第拾弐話 【2】 鏡の迷路
「ひぃ、ひぃ……も、もう笑えない。お、お腹が……」
『全く……少し無用心過ぎるぞ、椿よ。いくら我の守護があるからとはいえ、これだけの呪術の数では、正直言って意味が無い』
あの後、ようやく白狐さんに呪いを解いて貰った僕は、床にへたり込んで息を整えています。
本当に最後の方なんか、息が出来なくて死ぬかと思いましたよ。
『しかし白狐……この多さは、流石に異常じゃないか?』
『確かに。まるで我等が来るのが分かっていたかのような、そんな数じゃな』
狐になって隠密に行動しようとしても、これではもう意味が無いと感じたのか、2人はとっくに狐の変化を解いていて、服も変化を解いた時の煙に紛れ、あっという間に着替えていました。
それならば僕も――と思ったんだけれど、何故か白狐さんに担ぎ上げられました。
『よし、行くぞ椿よ』
このまま行く気ですか?! 流石にこれは恥ずかしいよ。
「待って待って! 僕も変化解くし、ついでに部屋の陰で着替えるて来るから、ちょっと待ってて!」
『い~や。そんな事をして、また呪いにかかったら大変だからな。というか白狐、呪いに対処出来る俺が担ぐべきだろう』
『いや……待て黒狐よ。このまま連れて行って、我等が着替えさせ――』
「ここの部屋で、安全な場所を教えてくれるだけで良いです!」
この2人が揃うと、いつもこうなんですよ。早く美亜ちゃんを助けたいのに。
―― ―― ――
その後、ようやく着替えを終えられた僕は、前に黒狐さん、後ろに白狐さんが付いて、挟まれる様にしながら、この洋館の地下への階段を探します。
白狐さん黒狐さんに頼らず、これくらいは僕でも出来るという事を見せようとしたのに……見事に空回り。
こうやっていつもの様に、2人に守られながら歩いています。駄目じゃん……僕。
『椿よ、そう落ち込むな。こんな強力な呪術、お主には初めてじゃろ。仕方が無い事だ。次からは気を付ければ良い』
あれ? 落ち込んでいるのをバレない様にしていたのに、しっかりとバレています。
しかも後ろから、頭まで撫でられる始末。止めてください、にやけちゃいますから。
そして、前を歩く黒狐さんの尻尾が震えている。多分だけど、白狐さんに対抗したいんだろうね。
それを知ってか知らずか、白狐さんは満足そうな表情をしながら、僕の頭を撫で続けている。流石にいい加減にしておかないと、黒狐さんがキレそうですね。
「あっ、待って。そこ曲がれそう。階段とか無いですか?」
呪術が無いか確認しながらだったので、結構時間がかかったけれど、何部屋か通り過ぎた後、左側が開けていて、何かありそうな感じだったので、黒狐さんにそう言った。
『ん、あったな。だが、こういう洋館にはいくつか階段がある。ここから美亜の居る所に行けるかは分からんからな』
「うん、分かってる。美亜ちゃんの妖気は、僕が常にチェックしているし、ここから行ければ1番近いんだよ」
そう言うと、白狐さん黒狐さんも自分達のスマホを取り出し、辺りの確認する。
『うむ、とりあえずは大丈夫そうだな』
『しっかし……どうも拍子抜けだな。結局1階は、呪術しか無かったな。それも、俺が居れば関係が無いがな』
どうやら黒狐さんは、白狐さんには負けまいと、僕に自己アピールをしているようです。
いや、大丈夫ですよ。ちゃんと黒狐さんの良さも分かっていますから。
そして僕達は、その薄暗くて下りにくい階段を、警戒しながらゆっくりと、一歩一歩確実に下りていく。
階段の途中には踊り場があり、黒狐さんがそこから下の様子を伺うけれど、階段の先には扉があるだけと言い、僕達も黒狐さんの後ろから続いて、その先を覗き込んだ。
その扉は意外に大きくて、見た感じでは重そうな鉄の扉です。
開くのかな……? これに鍵がかかっていたら最悪ですよ。だけど、その扉の奥からは、確かに美亜ちゃんの妖気を感じる。
「黒狐さん。その扉、開きます? この先に美亜ちゃんの妖気を感じるんです」
『そうなのか? しかしちょっと待て……この扉、いくつもの呪術がかけられている。解くのに時間が――』
それならしょうが無いですね。
どうせこの扉の先に、誰か居ますから。それならもういっその事、この扉ごと……。
「天神招来、神風の禊!」
僕は神妖の力を少しだけ解放し、妖術を使う時と同じ要領で、神術を発動。禊ぎの風で、呪いの付いた扉を吹き飛ばしました。
「よし、開いた開いた~」
『椿、開いたじゃない。俺まで吹き飛ばす気か?』
黒狐さんが、横の壁にへばり付いていました。邪な事を考えているからですよ。
それに白狐さんも、当然の様に頷いているけれど、あなたも一回吹き飛んでいませんでしたっけ。
とにかく、僕は一度神妖の力を抑え、元の姿に戻ると、黒狐さん白狐さんと一緒に、この扉の先に向かう。
「えぇっ?! 何これ!」
『これは、参ったなおい……』
『ふ~む……酔う』
入った瞬間、目の前に僕が居てびっくりしたけれど、それが鏡だと直ぐに分かった。
だって部屋を眺めると、そこら中に僕が居て、白狐さん黒狐さんも沢山映っているんだよ。
つまりこの部屋は、鏡の迷路だったのです。
しかもその鏡からは、妖気まで感じられます。まさか、この鏡は全て、妖具なんでしょうか……。
すると今度は、部屋全体に行き渡るように、男性の声が響いてくる。
「おいおい……何なんだ、この侵入者達は。まさかあんな方法で、扉を突破してくるとはな。しかも迷う事無く、真っ直ぐに妹の所に向かうとは――って、お前はまさか……ニューハーフの妖狐?」
「違~う!!」
何でそれが浸透しているんですか! 本当に最悪です。いったい、誰が広めたの……。
だけど、僕がそう叫んだ後、目の前に誰か現れた。その人は、茶虎の猫耳と猫の尻尾をした、セミロング程の髪の長さの男性で、直ぐに僕達に一礼をしてきた。
「これは失礼。本来客人はもてなさないといけないが、如何せん今はそうもいかない。侵入者は全て呪い殺せと、あの親父に言われているんでね」
見た感じは優しそうな雰囲気のその人は、とてもじゃないけれど、呪いなんかやりそうには見えない。
それ位に美形の、茶虎猫の男性なんです。スラッとしていて背も高い。流石、美亜ちゃんの家系ですよ。
こんなお兄ちゃんが僕にも居たらな~何て考えちゃうくらいなんですよ。
「しかし俺としても、今回の件は不服なんだわ。だが俺にも、立場と言うものがある。そこで、どうだ? この場所で俺と、鬼ごっこをしないか?」
目の前の男性は、両手を広げてそう言ってくる。
ついでに言うと、今正面にいるその人に突撃しても、鏡にぶつかるだけですよね。
『ふん、そんな事をせずとも。この鏡ごと叩き割れば……』
「残念。特殊強化された鏡だから、壊す事は出来ない」
『それならば、俺の妖術で!』
「それも無理だ。この鏡は、ある妖怪の妖具でね。如何なる妖術をも跳ね返し、呪術さえも跳ね返すという、とても強力な鏡なのさ」
つまり、力任せは無理という訳ですか。だけど、ちょっと待ってね。ある事を言っていないような……まさかだけど、あれは効果があるんじゃ……。
『そうか。それならばこれだ!!』
そう言うと、黒狐さんは目の前の鏡に手を当てた。すると、途端にその鏡が砂へと変わり、崩れ去ってしまった。
「なっ!?」
『ふふ。どうやら、神術は跳ね返せない様だな』
あ~やっぱり。さっきのこの人の言葉の中に、神術が無かったのです。だからと思ったけれど、案の定でしたね。神術は跳ね返せませんでした。
そして、黒狐さんの『変異』の力で、鏡を別の物に変異させたんですね。
「う、嘘だろう! 稲荷の妖狐が、こんな力を持っている訳が……!」
美亜ちゃんのお兄さんらしき人は、そう叫びながら逃げ回る。
だけど黒狐さんが、次々と鏡を砂に変えていくから、徐々に追い詰められていき、そして遂に部屋の端まで来てしまい、その人の本体とご対面となりました。
「あ~あ……こんな簡単に負けたら、あとで親父に怒られる。まぁ、呪術も効かない様な奴等相手じゃ、これが限界だな」
「えっ? 効かないって?」
そう言われ、僕は首を傾げる。
確かに一方的にやられていたし、何で呪術を使わないんだろうとは思っていたけれど、まさか黒狐さんが……。
『当然だ。鏡を砂に変えるだけじゃなく、呪術の方も、別の力に変異させていたからな。しかし……これはあんまり多用するものでは無いか……』
そんな事を言うのは初めてだったので、黒狐さんを良く見ると、なんと肩で息をしていました。
確かに、かなり大量の鏡を変異させていたし、それに合わせて呪術までとなると、相当な力がいる。
つまり黒狐さんは、神術の使い過ぎで、疲れてしまったみたいです。
まだダウンはしていないから、戦えるみたいだけれど、今日はもう神術は使えないようです。
そうなると、ちょっと不安になってきました。この先に、もっと強力な金華猫が居たらどうしよう……。