第玖話 【1】 半妖カナちゃんの、本当の正体
その後僕達は、校長先生以外の皆を連れて、おじいちゃんの家に帰って来た。
校長先生は何故か、とても満足そうな顔をして帰っていったからね。本当に何が目的だったのか、よく分からないや。
そして、日は既に傾き夕方になっていて、山間部にあるおじいちゃんの家の周りには、都会とは違ってヒグラシが鳴いている。田舎って感じですよ、本当に。
「ただいま~」
とりあえず、僕が先頭で玄関を開けた。
嫌な予感しかしないけれど、これはしょうが無い。この事態はしょうが無いよ。
『おぉ、椿よ。帰ってきたか。して、半妖の娘とは……あ~我も歳か? 何か、あり得ない光景が……』
ちょっと、白狐さん。出迎えると同時に目をしばたかせて、二度見してから自分の目頭を押さえないでくれませんか?
だけど、信じられ無いのも無理はないです。僕は後ろに、あり得ない人を引き連れていますからね。しかも首輪を付けて、リードで引っ張っている始末。
『おっ、帰ってきたか、つば……っ?!』
あ~黒狐さんは固まっちゃった……。
「あら、あんた。下僕増やしたの?」
その後ろから、美亜ちゃんも顔を出して来て、僕に話しかけたんだけれど、当たり前の様に言わないでくれませんか? まるで「あら? ペット増やしたの?」って感じの言い方でしたよね。
「下僕じゃ無いですよ、美亜ちゃん。ちょっと訳があって、その……犬が2匹に増えちゃいました」
「おい、翼! 誰が犬だ!! お前、なんか性格変わったか?!」
だからね、首輪を付けてリードで引っ張られていたら、説得力が無いんですよ、湯口先輩。
「ふふ、犬……うん、良い響きだ」
もう1匹は放っときましょう。この生粋のド変態の半妖刑事は、一度死なないと直らないでしょうね。
それと、首輪が2個入っていたのが駄目でしたね。それを見つけた瞬間、後ろに杉野さんが居て、自らそれを首に……。
「あっ……えっと。ごめん、どこから説明したら良いんだろう?」
カナちゃん何て、どう説明したら良いか分からずに、戸惑っています。もう1から説明するしか無いですね。
でも、その前に……。
「里子ちゃん居る?」
「はいは~い! 椿ちゃん、お帰り~! そして呼んだぁ?」
相変わらずですね。里子ちゃんは尻尾を振って、元気そうにやって来た。だけどね……。
「えい!」
「キャゥン?!」
白狐さんの力を使い、里子ちゃんの後ろに回ると、そのまま里子ちゃんの尻尾を掴み、軽く引っ張った。
「つ、椿ちゃん……な、何を……?」
プルプルと震えながら、後ろに居る僕の方を振り向くと、涙で溢れた目を向けてくる。ちょっと強すぎたかな。
「僕の巾着袋の縄。あれを首輪に変えたの、里子ちゃんだよね?」
「え……? えと、あの……ひゃん!」
何故か誤魔化しそうになっていたから、ちょっと強めに引っ張って上げて、更に抗議します。
里子ちゃん。今回はね、少しいたずらが過ぎましたよ。流石の僕でも、ちょっと怒っています。この首輪からは、妖気を感じるんだよ。多分妖具なんだと思う。
「あ……えと、その、ごめんなさい! まさか他の人に使うとは思わなかったよぉ! それは『隷属の首輪』なの」
えっと、隷属? 付き従うって事? あっ、ま、まさか……。
「3回回ってワンって言って」
すると、首輪を付けた2人がクルクル3回回り……。
「ワン!」「ワン!」
「って、何させてやがんだぁ!!」
先輩は今のでキレちゃいました。
これはどんな命令も聞くし、逃げる事も出来ない妖具で、かなり強力な首輪でしたね。
―― ―― ――
家に入った後、僕達はおじいちゃんの部屋に集まり、おじいちゃんも交えて、公園であった事を全て説明した。
因みに湯口先輩は、別室で杉野さんから取り調べを受けています。でも、黙秘権はちゃんとあるらしくて、全ては聞き出せないかも知れないと言っていましたね。
そして僕の説明が終わると、おじいちゃんが僕に顔を向けてくる。何だか神妙な顔付きです、何を言われるんだろう。
「ふむ……なるほどの。しかし椿、お前さんはもう少し警戒心を持て。今回も、一歩間違えたら危険だったのではないか?」
「うぐ……ごめんなさい」
そう言われたら返す言葉が無いです。いきなり僕の説教からとは思わなかったけれど、とにかく反省するしか無いですね。
「次に、お前さん。辻中香苗と言ったかの?」
「あっ、はい」
そして、次におじいちゃんが声をかけたのは、カナちゃんでした。おじいちゃんは天狗の姿になっていて、真剣に彼女を見ている。
やっぱり、おじいちゃんの眼力は凄いですね。怒っている訳では無いのに、ちょっと怖いですよ。カナちゃんなんか、僕の手をしっかりと握っちゃって、体も緊張からかガチガチに固まっているよ。あれ? この前まで立場が逆だったような……。
「おじいちゃん。流石のカナちゃんも怖がっているよ」
「ん? おぉ、すまんすまん。いや……まさかあやつが、しっかりと子を残しとるとは思わなくての」
おじいちゃんが、感慨深く言ってくる。流石は天狗の総元締め、鞍馬天狗ですね。カナちゃんのお父さんとも、面識があるなんて……。
「お前さんからは、とても懐かしい妖気を感じていたが、顔や雰囲気が全く違っとったからの。性格は……奴に似て無くもないが、確信には至らなかったわい。だが話を聞いて、間違い無く奴だと確信したわ」
「あの、お父さんと知り合いで?」
おじいちゃんの言葉にカナちゃんが反応し、前のめりになって、少しでも沢山聞こうと必死です。だけどカナちゃんの手は、僕の手を握ったままです。これは無意識かな……。
「知り合いなんてもんじゃ無いわい。同期として、友として、お互いに切磋琢磨しあった仲じゃ。お前さんの父は『炎狼』で間違いない」
おじいちゃんが言った名前、それに今ひとつピンと来なくて、カナちゃんと一緒に僕も首を傾げた。
「炎狼は、犬神に属性を付けたものになりますね」
部屋の入り口で、しっかりと警護するかの様にして座っている、四つ子の龍花さんと朱雀さんの内、龍花さんが説明をしてきました。
この人達に関しては、先ず真っ先にポニーテールのリボンを見てしまいますね。そうしないと分からないんだもん。同じ顔で並ばれたら、尚更に分からないよ。
「うむ。そもそも犬神は、呪詛に使われる物でな。その作り方は様々じゃが、共通しておるのは、負の感情を与える事じゃ」
でもそれは、人間がやるんだよね? よく考え付くよね……。
「それの猫バージョンもあるくらいだし、ほんと人間って、呪いが好きよね~」
あ~しまった……呪いの話となると、美亜ちゃんが目の色を変えて食いつくんでした。程々にしておいて欲しいですね。
えっと……猫神だっけ? 中国にも猫鬼、病猫鬼って居るしね。それだけ、動物や虫を使った呪いを、人間達は沢山行ってきたんだよね。
「炎狼は犬では無く、狼を使う。そして殺し方も違っており、首をはねるのでは無く、生きたまま燃やし骨にしてしまうんじゃ。その時、呪いたい者の写真を見せれば、その霊魂が其奴の元に行き、火事を起こすのじゃ」
おじいちゃんは淡々と説明してくるけれど……すみません、想像しただけで気分が悪くなりました。
「時には呪いを成就出来ず、何十年何百年と彷徨い、妖怪と成る場合もある。奴もその口じゃ。最初こそ憎まれ口ばかりだったが、いつしか人間の手によって付けられた、その負の感情が消え去り、穏やかになったからの」
おじいちゃんの言葉を、カナちゃんは真剣に聞いている。
時々目に涙を浮かべていて、お父さんの事を思い出しているんだねって思うと、僕も少しだけ泣きそうになるよ。
「妖怪の殆どはそうやって、人間の手によって産み出されてきた。それを、人に害する者と無下にするのは、如何なものかと思うぞ、滅幻宗の小僧よ」
おじいちゃんがいきなり、入り口に向かって話しかけるから、誰か来たのかと思って見ると、湯口先輩が立っていました。
杉野さんの取り調べが終わった様ですね。でも2人とも、その首に首輪を付けているから、どっちが捕まった人なのか分からないや。
鍵で外せば良かったんだけれど、一緒に入っていた鍵が合わなかったの。どうやら、里子ちゃんが間違えたみたいです。
現在里子ちゃんには、首輪の鍵を探して貰っているけれど、沢山あるから時間がかかると言っていました。
沢山ですか……それだけ、その首輪もあるんですよね。犬神を従える為の妖具、隷属の首輪がね。つまり、呪いを自在に操るという事なんです。
妖具の中にはこうやって、人間の呪術を逆に利用し、妖怪が良い様に扱うという物もあって、どっちが悪なのか善なのか、僕には分からなくなっちゃったよ。
「ご主人、取り調べは終わった。予想したとおり、本拠地の事や仲間の事は、一切話さなかったよ」
「そうですか。ご苦労様です、杉野さ……げ、下僕の杉野さん」
目が何かを訴えていたよ……そして僕も僕だよ。ついつい言ってしまった。そして、その後の杉野さんの満足そうな笑顔……。
あっ、待って……湯口先輩がまるで、僕を蔑むような見下す様な、そんな変な目で見ている。
「くっ……僕だって好きで言っているんじゃ無い! 回れ右して壁に突撃!」
「えっ? ちょっ……待て! それはおかしいだろう、こら! ぐはっ!!」
そんな目で見るのがいけないんです。
「おぉう……これは。中々に、良い刺激だ……」
あっ、しまった……杉野さんにまで効果が。しかも、自ら大の字になっていて、喜んで壁に飛びついていましたね。
これ……どうやったら主従を変えられるんだろう。せめて杉野さんだけは、お姉ちゃんに渡しておきたい。ハッキリ言って、邪魔なんです。
手にしたリードを指でクルクルと、円を描く様にして回し、僕は主従関係変更の方法を考えています。もしかして……単純にリードを渡すだけで良いかも。
すると湯口先輩は、赤くなった鼻を押さえながら、僕の横へとやって来た。