! ついでに美亜の服、傷んでたから直して洗ってやったけど、そのまま干したまんまじゃねぇか! やっべ、誰か2階に行って、取り込んでくれないかな~」
だから、何で全部言っているんですか?! しかもすんごい棒読み。それで言った後に、白々しく口笛を吹いてどうするんですか? バレバレなんですよ……全部ね。
それなのに美亜ちゃんは、何だか嬉しそうに口元を緩ませ、微笑んでいる様に見えた。
『ふっ、とにかく急ぐぞ。向こうが作戦通りに進んでいるとは限らんからな』
「うん、分かった白狐さん。行こう、美亜ちゃん」
「えぇ……分かったわ。ありがとう、兄様」
美亜ちゃん。僕の耳が良いの、忘れていますよね? 最後、僕達には聞こえ無い様に呟いたんだろうけれど、僕にはバッチリ聞こえています。
「良いお兄さんだね」
僕がそう言うと、美亜ちゃんはようやく気付いたらしく、顔を真っ赤にしながら早歩きになり、先へと急いじゃっています。
「ほら、早く行くわよ! それと、そことそこ。呪術が仕掛けてあるし、気を付けなさい。全部解除していなかったのね、全く……」
『おぉ、こんな所にまで……流石にこれは見落としていたな』
やっぱり、美亜ちゃんは落ちこぼれじゃない気がしてきました。
黒狐さんですら見落としていた、入り口の扉の死角になっている部分の呪術を、素早く見抜いていましたからね。
それと美亜ちゃんは、立ち直りと切り替えの早さも凄いです。自分が何をしなきゃいけないのか、それが分かっているみたいですね。
その後は、美亜ちゃんの案内で楽々と2階に行き、ある部屋に干してあった彼女の服を見つけると、ようやく準備が整いました。
そして僕は、美亜ちゃんに重要な事を聞きます。
「ねぇ、美亜ちゃん。君の家族は、何をしようとしているの?」
そうなんです。依頼には捕まえろと、情報を聞き出せしか無く、いったい美亜ちゃんの家族が何をしようとしているのか、それが分からなかったのです。
それはおじいちゃんもそうだし、白狐さん黒狐さんもそうです。
「そうね、それを説明しないといけないわね。でもその前に、他の皆と合流しないといけないでしょ?」
着替え終わった美亜ちゃんが部屋から出ると、再び階段の方に向かって歩き出す。しかも今度は、玄関ホールの方の大きな階段に向かっています。
そっちは確か、おじいちゃん達が情報収集をし易くする為に、奇襲をかけているはず――なんだけど、1階には誰も居なかったし、多分不発に終わっているんじゃないかな。
「あっ、椿ちゃん~美亜ちゃんも~無事だったのね! 良かった~!」
そして、その場所に着いた僕達が、玄関ホールの大階段の上から下を見ると、そこにおじいちゃんの家の妖怪さん達が居て、どうしたら良いのか戸惑ったまま、その場で突っ立ていました。
僕達の姿を見て、声を発したのはろくろ首さんですね。
その後首をこっちに伸ばしてくるから、途中で危うく呪術にかかりそうになっていましたよ。
美亜ちゃんが慌てて制止したから、事無きを得たけれど、皆不用心過ぎるよ……。
「全く、あんた達は。ここは呪術を得意とする一家の家よ。ガードマンなんて、そんなの雇うわけ無いでしょう」
僕達は一旦、その1階の玄関ホールに下りて、皆と合流した。するとその後に、美亜ちゃんが早速注意をしています。
「美亜ちゃん。この作戦を考えたのはおじいちゃんだから」
「あの妖怪、ボケているんじゃないの?」
「あっ……」
美亜ちゃん、文句は言っても良いけれど……もう少しだけ周りを確認して欲しかったよ。
「ほう、誰がボケとるんじゃ?」
おじいちゃんがね、美亜ちゃんの後ろに居たんです。
「あら? 流石は鞍馬天狗ね。1人でウロウロしていても、呪術に一切かからなかったのね」
そして美亜ちゃんも、全く引きません。やっぱり凄いですよ……君は。
「ふん。あんな物でこの儂を呪う事は出来んわ。しかし丁度良かった。実は、楓の奴がな……」
そっか。おじいちゃんは、楓ちゃんを探しに行っていたのですね。
「楓ちゃんなら牢に居たよ。出すとまた危ないので、そのままにしています」
「むっ……そうか。それならばあとは、情報とお前さんの家族の確保じゃな」
おじいちゃんはそう言うと、その場からこの洋館をグルリと見渡す。
「しかし……妙じゃの。この家は、誰もおらんのか? 一階は全部見て回ったが、もぬけの殻じゃったな」
どうやら、僕達が美亜ちゃんを救出している間、おじいちゃんはこの洋館を調べていたようです。
「それにじゃ、家具という家具が見当たらん。いったい、どうなっとるんじゃ?」
「えっ? でも、僕が呪われた部屋には、ちゃんと家具が……」
どういう事なのか、僕が首を傾げていると、何故か美亜ちゃんが驚いた表情をした。
「椿、あんた見えてるの?」
「どういう意味? 最初から見えてたよ。ねぇ? 白狐さん黒狐さん」
その時は、白狐さん黒狐さんも一緒に居たし、2人も見ているはずなんですよ。だけど、2人の口から出たのは意外な言葉でした。
『いや、悪いが。我はお主があの場に座った瞬間、テーブルや椅子、更にはぬいぐるみ等が、そこに突然現れた様に見えた』
『俺もだ』
怖い事を言わないで下さい。
それじゃあ、あれは何だったの?! 僕だけが最初に見えていたって、いったいどういう事ですか。
「大丈夫よ。椿、あんたの方が正常よ。周りをじっくりと見てご覧なさい。そして、妖気をしっかりと感知してみて」
そう言われ、僕は玄関ホールをじっくりと眺めてみる。
すると、ある事に気が付いた。そういえば、おじいちゃんは何も無いって言ったよね。だけど、僕の目から見たらちゃんとあるんです。
ホールの端には、とても大きくて高そうな柱時計があるし、天井には綺麗なシャンデリアに、窓にはレースのカーテンがある。
だから、それに気付いた僕は、おじいちゃんに聞いてみた。
「おじいちゃん、あれ見える?」
「なんじゃ? そこに何かあるのか?」
やっぱり……おじいちゃんは、あの柱時計が見えていないんだ。そして、それは皆も同じだ。
白狐さんと黒狐さんも、目を凝らして見ているけれど、見えていないみたいです。
「美亜ちゃん。まさか、これって……」
「ご名答。この洋館に入った瞬間、既に皆呪われているのよ。この洋館に住む者、そして置いてある物が、一切見えなくなるという呪いがね。因みにかかってしまったら、呪った本人にしか解けません~」
やっぱり……しかも、本人じゃないと解けないなんて。既に呪われてしまった黒狐さんでは、解呪出来ないんだ。
そして妖気の方だけど、2階から徐々に、何かが近づいて来るんですよ。でも、妖怪じゃないと思う。動きがおかしいもん。
それと、近づいて来るその音が「ガシャ、ガシャ」と、鎧を来た人が歩いている音なんです。
つまり、僕達がこの洋館に侵入した時点で、美亜ちゃんの家族には気付かれていたという事ですか。