3 トイレを探そう
仔ドラゴンさんは眠たいようだった。
こっちを見ながら、うつらうつらと船をこいでいるので、
「寝てていいぞ」
というと素直に目をつぶって眠るようだった。
2人(?)を起こさないようにそっとベランダに出る。
薄暗い中で下に下りる方法を考えようとして俺がまず思い浮かべたのはなぜか釣竿だった。
それをカランと捨てて次に想像したのはなぜかへちまの棚だった。
でもこれなら何とか伝って下りられるか?
軽く揺すってみると頼りない感じでぷらんぷらんと揺れるが、格子状の棚があるから大丈夫か?
……大丈夫だった。
パンパンっと汚れをはたいて俺は辺りを見回す。
さて、トイレはどこだ?
これだけ立派な学園ならトイレの1つや2つや3つや4つや5つや……まあ、いくつかはあるだろ。
今なら期間限定でぼっとんでも壺でも歓迎するぞ?
とりあえず適当に進んでみるか。
よし、あっちだ!
と適当な方向を指差したところで、後ろから声を掛けられた。
「トイレってなあに?」
振り返ると、1階の窓から幼女が顔を出していた。
「アリーヤだよ」
「ああ、昼間の」
教室にいた、悪役令嬢っぽいほうか。
「うん。平気?」
「平気じゃない、膀胱さんが限界近い。トイレ……便所? 厠? 憚り? ご不浄? 化粧室? お手洗い? レストルーム? パウダールーム? ウォータークローゼット? それからえーっと……」
「あのねえ、ダメなの。畑、こっち」
何がダメなのかは不明だが、連れて行ってくれるならありがたい。
幼女が右手で小さな灯りを持ち、左手で俺の手を引きながらてとてとと歩いていく。
かわいいなあ。
客観的に見れば、今の俺もかわいいけどな。
「ここ」
アリーヤちゃんが唐突にそう言って、畑の一角でつないでいた手を離した。
「ここか」
石造りの粗末な建物の中を覗くと、どうやら普通の汲み取り式のトイレだった。
アリーヤちゃんは外で待っててくれるみたいだが、中は真っ暗だ、電気もない。
なんだこれ、5歳児が使っていいトイレなのか?
まあダメだと言われても使うけどな。
はやる気持ちを抑え、落ちないように靴先で穴の位置を確認しながら用を足した。
ふー、ミッション終了。
トイレの建物から出てきた俺は、出てもいない汗をぬぐってしまった。
俺の人生の中で危険度ナンバーワンのトイレだった。
水路で手を洗いながらアリーヤちゃんに訊いてみる。
「アリーヤちゃん、お陰で助かったけど、もう1つ。ご飯はどこで食べられるのかな?」
「あっち、食堂。でもねえ、閉まってる」
ああ、夜だもんな。
……朝までこの絶食状態は続くのか。
「アリーヤちゃんから見たこの学園って、どんな場所かな?」
「んー、広い」
まあそうだね。
「中にいる人たちは? どんな感じ?」
「大人は威張る」
ああ、それは仕方ない。
人生でもゲームでもスポーツでも、経験の多い人は基本みんな威張るもんだ。
「子供はどんな感じ?」
「私をきらう。化け物……」
「ん? んー、魔法が使えるってことで、そう言われたのか?」
「うん」
ふむ、アリーヤちゃんの魔法は他人に恐怖を与えちゃう系の魔法なのか。
でも、怖いと感じるものなんて人それぞれだからな。
「まあ、好いてくれる人にだけ好かれればいいんじゃないの?」
「……うん?」
お、元の建物が見えてきたか。
水回りがないって点を除けば居心地がいいんだよな、あそこ。
でも水回りがないんだよな、あそこ。
……秘密基地でも作ろうかな?
「秘密基地ってなあに?」
「んー、隠れ家? ほかには誰も知らないって設定の、自分だけまたは仲間たちだけの家?」
木の上か土の下か草の中にあるイメージだな。
まあ人がやることだから、どうやったって誰かにはバレるんだけどな。
「作ろう」
へ?
「秘密基地、作ろう」
ああ、アリーヤちゃんも一緒にか。
じゃあ安全安心で、なおかつ仔ドラゴンさんも入れるやつか。
魔法で作ったツリーハウス……いや、俺の魔法を使った時点で、秘密じゃなくなるよな?
だって普通の景色の中にいきなり、子供のお絵かき状態の樹だか建物だかが出現するんだぞ。
一目でバレるよな?
ついでに作ったのが俺だってこともバレるよな?
「アリーヤちゃんの魔法では作れないのか?」
「無理」
残念、そっち系じゃないのか。
そういえばアリーヤちゃんの魔法ってどんなのだ? まだ見せてもらってないんだが。
「見せられないの」
そっか、ならいいや。