第拾漆話 【1】 報酬はアイスクリームで
何とか落ちる事無く、通路側へと無事に降りると、そのまま美亜ちゃんの後を追いかけて、僕は1階へと降りて行く。
そして、さっき下に叩きつけた閃空の元へと向かうと、既に美亜ちゃんが、閃空をロープで縛りつけていた。
だけどよく見たら、そのロープに値札が付いている。それ、勝手に持ってきたね……。
「美亜ちゃん。あとでお金払っといてよ」
「あら、案外早かったわね。もうちょっとぶら下がってても良かったのに」
相変わらず、僕をからかう時だけ、美亜ちゃんは楽しそうです。もう慣れちゃったから良いですけどね。
その後、閃空の様子を見てみると、もう完全に伸びている様で、反応は無かったです。美亜ちゃんが言うには、命に別状は無いらしい。
外見を見ただけだから、絶対とは言えないけれど、息もしてるし、顔色が極端に悪い事も無い。それなら後は、警察に任せとけば良いかな。
そんな事を考えていると、僕達の居る1階の吹き抜けの所に、杉野さん達がやって来た。しかもゾロゾロと、他の警察官達も一緒です。
ついでに、カナちゃんと雪ちゃん、そして夏美お姉ちゃんも一緒で――って、ちょっと待って下さい、今僕は、狐の姿なんだってば。
「君達、良くやってくれた! さっきまでの事、全部見させて貰ったよ。一応俺達も、すぐに援護ができる様にと、この吹き抜けが見える所で、君達の様子を伺っていたけれど、あまりのとんでもないバトルっぷりに、全く手が出せなかったよ……すまない」
杉野さんはそう言うと、頬を掻きながら弁解してくる。でもね、一般の人を避難誘導してくれただけで、十分なんですよ。
それよりも、早くこの狐の変化を解きたいし、服も2階にあるから、それも取りに行きたいんですよ。
「杉野さん達はちゃんと、一般人にこれ以上の被害が出ないようにしてくれたので、それだけで十分です。だから、謝らなくて良いです。それで……あの、そろそろ人型に戻りたいし、服もね……」
杉野さんが何度も謝りそうになっていたので、僕は杉野さんに、感謝の気持ちを言った。
ついでに、元に戻りたい事も言おうとしたんだけれど、その前に、夏美お姉ちゃんが僕の前にやって来て、真剣な表情で見てくるの……だけど、心配させちゃったかな?
「椿、あんた……何て危ない事をしてるのよ。ずっと見てたわよ、ハラハラしながらさ。あんた、ドジで危なっかしいんだから、あんな奴相手に無茶しないでよね!」
「えっ?!」
夏美お姉ちゃんはそう言うと、僕をしっかりと抱きしめて来た。
そのお姉ちゃんの意外な行動に、僕は目を丸くして驚いてしまい、ただ呆然としてしまう。でもやっぱり、心配をかけたみたいだし、謝らなくちゃ……。
「え、えっと……ご、ごめんなさい」
でも、夏美お姉ちゃんは何も言わず、ただ黙って僕を抱きしめている。
そんなに心配させちゃったの? 何だろう……凄く申し訳ない気持ちになってきちゃうよ。
「な、夏美お姉ちゃん? ごめん。もう、心配かけたりはしないから、だから――」
そこまで言いかけて、僕は異変に気付く。
夏美お姉ちゃんの手がね、僕の体を撫でて来るの。しかも、尻尾や耳まで撫で始めている。これって、もしかして……。
「ちょっと、夏美お姉ちゃん? まさか、僕の体をモフモフしたいだけなんじゃ……」
「チッ……」
舌打ちした。今絶対、舌打ちしたよね。
「酷い! 夏美お姉ちゃん! 僕のしんみりを返してよぉ!」
「うるさ~い! あれは本音よ! 罰としてモフモフさせろ~!」
「ひぇぇ~! 誰か助けてぇ!」
必死に助けを求めるも、皆はいつもの事の様に、微笑ましい目で見ていました。
僕が弄られるのは、見ててほのぼのするんでしょうか? こっちは必死なのに……。
―― ―― ――
あの後、美亜ちゃんが僕の服を持って来てくれたので、満足した夏美お姉ちゃんから解放され、お店の試着室を借り、なんとか着替える事が出来ました。
「む~髪がぐしゃぐしゃだよ」
夏美お姉ちゃんにもみくちゃにされたせいなのか、髪が凄い事になっていたので、手ぐしで頑張って直しています。
「あ~あ、私もモフモフしたかったなぁ~」
「うんうん、そのまま逃げるなんて」
あのね……僕は2人のペットじゃないんですよ。これ以上は勘弁して下さい。
するとそこに、杉野さんがやって来て、また色々と説明して来ました。
「おっ、丁度着替え終わったようだな。今色々と調べたけれど、閃空と名乗っているあの少年は、まだ目覚めていないんだ。そこで、持ち物に学生証らしきものがあったから、それを確認したんだけれど……君達と、そう歳は変わらない。あんな少年まで……」
それを言ったら、湯口先輩だってそうなんだけど、話がややこしくなるので、それは止めとこう。
「本名、菱田千一。そこまで分かれば、あとは警察の力で、この子の事がある程度は分かるのさ。それで分かったのが……先ずこの子には、両親はおろか親族まで居ない」
「えっ? そ、それって……何でなの?」
杉野さんの言葉で、閃空が言っていた事が頭を過り、僕は思わず聞き返してしまう。
『妖怪が街を滅ぼした』
確かに彼はそう言っていたし、はっきりとした自信を持っていた。
何時の事だったか覚えていないのは、その時のショックかなと思っていた。そう言えば聞こえは良いけれど、実際は怪しいんだよね。
「えらく食いつくな、何か言われたのか?」
「いや、その……ちょっと」
あまりにも不確かな事なので、つい口籠もっちゃったけれど、杉野さんの次の言葉で、それは確かなものに変わってしまった。
「何を言われたかは分からないが、こいつの事は信じない方が良い。何せ、戸籍もなかったんだ。だから両親はおろか、親族すらいないって言ったのさ」
「回りくどい言い方しないで下さい!」
何でわざわざそんな言い方をしたのかは分からないけれど、それよりも、戸籍が無いって……? それじゃあ、この人はいったい何者なの。
その前に、杉野さんが真剣な顔になって、僕に詰め寄ってきた。
「君のその様子だと、何か重要な事を言われたな」
「あっ……」
物凄い図星を言われたので、思わず視線を逸らしたけれど……ジッと見られてしまっています。
まさかとは思うけれど、さっきの回りくどい言い方って、僕を嵌める為に、わざと言ったのかな? そうだとしたら、ちょっと許せないよ。
「…………」
とりあえず、視線は杉野さんに戻すけれど、思いっ切り睨んで見ました。
「あ~いや、すまない。つい、刑事の癖が……ゆ、許せ」
「んっ……」
そして僕は、杉野さんを睨みつけたまま、アイスクリーム屋の看板を指差します。
タダで許すなんて思いますか? そこはちゃんと、誠意を見せて下さいね。
「お、奢れと……」
当然正解なので、無言で頷く。それを見て、ガクッと肩を落とす杉野さんが、ちょっと面白いかも。
「しょうが無い、俺が悪いからな……」
「キングのダブルね。チョコなら何でも良いし」
「ちょっ……?!」
それでも文句を言わずに買いに行く杉野さんは、本当に誠意があるね。
ショッピングモールでこんな事があったけれど、妖怪が関わっているので、色々と情報操作をされています。だからここは、もうすぐ通常通りに戻ります。
妖怪の事はこうやって、掻き消されていくのです。店員さんは既に店に戻り、販売再開の準備をしています。頼めば売ってくれるでしょう。
「あっ、杉野さん~私達もキングのシングル! チョコレートミントでお願い!」
「私は、普通のバニラ」
「便乗すな!」
そう言いながらも、カナちゃんと雪ちゃんの分もちゃんと買ってますよね。
ロリコンの人って、女の子に気に入って貰おうとして、それで気前が良かったりするのかな……。
―― ―― ――
「ん~美味しい~」
濃いめのチョコレートに、普通のチョコレート。中々に良いチョイスですね、杉野さん。
僕達は今、エスカレーターの傍にある休憩用の椅子に座り、奢って貰ったアイスクリームを食べています。
「満足頂けた様で何よりだ」
そう杉野さんは言っているけれど、辺りをキョロキョロ伺っていますね。
それと、杉野さんの隣に座っている僕を挟むようにして、反対側に座っている夏美お姉ちゃんが、やたらと杉野さんに引っ付いている。
「ごめんね、杉野さん。私まで買って貰って」
いつの間にか、夏美お姉ちゃんまで買って貰っている。
ついでに美亜ちゃんも、こっそりと妖界に繋がっているカウンターから、アイスクリームを買っていましたね。杉野さんからお金貰ってだけど……。
「はは、まぁ構わないさ。俺としては、こんなに可愛い女の子に囲ま――」
杉野さんがそう言いきる前に、後ろからわざとらしく咳をされる。
あっ、これ杉野さん詰んでるかな? さっきキョロキョロとしていたのはこれですか。僕達の後ろにね、杉野さんの上司の三間坂さんが居たのです。
「えらく楽しそうだな、杉野君」
「情報収集中です」
杉野さん、目が泳いでいるよ。
咄嗟に出た言い訳にしては悪くないけれど、ちょっと苦しいですよ。
それに良く考えたら、奢った後に手渡して、その場で情報を聞けば良いだけのに、わざわざこんな所に来て、僕達に囲まれてご満悦な表情をしていたら、そりゃ駄目でしょうね。
「それならば、早く聞き取りをして欲しいものだな。そうやって休めているのなら、来月の盆休み、お前は半分で良いよな?」
「あっ、ちょっ、それは……」
でも三間坂さんは、そのまま踵を返して去って行き、そして杉野さんの方は、これまで以上に肩を落としてしまっていた。
とりあえず、励ましておこうかな? 法律とか、色々と無視していそうだけれど、警察の人達は忙しいんでしょうね。
「えっと、ドンマイです」
「くっ……」
大人って、大変なんですねぇ。妖怪で良かった~何て思っちゃいますよ。