第陸話 【2】 母娘の再会
待ち合わせした公園に戻ると、適当なベンチに腰掛け、人が少ない事を確認してから、カナちゃんは話し始めた。
ただし、自分が覚えている事だけと、そう念を押されました。ということは、カナちゃんも記憶が無かったりするのかな。
そう思いながら話を聞いていると、カナちゃんは、本当に普通の家庭で生まれ育った様で、父親を殺したと言っていたその時までは、どこにでもある一般家庭といった感じでした。
だけど、カナちゃんは半妖です。前にも言ってくれたけれど、父親が妖怪。これは変わり無いですね。でも、その父親が何の妖怪か分からないと、そう言ってくれた。
「そんな幸せな時間は、ある者のせいで奪われたわ……椿ちゃん、これも言おうかどうか迷ってたの」
僕はそれも話して欲しいので、しっかりとカナちゃんの目を見て「それも聞かせて」と、無言で訴えた。
「あの、ね……その日は、お父さんが何者かに襲われて帰ってきたの。私達に、危険を告げる為だったのかは分からないけれど、今思えばあれは、私に言っていたのかも……」
カナちゃんは辛い表情を浮かべ、口を固く結んでいる。そして、目を閉じて深呼吸した後、僕にそれを伝えてくる。その1番思い出したく無い光景、襲ってきた相手を。
「そいつは、あの過激的なお坊さん集団の、玄空って人にソックリだったわ」
「玄空に? それって、若い頃の玄空?」
僕は思わずそう返した。だって息子が居るんだし、若い頃の玄空なら、カナちゃん達の家を襲っていても、なんらおかしく無いからね。
だけど、ソックリだったっていう表現は、いったいどう言う事なんだろう? 本人じゃないという可能性も、あるってことになるよ。
するとカナちゃんは、首を横に振って、僕の疑問に答えてきました。
「ううん。歳は、今とそんなに変わらなかったよ。でも顔が、人の顔じゃ無かったのよ」
そう言ってカナちゃんは、その時のそいつの様子を教えてくれた。
ミミズが這った様に、無数の血管が浮き出た顔……何かの妖怪が、その玄空に変化していたのかな?
でもそれなら、カナちゃんの家を襲う理由が無いよ。それに、言っている言葉も同じだったらしいし。あぁ……もう、訳分かんないです。
「それでね……お父さんは、そいつから私達を守る為に、1人で立ち向かって……それで」
「ん、それ以上は良いよ。無理しないで、カナちゃん」
だけどカナちゃんは、自分の両腕をしっかりと掴み、何かを堪える様にしながら、その話しを続ける。だから僕も、カナちゃんの手を取り、しっかりと握って上げた。
「お父さんは……炎を身に纏った獣になってた。だけど……だけど、それでも相手には勝てなかった。私……その時お父さんの倒れる姿を見て、ショックで暴走したの」
「暴走?」
妖怪の血の方が濃いとは言え、カナちゃんは半妖だから、僕みたいな暴走なんてあり得ないはず。
その妖怪のお父さんが、よっぽど強力な妖怪なら、話しは別なんだけどね。炎を纏った獣……そんな妖怪居たかな。
「そこから私が覚えているのは……わけも分からなくなって、お父さんに攻撃していた事だけ。敵の方は、その時に逃げたわ。それも見ていた。ううん、見えていた……それなのに私……」
気が付いたら、カナちゃんも僕の手をしっかりと握っていた。恐らくその時に、カナちゃんはお父さんを……。
半妖でも暴走する事には驚いたけれど、カナちゃんにそんな壮絶な過去があった事にもびっくりだよ。
話を終えたカナちゃんは、ハンカチで涙を拭い、再度深呼吸をして、心を落ち着かせています。
「ごめんね、こんな気持ち悪い子で。嫌でしょ? 得体の知れない化け物みたいでさ」
「そんな事無いよ。それに、さっきの話でいくつかおかしな事があるよ」
カナちゃんに対して、全くそんな事を感じなかった僕は、カナちゃんの目をしっかりと見て即答した。そして僕は、話を続ける。
「先ず、カナちゃんのお父さんは何で、自分の家に帰って来ちゃったの? 敵に狙われているのなら、普通は大切な人達の住む所になんて、戻らないでしょ?」
「えっ……? あっ」
「今気付いたの? カナちゃん。それと何で、敵はカナちゃんが暴走して直ぐ、その家を去って行ったの?」
「あ~」
それも今気付いたの?
相手が本当に、あの玄空だったのなら、そう簡単に退かないはずだよ。寧ろ、カナちゃんの暴走を見たのなら、更に執着して襲うはず。
「でさ、僕の考えだけど……カナちゃんのお父さん、操られていたんじゃないのかな? カナちゃんを暴走させるためにさ」
「まさか……相手は私の事を?」
「何か知っていたんだと思う。そして、それを利用しようとしていたんじゃ無いの?」
そう考えたら、多少の辻褄は合うよね。
そうやって、カナちゃんとベンチに座りながら、過去の話を続けていると、公園の木の陰から誰かが出て来ました。
いや、多少の妖気を感じていたから、誰か居たのは気付いていましたよ。しかもこれは、半妖の人です。あんまり話したくない人の……。
「いやいや、天晴れ。少し見ない内に強く、そして賢くなったものだね、椿ちゃん」
「それでね、あとはカナちゃんのお父さん何だけど――」
「お~い、無視か~い? それも僕が知ってるんだけどね~」
あぁ……駄目ですか。木の陰から出て来たのは、お久しぶりの八坂校長でした。
相変わらずセンスの欠片も無い、派手な扇子を持ち歩いていますね。
「校長先生……ごめんなさい」
「えっ? 何で? 何でカナちゃんが謝っているの?」
そんな突然現れた校長先生に、カナちゃんが頭を下げました。どうして……。
「椿君、実はね。私が半妖の子達を守る為、いくつかこの子達に、約束事をさせていたのさ」
あっ、しまった……そういう事か。
簡単に過去の事を話してしまっていたら、危険な事もあるんだ。何も考えず、ただカナちゃんの力になりたいって、それだけしか考えずにいて、つい先走ってしまいました。
「気付いた様だね。危険があるかも知れないから、過去の事は話さない。そして辻中君の様に、来たら危険があるかも知れない場所もある」
「それだったら、カナちゃんに強要させた僕が――」
「いいや、辻中君は君に嫌われたく無い一心で、その事を話してしまった。しかも、危険な場所にまで来てね」
いや、それだったら止めてよ。わざわざ物陰から見て、話し終えるまで待っているなんて、何を考えているんだろう。
「お~怖い怖い、そう睨まないでくれるかな? いや、ここまでは決まり事の確認でね。本音は、君がどうやって半妖の子の力になってくれるのか、それを見たかったのさ」
半妖の子の力に? それなら、思う存分力になって上げるよ。カナちゃんの辛い過去も分かったんだからね。
「それなら大丈夫です。カナちゃんは、ちゃんと教えてくれたから。だから、僕が支えに――」
「そんな子供の考えは十分だよ。妖狐として、君がどう動き、どう考えるのかを見たいのさ」
「えっ……?」
いきなり校長先生の口調が変わったから、何だか怖くなった僕は、カナちゃんに向けていた顔を、校長先生に向けてみた。
すると校長先生は、今まで見せた事も無い鋭い目付きで、僕をしっかりと見ていた。ちょっと怖いというか、いつもおちゃらけていたからか、その顔が余計に怖いです。
「校長、先生……何を知っているのですか? お、教えて下さい。私、もう嫌なんです。自分の事が分からないのが、嫌なんです」
校長先生は、僕に向けていた目をカナちゃんに向け、そして聞いてくる。
「辻中君、その覚悟はあるのかい? 人間の大人はね、子供が考えている以上に厄介で、ややこしくて、そして信じられ無い程に、深い深い闇を抱えているんだよ」
「そ、それでも……」
僕の手を握るカナちゃんの手に、より一層力が入る。それだけ、怖いのだと思う。
だから、あんまり無理しないで欲しいのに、何故かこんな時に限って、覚さんの言葉が頭に浮かんでしまったよ。
『優しさは、時に人を傷つける凶器となる』
僕は……どうすれば。
僕がその優しさで、カナちゃんの覚悟を止めた場合、その後カナちゃんはずっと、後悔し続けるの? 自分の事を知るチャンスを、棒にしまった事を、ずっと後悔しながら生きるの?
それじゃあ逆に、このままその優しさで、カナちゃんの全てを受け入れるってなった場合、その真実が相当衝撃的で、カナちゃんが壊れたり、暴走したりしたらどうするの。
このままじゃ、思考の迷宮に入っちゃいそうです。いや、もう入ってますね。
「お願いします。校長先生」
でもカナちゃんは、既に決めちゃっていました。
それなら僕は、僕の出来る事を全力でやって、カナちゃんを少しでもサポートするだけです。
「ふぅ……やれやれ。ここまでこの子を変えるなんてね。それなら椿君、君にも責任が……っと、君も覚悟は出来ているのか」
「それは勿論です。カナちゃんが決めたんだもん」
それに、カナちゃんをこうさせたのは、僕なんです。だからちゃんと、責任は取りますよ。
「しょうが無い……と言うわけです。いつまでもコソコソと、タイミングを伺わずに、そこから出て来たらどうですか? 辻中祥子さん」
校長先生に言われ、別の木の陰から出て来たのは、40代くらいの女性でした。
その人は、セミロングほどの長さの髪をしているけれど、その前髪で、顔の右半分を隠している。でも、その髪の隙間からは、酷い火傷の跡が見えたよ。
割と細身の人だけれど、何だろう……カナちゃんが痩せて老けたら、こんな感じ。凄く似ている、カナちゃんと。まさか……。
「お、母さん……」
やっぱり……カナちゃんのお母さんでした。
だけどこの雰囲気……再会を喜ぶ、なんてものでは無いですね。あの人、殺気を放っている。
カナちゃんに……実の娘に向けて、殺意の目を向けていました。