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目が覚めたら夜だった。
「また火事か?!」
と思いかけたが、ちげえ。
空腹で目が覚めたんだな、これ。
今までの出来事をダイジェストで思い出してみる。
1日目:目が覚めたら火事で、幼女で、魔法が禁忌だと父さんに言われたが派手に使った。
2日目:目が覚めたら月で、酸欠で、燃やされかけたり地上に戻されたり学園に入れられたりした。
3日目:空腹で目が覚めた。 ←NEW!
そういや昨日の朝から──というか転生してから──何も食ってねえ……。
1日目はもう深夜だったとしても、3日目はまだ未明だったとしても、2日目はまるまる1日何も食ってねえ。
いくら売れない営業マンのおっさんでも、さすがに3食抜きはつれえよ!
2食までなら武士は食わねど高楊枝の精神で何とか耐えたと思うけど……3食は無理だ。
ちょっとその辺の畑の作物を失敬したい気分だけど、この世界たぶん農家も奴隷扱いだよなー。
俺のせいで貧しい農家の娘さんが売られちゃったりなんかしちゃったらさすがに罪悪感が……。
うん、野菜泥棒は駄目だ。
でも、飢え死にも駄目だ。
俺の頭からは近くで見ると白だか遠くから見ると水色という何だかよく分からん感じの色合いの髪の毛が、ふわふわと腰のあたりまで生えている。
つまり結構な量があるわけだが……。
「さすがに髪の毛は食えねえよな」
ちなみに目は名前に使われている宝石──チャロアイト──を連想させる紫色だ。
「よし、魔法で肉を作ってみるか」
父さんから仕入れた数少ない一般常識の1つに『この世界の人間は魔法は使えても1種類だけ』というのがある。
つまり俺も1種類しか使えない。
だが俺の場合、その1種類がものすごく幅広い。
その分、デメリットも多い訳だが……今は関係ないだろう。
よし、ダメもとでやってみるか。
「出でよ、肉!」
出てきたのは予想通り、クレヨンで描いたかのような肉だった。
でも、肉は肉だ。
早速、かじりついてみたのだが……。
「駄目だな、こりゃ」
思い描いた通りのやわらかい肉なんだが、食べ物じゃない。
肉のにおいや味がするクッションかスポンジをかじっている感じ……余計に腹が減った。
仔ドラゴンさんが鼻をひくひくさせながら近づいてきたので、あげてみた。
仔ドラゴンさんは尻尾をふっている、たぶん嬉しいのだろう。
白猫さんは鼻をひくひくさせながら、仔ドラゴンさんの上で寝たままである。
……いや、起きねーのかよ。
そういやこいつらも何も食ってないんだよな、一昨日の晩から。
魚、野菜、果物、ついでに水……何が好物かわからないから、思い浮かぶものを次々と出してみる。
それなりに広かったはずの寝室が食べ物でぱんぱんになってしまったが、余ったら黒猫さんが消してくれるはずだ。
俺は与えられた部屋の中を確認する。
寝室8畳、バルコニー4畳、書斎6畳、クロゼット10畳、リビング12畳、メイド用の納戸が4畳といったところか。
玄関ドアには鍵がかかっているらしくて開けられないが、窓からは出入り自由なので俺は気にしなくていいだろう。
それよりも、
「水回りが見事に無いな」
トイレすらないってどういうこった、こちとら幼女さまだぞ、おい。
鍵を開けてもらえるまで我慢できると思うなよ。
「外か」
公衆トイレってあるのかね、この世界。
ま、行ってみるしかないか。
クロゼットを漁るとなぜか出てくる着ぐるみの山。
ドレスがちょこっと。
あとは下着しかない。
……どうなってんだ、この世界のファッション事情は。
仕方がないので、黒猫のきぐるみを選んで着替える。
頭の部分がフードになっているので、夜目には目立ちすぎる白銀だか水色だかよく分からない色の髪の毛もすっかり隠すことができた。
姿見の前に立ってみると、無駄に似合っている気がする。
「よし、行くニャ。世界の魚は全部全部あちしのものニャ!」
そういえば俺、学生時代は演劇サークルに所属していたっけと、割とどうでもいい記憶がよみがえってきた。