第玖話 【2】 部屋の中では
「椿ちゃん。いつの間にか、お化けとかも平気になってきたね……」
「えっ? あぁ、そうだね。今回は割と平気かな」
僕の足に容赦なく絡み付いて来た、あの見た目怖そうな怨念人形を、自慢の黒焔狐火で燃やした後、カナちゃんがそう言ってきた。
それでも、現れた瞬間はビックリするよ。
だけど何だろう……対処方法があるって事が、分かっているのと分かっていないとでは、だいぶ違ってきますよね。
今回の場合は、しっかりとした作戦もあるし、白狐さん達のサポートもあるから、そんなに怖くはないかな。
「残念」
「何がですか?」
気のせいかな? カナちゃんが、ちょっとだけガッカリしている。
「変な事言ってないで、早く男子達をここから出さないと」
僕はそう言うと、今居る和室の部屋から出て、悲鳴の聞こえた奥の部屋に目をやった。
だけど、その先は薄暗くて、思った以上に狭い廊下には、更にとんでもない物がぶら下がっていました。
それは、木で出来た立体的な人形です。
暗くて良く見えないけれど、そんな物が廊下に沿って、一列に綺麗に並んでぶら下がっていた。1人で来ていたら、先へ進むのは困難だったかも知れません。
「うわ、何これ……」
僕の後から出て来たカナちゃんが、その手に持った懐中電灯で、その人形達を照らしていきます。
そして明かりに照らされ、その人形の全体像が見えてきた。どうやらこの人形は、和室の部屋から出て左手にある、玄関の方からずっと続いていた。
因みに悲鳴が聞こえた部屋は、玄関から真っ直ぐ行った突き当たりにある、少し広めの部屋から聞こえてきた。
「カナちゃん……ここに最後に住んだ人って、この家の異常さに気付かなかったの?」
「ううん。私が聞いた限りだと、この家の中の状態は、最後にここに住んだ、ある霊媒師の人がやったらしいわよ」
「霊媒師の人が、家の中をこんな風に?」
それなら、この木の人形はその人がやったのかな?
色んなポーズを取っているから、何か意味でもあるんでしょうね……僕には、何の意味も無いように見えるけどね。
「う~ん……だけど、その霊媒師の人もおかしくなっちゃって、この飾りも全く意味が無いかも知れないわね」
そう言いながら、カナちゃんは木の人形の横にある、変なお札みたいな物を見ていた。
何でしょう……そのめちゃくちゃな模様は。効果があるとは思えないですね。そうなると、自称霊媒師の人だったのかな……。
「とにかく、奥の部屋に行こう」
そして僕達は、軋む床に恐怖感を覚えながら、奥に向かって歩いて行く。
リフォームは、1回くらいはされているらしく、木のフローリングっぽい床板だけれど、それも何十年も前の事なのか、もう既にボロボロになっていて、所々床が抜けています。
そうやって気を付けて進んでいると、奥の部屋から、男子達の必死な叫び声が聞こえてきた。
やっぱり……もう既に何かやっちゃった様ですね。
「先生! しっかりして下さい先生!」
「おい、誰か人を――いや、槻本さん呼んで来い!」
「あ、亜里砂ちゃん、き、君は何で……あんな事を」
生徒じゃなくて良かったとか、そんな変な事を考えたら駄目ですよね。でも、おおよその予想はつきますね。
どうやら付き添いの先生が、亜里砂ちゃんの誘惑に負けてしまい、やっちゃいけないことをやっちゃったんでしょうね。
「あっ! 槻本さん! えっ、それにお前達まで……なんで?」
そしてその部屋から、1人の男子が出て来たけれど、僕の姿を見つけた瞬間、安堵していますね。
でもその後、不思議な顔をしてカナちゃん達を見ていますよ。そんなに、この2人が来るのが意外ですか。
「椿ちゃんが、あんた達と一緒に危ない所に行くって言うから、後で合流する約束をしていたのよ。そうしたら、悲鳴が聞こえてくるんだもん」
「だから、言ったのに……」
2人は完全に呆れた顔をして、その男子を見ています。
カナちゃん達が普段から、クラスメイトと距離を取っているのは分かっていたけれど、その理由も、人外になった今では良く分かるよ。
この人達の行動一つ一つが、凄く幼稚に見えてくるんだ。
でもそれは、見る世界が変わったからかな? 世界が広がった、とも言えるけれどね。
もちろん学校の人達全員が、こんな人達ばかりじゃないのは分かっているけれど、今回は亜里砂ちゃんに良い格好を見せようとして、不純な動機で集まった人達ばかりだったからね、こういう結果になるのも、しょうがないのかも知れません。
しかも、亜里砂ちゃんは妖狐だったからね。
「とにかく、先生がどうしたんですか?」
「あっ……そうだ。あ、亜里砂ちゃんが、先生を挑発して。部屋の中の、ある場所に――」
「あら、私がどうしたの?」
完全にパニックになりながらも、何とか僕達に状況を伝えようと、必死に説明しているその男子の後ろから、あの妖艶な笑みを浮かべた亜里砂ちゃんが現れ、その言葉を遮ってきた。
「亜里砂ちゃん、先生に何を?」
「べ~つに~あの鏡の中に、私の探し物が無いかな~って思ったから、先生に探って貰っただけぇ」
僕の言葉に対して、全く悪びれる様子の無い亜里砂ちゃん。完全に悪ですよ、この子。流石は、九尾の狐ですね。
「さっ、1階はこれで全部だし、2階に行くわよ。着いて来なさい」
「えっ、で、でも……先生は?」
「ほっときなさいよ」
未だに慌てている男子の言葉に、亜里砂ちゃんが威圧感の混じった声で言うと、奥の部屋から虚ろな目をした男子達が、彼女の後に続いて出て来た。
どうやらさっきの声で、完全に操られちゃった様子で、慌てている男子の必死な呼びかけにも、全く応じていない。
「皆! おい、どうしたんだよ!」
それでも、その男子は必死に叫んでいる。
僕達の方も、これ以上亜里砂ちゃんの思い通りにさせるわけにはいかないので、彼女を捕らえる事に優先順位を切り替え、直ぐに行動に移した。
「妖異顕現、影の操! 白狐さん、今の内に!」
『うむ……! しかし、相手は九尾の狐。我でも勝てるかどうか……』
「勝てなくても、ここから追い出すだけでも良いんです!」
そして僕は、自分の影の腕を伸ばし、亜里砂ちゃんの影を引っ掴む。こうする事で、相手の動きを封じられるけれど……。
「ふふ、やる気なの? 分かってるの? 私はね、あなたの中にいる、そんな弱った九尾の狐じゃないわよ。力を持った、九尾の狐よ」
そう言いながら、亜里砂ちゃんはゆっくりと、一歩ずつ僕に近付いてくる。
うん、完全に影の妖術が効いていません。どうしよう……。
『そうだな。とにかく何があっても、此奴の思い通りにさせるわけにはいかんな! よし、何とかセンターの応援が来るまで、我等で持ちこたえ――』
「妖異顕現、千針爆」
それは、本当に一瞬の出来事でした。
ぬいぐるみの変化を解き、人型になった白狐さんは、鋭く爪を伸ばして戦闘準備に入る。だけどその瞬間には、亜里砂ちゃんはもう動いていた。
僕達妖狐が行う、あの妖術発動の動作をし、妖術を発動してくると、その手から大量の針を飛ばし、白狐さんを襲った。そして、白狐さんに当たったその針は、次々と小規模の爆発を起こす。
それが1本くらいなら、白狐さんでもちょっとした衝撃で済んだんだろうけれど、千本近くある無数の針が、次々と爆発を起こしていくから、流石の白狐さんでも、堪らず後ろに吹き飛んでしまっていた。
「白狐さん!!」
『ぬぅ……くっ、大丈夫じゃ、椿。我は体術に優れておるし、治癒妖術もある。これ位ではやられん!』
僕の後ろで何とか踏み止まった白狐さんが、そう叫ぶ。そうは言っても、ちょっとくらいはダメージがあるはず。
「椿ちゃん! 前見て! あいつが居ないよ!」
その次の瞬間、カナちゃんの声が聞こえた後、僕の頬に衝撃が走った。
「――っ?!」
何かで殴られた?
そんな感じで、僕は奥の部屋へと吹き飛ばされてしまい、何回か転がってから、床に突っ伏してしまった。
ついでにその後、めちゃくちゃ頬が痛み出し、口の中も切っちゃったようで、血の味までしてくる。
「い、つつつ……うぅ、本気で殴られた……というか、いつの間にか僕の後ろに居たの? 白狐さんの心配をしている場合じゃ無かったよ」
そういえば今までは、僕よりも妖気が弱かったり、白狐さん黒狐さんという、強力な妖狐の2人で何とかなっていたけれど、今回は僕よりも強くて、白狐さん黒狐さんと同等のレベル。
これってもしかして、かなりの大ピンチなのかな。
でもその前に、この部屋って確か……男子達が騒いでいた場所だよね。先生がどうのって……。
そんな時、視界の端に変な物を見つけた僕は、直ぐに左を振り向いた。
そこには、円を描く様にして立ててある姿見と、その鏡の前に1体ずつ、日本人形等の様々な人形が立たされていた。
更にその真ん中には、屈んで両手で顔を塞ぐ、付き添いの先生の姿が……。
「えっ、先生? な、何して」
この状況、これって『かごめかごめ』だよね? でも何で、人形なんかで? しかも、その後ろの鏡はいったい何なの。
その先生は、僕の声には反応をしない。
まるで、何かが始まるのを待っているかの様にして、微動だにもしないのです。
もしかして、それは男子達では始められなかった?
そもそもこんな怪しい状態で、この円の中に入るなんて、そんなの無理ですよ。
だけどこの先生は、亜里砂ちゃんに大人のかっこい姿を見せて、惚れさせ様としたんでしょうね。
自業自得だろうけれど、放っとくのも問題だし……これは、どうしたら良いんだろう? もしかして、これが祟りなのかな。
だけど、これは何だか違うような気がする。だって、2階何だよね……危ないのは。あの怨霊が居る、2階がね。
それだったら、1階のこれは何? 例の霊媒師の人がやったの? うう~ん、分かんない。
それよりも、あの九尾の妖狐、亜里砂ちゃんを何とかしないといけない。
というか、未だに『ちゃん』付けって……女の子には、どうしても『ちゃん』付けしちゃうんだよね。
すると今度は、人形達からとんでもないものが聞こえ始めた。
【か~ごめ、かごめ】
勘弁して下さい。僕の中の恐怖心が、一気に蘇っちゃいましたよ。