第捌話 【2】 因縁の決着?
湯口先輩はゆっくりと、僕に近付いて来る。しかも、僕を威圧しようとしていて、思い切り睨みつけています。
以前の僕なら、これだけで腰が引けていたよ。でも、今は平気です。何でかな? 持ってきた巾着袋に、神刀を入れているから? 神妖の力を、多少でも使えるようになったからかな。
どっちでも良いです。今なら、堂々と先輩を説得出来る。
【あっ、椿。一応言っておくけれど、あの神刀はあんまり使わない方が良いわよ。あんたはまだ、神妖の力を完全に扱えるようにはなっていないから、あんな神妖の力を沢山使う物、連続で2回か3回振っただけで、多分暴走するわよ】
「…………」
巾着袋から刀を出そうとした瞬間、妲己さんにそう言われてしまったので、僕はそのままの態勢で固まってしまいました。まさか、回数制限があるなんて……。
でも大丈夫、僕にはまだまだ新妖術がある。刀は、切り札として使いましょう。
こっちからも威圧したり、自分の力を見せつける為に使えないのが残念だけど、神妖の力を完璧に使えるようになれば、この神刀もずっと使っていられるんだね。
「どうした? 何かするんじゃ無かったのか? それなら……俺からいくぞ!」
すると先輩が、左手に持ち直した錫杖を、僕に向けて振って来た。それは見えているので、後ろに跳んで回避です。
その後に、着物の様な服の懐から、お札を出すのも見えていたよ。爆発させてくるかな。
そう思っていたら、先輩はその札を右の手首に巻き、そのまま僕を殴ろうとして来ました。
札からは妖気を感じるし、何か起こるんだろうね。それなら、白狐さんの力で防ぐしかない。
「爆札拳!!」
「……ぐっ!!」
「椿ちゃん!!」
湯口先輩は、爆発させるのが得意ですね。
腕を前に出して、しっかりと防御態勢をしていたのと、白狐さんの力で防御力を上げていたので、僕はあんまりダメージはないです。
だから、そんなに慌てないでも大丈夫ですよ、カナちゃん。咄嗟に押して、爆風を受けないようにさせたから、尻餅突いてるけどね。ごめんね、カナちゃん。
でも、いきなり爆発した事にびっくりして、ちょっと後ろにふらついたかな。
「チッ、硬いな。防御力を上げていたか」
「その通りです。この前死にかけた後、頭に浮かんだんだよね」
白狐さんの力を使った、自身の防御力を上げる術。もっと早く、これが思い浮かんでいたら良かったのに……そうしたら、あの時皆に心配をかける事も無かったはず。
「つ、椿ちゃん……嘘でしょ? あなた、また強く……」
呆然としているカナちゃんは置いておいてと。
やられてばかりではいけないので、僕も少しは反撃しましょうか。
「妖異顕現、影の操!」
僕は黒狐さんの力を解放し、自分の影の腕……では無くて、先輩の影の腕を操る。
そう。妖気が増えると、使える妖術がパワーアップしていくんだ。例えば『黒焔狐火』は、自分の身に纏える様になるし、『影の操』は、自分以外の影も自在に扱える様になる。
そうやって、先輩の影を操って……。
「なっ! くそ……いつの間にこんな」
「覚悟してよね、湯口先輩」
ゆっくりと、先輩の影を体に這わし、目的の所に伸ばしていく。
「くっ……何だこれ、直接触れられているみたいで、物凄く気持ち悪……って、ひっ……あははは!」
「そ~れ、コチョコチョコチョコチョ」
ほらほら、脇腹を自分の影にくすぐられるなんて、かなり貴重な体験だと思いますよ。
僕の目的はあくまでも、湯口先輩の説得であり、先輩の目を覚まさせる事。攻撃して傷つけて、そんなやり方で屈服させても、意味は無いんです。
だからこうやって、無力化させるのが1番手っ取り早いのです。その前に、やり過ぎたら窒息死しそうかな。
「湯口先輩、脇腹弱すぎです」
「はぁ、はぁ……てめ、ふざてんじゃ……うぐっ、や、やめろぉ!! あははは!!」
「いえいえ、かなり真剣ですよ」
でも流石に、そうやられっぱなしなわけないが無いですよね。
湯口先輩は、くすぐったくて悶えながらも、手にした錫杖を握り締め、その下半分をもう片方の手で持つと、一気に引き抜く様にして引っ張った。
すると中から、筋の様に細く光る物が、その姿を現しました。
それは仕込み刀で、細く光ったのは刀身だったけれど、その光のせいなのか、僕の妖術が解けていた。
「俺の命を取る気は無いという事か? 甘い考えを……俺は、貴様を殺す気でいるんだぞ!」
先輩は刀を握り締め、僕を斬りつけようと突進して来る。
あの刀から妖気を感じるから、確実に妖具か、妖怪を閉じ込めた札を使っているね。
「もう分かっているだろうが、この刀は妖術を消し去る能力を持っている! もう俺に、変な妖術は効かんぞ!」
「……くっ! あっぶない!」
あの父親から剣術を学んでいるのか、湯口先輩の剣技は、その型がしっかりとしていて、踏み込みと攻撃のタイミングが抜群でした。
これは……ちょっとヤバいかも知れません。何とか避けられているけれど、その内斬られそう。
あっ、ちょっと尻尾擦ったよ。
僕も白狐さんの力で、湯口先輩の攻撃をアクロバティックに避けて、スタントマン顔負けの動作をしています。
だって先輩、結構ギリギリを狙って来るんだよ!
僕の顔の前に刀を切り上げてくるし、それを避けたら横に薙ぎ払って来て、それをしゃがんで避けても、耳が切り落とされそうになりました。
「椿様! 助勢します!」
「この不届き者が、調子に乗っているのも今の内です!」
すると、龍花さんと朱雀さんが敵を倒したらしく、僕の元へと走って来ました。
それよりも、倒すの早過ぎませんか? 龍花さん達が強すぎたのか、それとも相手が弱すぎたのかな。
いや、まさか……あの2人も。
「……っ!?」
考え事をしている場合じゃ無いです。とにかく、湯口先輩の心を折らないと。
「龍花さん朱雀さん、僕は大丈夫です! 切り札がありますから!」
そして僕は、湯口先輩の攻撃を回避しながら、巾着袋から石の刀剣を取り出す。妖術が効かないのなら、もうこれしか無いです。
たった一振りで、先輩の刀を壊さないといけないけれど、それでも僕のこの刀の方が、強いと思うんだ。そんな確かな確信があるよ。
「神刀、御剱!」
そして神妖の力を解放し、暴走しない程度に抑える。
すると、この前やった様な感じで、石の刀剣は光り輝く刀剣に変わり、僕の髪も一気に伸びて、金色に光り輝いた。
「な……何だそれは!?」
「先輩は、初めて見るよね。これが僕の、神妖の力です」
その後僕は、湯口先輩の刀に向かって、御剱を横に一振り振り払った。
「ぐっ……!!」
湯口先輩は、僕のこの状態を妖術か何かだと思ったらしく、普通に僕の攻撃を刀で受け止めた。けれど……。
「そ、そんな……! 妖術をかき消す、この刀が……」
僕の攻撃で、先輩の刀は見事に真っ二つです。
避けられなくて良かったです。先輩は堂々と、真っ正面から振り抜いていたからね。普通に避けられたらどうしようかと思いました。そこまでは考えていなかったから。
「先輩、僕のこの力は神術です。妖術とは違うので、その刀では打ち消せないよ」
「くっ……くそ。仕方ない、お前等一旦……なっ!?」
湯口先輩が驚くのも、無理は無いですね。僕も視界の端で、変な物を見ていましたから。
龍花さん達が捕まえて、縄でしっかりと縛っていた峰空と閃空が、ドロドロに溶けていって、跡形も無くなったからね。
つまり――
「分身……体。そんな……」
先輩はその光景を見た後、肩を落として愕然としていた。完全に心が折れてるね。トドメが身内なんて、残酷ですね……。
「湯口先輩……あなたは、周りが見えなくなっていたんですね。冷静に見ていれば、直ぐに分かったでしょ? 峰空が、あんなに引っ付いてくるなんて。何か変だとは思わなかったんだね」
元の姿に戻った僕は、湯口先輩に近付いて行き、そう言った。
僕は峰空と会うの、これで2回目なのに、その違和感をハッキリと捉えていたよ。それなのに、先輩は分からなかったんだね。
初めて会った時、峰空は年相応の態度と言うか、そう言う雰囲気だったのに、今回の峰空は全然違っていた。中身はまるで、女子高校生みたいな感じだったよね。
「先輩……目を覚まして下さい。滅幻宗は、何かおかしい。ずっと近くにいる先輩なら、とっくに分かっていたんじゃ……」
「縛れ」
「へっ?」
すると先輩は、いきなり僕に背を向け、腕を後ろに組んできた。捕らえろって事? えっ……何で。
「言う通りにしてやる。だが、捕らえておかなければそっちが不安だろうし、仲間から色々と言われるだろう」
「先輩……」
「勘違いするな。妖怪退治をしないと言っている訳では無い。ただ、確認をしたいだけだ」
何だろう……昔の先輩の様な優しさが、ほんの少しだけ垣間見え、僕は泣きそうになっちゃいました。
でも、そんなのが先輩にバレたら恥ずかしいので、僕は慌てて巾着袋の中を探ります。
確か中に、悪い妖怪を捕獲するための、妖気を含んだ縄……を取り出そうとしたけれど、どこにも無い。
おかしいな、確かに入れていたはずなのに。でも、代わりに何か入っている。
「ん? あれ、これ……」
「どうした? 早くしろ。何でも良いから捕らえろ」
「えっと、本当に?」
「良いと言っているだろう!」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
えっと、これってどうやって付けるのかな? あっ、こうか。それで……首の所に――
「よいしょっと」
「……おい、何だこれ?」
「首輪。リード付きです」
「……はぁ?!」
いやだって、縄を入れたはずなのにね、何故かこれが入っていたんですよ!
そして今思い出したけれど、家から出る時、里子ちゃんがこの巾着袋を持っていたから、多分彼女の仕業なんですよね。
「お前、ふざけんな!! なっ!? と、取れない!」
「あっ、すいません。鍵付きです」
「おぉい!!」
もうね、龍花さんとか朱雀さんとか校長先生とか「何やってんだ?」的な目で見てるし、僕だって恥ずかしいよ! カナちゃんなんて、頭撫でてくるもん……。
「やぁ! もう終わったかい? 全く……毎度毎度、人払いをする方の身に……もぉ?!」
あっ、杉野さん。
そっか、校長先生の要請で、人払いをしてくれていたのですね。いつもいつもお疲れ様です……って言いたかったけれど、何を唖然とした表情をいるんですか。
「そ、そんな……下僕が増えて……」
「おい、誰が下僕だ!! 翼、これを外せ!」
首輪付けて、リードを僕に握られて、下僕と言うよりもペットですね。でもね先輩、とってもよく似合ってるんです。
「椿ちゃん……椿ちゃんが嬉しそうな目を……駄目、そっちの道に目覚めちゃ駄目……!」
「えっ、何が?!」
僕、そんなに嬉しそうな目をしていましたか? していないと思うけど……。
【つ、椿……あんた変わりなさいよ! こんな面白い展開、あんた1人に味わわせてたまるかぁ!】
妲己さんは出て来ないで下さい。