第拾壱話 【2】 庇護欲の暴走
雪ちゃんはいつの間に、僕に好印象を持っていたんだろう?
でもそれは、カナちゃんも一緒なのです。
2人とも最初から、僕に好印象を持っていました。どういう事だろう……。
僕の部屋に川の字に敷かれた、お日様の匂いのする布団にそれぞれ入ると、そこから暫く雑談をしています。
その前にはもちろん、お風呂にも入っているし、パジャマにも着替えていますよ。
2人とも、里子ちゃんが用意してくれた、とても可愛いパジャマに着替えています。
そして雑談をしながらも、僕の頭はさっきの事でいっぱいです。
「――それに結局、雪は戦闘能力が無かったじゃない~」
「うっ……そ、そんな事無い。敵の熱エネルギーを冷やして、戦闘能力を下げるから」
「それでも、敵に触れなきゃ駄目だし、運動神経が無ければ無理でしょ? そして、雪は運動が出来ない。良い? 今後も、椿のサポートは私がするからね」
「くっ……」
僕の両側で、軽く言い合いをしないで下さい。
僕は僕で、考え事をしていたから、2人が何の事を言っているのかサッパリ分かんないや。
「ねぇ、2人とも。何の話?」
僕が確認をする為に聞くと、右側に居るカナちゃんが、適当に誤魔化してきた。
「ん? あぁ、何でも無いよ。こっちの話」
「怪しい……」
ついでに、左側に居る雪ちゃんにも顔を向けるけれど、わざとらしく目を逸らしたよね。
というか、僕を真ん中にしておきながら、内緒話なんて出来ないでしょう。なんでこんな配置にしたんだろう。あぁ、2人とも僕の隣が良いって言ったからだ。
「ん、何でも無い。椿は気にしないで」
「気になるんですけど?」
雪ちゃん、目が泳いでいますよ。
彼女も、氷雨さんの遺伝子を継いでいるからか、相当な美少女なんですよね。だから、あんまりジッとは見られないけれど、それはまだ僕が、男子としての精神があるって証拠です。
意識しないと女の子の精神になれないのが、ちょっと辛いですね。僕としては頑張ってるんだけどなぁ。
やっぱり……“アレ”を着けないと駄目かな。
「ん? 椿ちゃん、どうしたの? 自分の胸なんて触って」
「いや……あれ? やっぱり、ちょっと大きくなってる? なんだか、擦れて痛いです。やっぱり、もう着けないと駄目なのかも……う~ん」
しまった……横に2人が居るのに、何やってんの僕は。
ほら、2人とも凄く良い顔をしていますよ。でも実際、里子ちゃんが用意してくれていた物は、もう合わないかも知れません。
「そうねぇ~それじゃあ、明日一緒に買いに行こっか。女の子になってからの、初ブラをね!」
「うぇぇ……やっぱり」
過去に女の子だった時は、まだ幼かったはず。つまり本当に、女の子として人生初のブラとなります。
でも、まだ僕の心の奥底には、男子としての精神が残っているんです。これが凄く邪魔してくるんだよ。どうしたら良いんだろう……。
「もう椿ちゃんは女の子なんだし、そうやって生きていくって決めたんでしょ? それだったら、何も迷う事無いわよ。私達に任せて!」
カナちゃんがそう言ってくるけれど、ちょっと待って、凄く引っかかるんだけど……。
「あれ? 僕、カナちゃんに頑張って女の子になるって、言いましたっけ? 言ってないよね」
「へっ……? あっ……」
「馬鹿」
僕の指摘に、カナちゃんは目を見開き、やってしまったという顔をした。雪ちゃんは完全に呆れた顔で、カナちゃんを見ていますね。
もしかして、カナちゃん自爆したの? それじゃあ、ちょっと問い詰めようかな。
「ねぇ、何で知ってるの? それに、僕と初めて会った時も、凄くフレンドリーだったよね。嬉しいんだけれど、逆に何でそんなに僕を? って思っちゃうんですよ。ねぇ、何か隠してる? カナちゃん」
「う、うぅ……いや、その」
「香苗、諦めて。もう墜ちてるから」
雪ちゃんの言葉に、遂に観念をしたカナちゃんは、布団から手を伸ばし、スクール鞄を引っ張ってくると、何かを取り出してきた。
「ごめんなさい、悪気は無かったの。ただ、それだけあなたに惹かれているの」
「何これ? パンフレットみたいだけ――」
カナちゃんから渡されたそれを見た瞬間、僕はフリーズしてしまいました。
『絶世の男の娘、翼ちゃんを守る会!』
「…………」
そのパンフレットは、いつの間にか撮られていた、僕の正面顔が表紙となっていて、右下に『毎週火曜日発行』ってなっていました。
いやいやいやいや……なんですか、これは。
「あっ、それで、今は女の子でしょ? だから、こっち」
『絶世のボーイッシュ美少女、椿ちゃんと仲良くなる会』
「レベルアップしてる!!」
カナちゃんから新たに手渡されたそれを見て、ついつい叫んでしまいましたよ。
でも、これで納得がいきました。雪ちゃんが、直ぐには僕に近づかなかった事、そしてさっきの会話は、もう完全に……。
「2人とも、これの会員なんですね……」
これは要するに、ファンクラブってやつなのかな? こんなの存在するはず無いって思っていたら、僕がやられちゃいましたね。
「私は、椿が女の子になってから、その会に入った。だから、会員ナンバーも三桁。でも、香苗は違う」
まさか、カナちゃんは二桁ナンバー、もしくは一桁ナンバー? だって、僕が男子だった頃の、そのファンクラブの会員誌を持っているんだもん。
そのたった数ページの雑誌を、ペラペラとめくって確認していると、最後のページに会員の名前が、ズラリと記載されていました。一応この時でも、10人以上は居たんですか……信じられない。
因みにその中身は、殆どが僕の隠し撮り写真とか、好きな食べ物や話題、と言った様なものでした。
そして、その記載されている会員の中には、知った名前がチラホラとあります。
僕が女の子になってからの会員誌には、更にとんでもない2人の名前が載っていました。
「あのさ、こっちの会員誌……新たに出来た名誉会員の所に、白狐さんと黒狐さんが居るんですけど?」
なるほど……情報源はここでしたか。何やっているんですか、あの2人は。そしてその隣には、カナちゃんの名前が書いてありました。しかも「創設者」と書いてありますよ。
あぁ、カナちゃんの会員ナンバーは1ですね。えっ、それってつまり――
これは、カナちゃんが作ったファンクラブですか?!
「カナちゃん……あの……」
「ご、ごめん椿ちゃん! 勝手にこんなの作っちゃって」
するとカナちゃんが、僕の隣で申し訳なさそうな顔をしながら、必死に謝ってきました。
別に怒ってはいないけれど、ただ……何で僕なの? って疑問があるよ。
「あ、いや、大丈夫。びっくりしただけだから。でもさ、カナちゃんって僕が翼だった時に、このファンクラブを作ったんだよね? 今の僕になってからなら分かるけれど、この頃の僕って、クラスの皆にいじめられていて、凄く暗かったよね?」
「えっ、いや……それは、その……」
それに確か、カナちゃんも妖魔に操られていたはずだよね? それだったら、ちょっと辻褄が合わない様な気がする。
真っ赤になって俯くカナちゃんに、その事も言ってみた。すると、更に赤くなってしまい、かなり縮こまっちゃってます。
「あの、椿ちゃん。ひ、引かない?」
「うん、寧ろ言ってくれないと、カナちゃんを信じられ無くなっちゃいそうです」
ずっと僕を見つめていたカナちゃんが、その言葉を聞いた瞬間、それだけは困るといった表情をしながら、全部話してくれました。
すると、どうやらカナちゃんだけは、あの妖魔に操られていなかったらしい。
それは彼女が、クラスの人とは距離を取っていて、あの時の妖魔『電磁鬼』の操る方法に、引っ掛からなかったからだそうです。
確かSNSで、幸せ通知とかいうのを送り付け、それを見た人を操っていたっけ。
「でもそれなら、何で見て見ぬ振りを?」
「えっと、あのね……私、あなたが翼だった頃から、あなたの事が好きなの」
「えっ?!」
意外な告白に、僕まで顔が赤くなっていそうです。
しかも『好きだった』じゃなくて『好き』って事は、今もって事ですか。
ちょっと待って……落ち着いて、僕の心臓。
それと、男子としての気持ちまで出て来ないで。駄目です、若干頭の中がパニックです。
「いじめられていたのを止めなかったのは、悪かったと思っているよ。でも、でもそれ以上に――」
そう言うと、カナちゃんの顔は徐々に崩れていき、にやけ顔に近い笑みを浮かべてきた。それは、自分の欲望を抑えきれないような、そんな感じの笑みです。
「それ以上に、弱々しくて可愛い子が、私は好きなの。そんな子がね、味方の居ない状態で、泣きながら『助けて』とすがってくるのが、堪らなく好きなの。そうやって、味方は私だけだと思わせて、依存するほどに慕ってくれる。そんな状態にするのが、私は好き」
「お~い、カナちゃん~」
目があさっての方を向いていて、僕の声も聞こえていないよ……。
「だからね、いじめられている状態でも、そう直ぐには助けずに、タイミングを見て友達になって上げて、心の支えの様な存在になって上げるの。そうしたら、最初は警戒しながらも、ちょっとずつ心を開いていって、そして、そして――」
駄目です、本当に完全に聞こえてません。
そう話すカナちゃんは、両手を頬に当てて、乙女の様なポーズを取り、クネクネと身を捩っていました。
こんなカナちゃん、初めて見ました。彼女の頭の中は、妄想でいっぱいになっているんじゃないでしょうか。
「その内親友になって~そこから一緒に遊ぶ仲にもなって、あとは悩みを聞いて上げたりして、そしてその後に、いじめを解決して上げる。そうしたら、更に私に惹かれていって~夏休みまでに、お泊まりする様な仲にまで持っていって、そして夏休みに、初めて――」
「カナちゃん!!」
「はい?! あ、あれ? あっ……」
あっ、やっと戻って来た? 最後の方なんて、涎出していましたよ。いったいどんな想像をしていたんですか……。
しかも、考えていた事を口に出していて、それに気付いた事で、慌てて布団を頭から被っちゃいました。『私の脳内計画がバレた!』と言わんばかりのスピードでしたよ。
「ご、ごめんなさい。だってあなたは、私の好みなの。庇護欲そそる様なあなたが、本当に大好きなの。も、もちろん、今でもね」
う~ん、カナちゃんも中々の歪み具合。
でもそれは、自分でも分かっているらしく、布団から顔だけを出して、僕の様子を確認するその顔が、凄く恥ずかしそうにしていました。
「ひ、引いた? やっぱり、引くよね?」
「ん~白狐さん黒狐さんのおかげかな? そういうのには、耐性が付きましたよ。全然引いてないよ」
ただ、僕がそう言っても、カナちゃんは直ぐには信じてくれないのか、まだ布団から出て来ないです。
これは、行動で示さないと駄目なのですか? 恥ずかしいけれど、しょうが無いな。
「それじゃあ、これなら引いてないって、信じてくれる?」
そう言うと、僕はちょっとだけ体をずらし、カナちゃんの横に行くと、そのほっぺに軽くキスをした。
初めての友達……いや、親友。ううん、お姉ちゃんかな? それ位に僕も、カナちゃんの事を大事に思っている。そんな気持ちを込めて、伝えて上げた。
「つ、椿ちゃん?」
でもカナちゃんにとっては、僕の行動が意外だったらしく、また目を見開きながら、僕を見て――いや、これは見つめていますね。
しまった……やり過ぎたかも。カナちゃんが少しずつ、その目を細めていって、トローンとしだして――これは、ヤバいです。
「椿ちゃん!! 大好き!」
「はぅぁっ?!」
いきなり抱き締めてくるもんだから、首……首が、グキッて言いましたよ。
そして何で、僕の後ろから、雪ちゃんまで抱き締めて来るんですか。
「香苗ばっかりズルい、私にも」
「ちょっと待ってよ! カナちゃんも雪ちゃんも、少し冷静になって~!」
「駄目よ雪、あなたはまだ知り合いレベル。私は恋人レベル間近なのよ!」
「だから、ちょっと冷静になってってば! 2人とも!」
僕との関係に、ランクなんてあったんですか? 恋愛ゲームじゃないんだから、それは止めて下さいね。
それにしても、何だろう……これ。
この感じは、白狐さん黒狐さんと一緒に寝るのと、対して変わらないです。