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トロッコ列車が現れた時と同じように唐突に、俺が脳内で描いた通りのぷっくりとした仔ドラゴンが、トロッコ列車の1両目に現れた。
俺としてはソイツがパンチなり火炎放射なりで壁をぶっ壊してくれると思っていたんだが……。
「へぷちっ」
可愛らしいくしゃみを1つした後、涙目で俺を見たきり、動かなくなった。
え、なんでだよ?
壁、もう眼の前なんだけど!
あ、もしや想像が足りなかった?
可愛い花と幼女と幼児とついでにおっさんが乗るこのトロッコ列車の1両目に、仔ドラゴンが現れるところまでしか想像してなかったからな、俺。
仔ドラゴンさんの目線だと、
「わー、かわいいトロッコ列車だー。ボクが運転手さん?」
とか思っていたら、いきなり目の前に壁があった、とか?
そういや、何気に仔ドラゴンさんの体がぷるぷる震えているような……。
「うわー」
何、この罪悪感。
「しゃーねーな」
俺は何かを諦め、おっさんとチューリップをかき分け、1両目へと移動した。
「おっと、武器が必要だったな」
と俺は振り返って2両目からチューリップの花を1本引き抜くと、仔ドラゴンの巨体──俺から見ればだが──を押しのけ、トロッコ列車の先頭に立った。
──壁はもう本当に目の前だ。
俺はチューリップの茎の部分をしっかり握りしめたあと、
「よし、行くぞ! ドラゴンパーンチ!」
花の部分を壁へと叩きつけた。
一瞬何かを間違えた気がしたが、気のせいだろう。
今回は壁が崩れるところまでちゃんと想像したので、たぶん問題はないはずだ。
果たして、チューリップの花は一瞬で目の前の壁と窓だけをきれいに破壊して、俺たちは何の問題も無く外へ出た。
「おー、スゲーな。さすが魔法だな」
仔ドラゴンさんが未だ俺の横でぷるぷると震え続けているので、慰めるつもりで頭を撫でてみた。
うわ、何だこれ……水まんじゅうか?
ひんやりぷにぷになんだが。
しかし、俺たちはどこへ向かえばいいんだろう?
この世界の地理とか知らんのだが。
仔ドラゴンさんの頭をぷにぷにしながら迷っていると、
「エミリー、屋敷を持って行こう」
とおっさんが言い出した。
へ?
「目立つと不味いんじゃないの?」
魔法は禁忌だという言葉、まだ忘れてないぞ、一応。
「既に遅い。もうここには戻れないし、あの屋敷は俺たち家族のものだ。持っていこう」
下の方ではざわざわと、村人やメイドと思しき人たちが騒いでいる。
兵士みたいな人たちも騒いでいる。
弓を構えている奴までいる。
これは確かに手遅れか。
あー、何か巻き込んじまって悪いな、おっさん。
寝起きじゃなかったら、火事じゃなかったら、幼女じゃなかったら、たぶんもっと静かに逃げたんだが。
「旦那様、儂らも連れて行ってくだせえ」
「待ってください、お嬢様ー」
こっちに向かって何やら喚いている人もいるが、おっさんが何も言わないので無視をする。
それよりも、屋敷だ。
「持っていくにはちょっと、大きすぎる」
いや、何言ってんの、俺。
ちょっとじゃねーよ、その辺の公立高校の校舎と体育館と武道館を足したよりも余裕でデカいんだぞ?
道理で廊下がクソ長いと思ったわ!
「心配しなくても、持つのは俺だ。エミリーは屋敷に触れられる程度にこの乗り物を近づけてくれればいい」
おお、おっさんも魔法が使えるのか。
「近づくのは屋根でいい?」
「ああ」
「まだ燃えてるけど大丈夫?」
「ああ」
おっさんが身を乗り出して屋根に触れると、中にいた生き物も火も煙もぺいって感じで吐き出されて、屋敷は丸ごとおっさんの手に吸い込まれるようにして消えてしまった。
おお、すげえ。
アイテムボックス的な魔法かな?
いや、いらないものは吐き出してからの収納だから、もっと凄いよな?
さすが俺の父親──父親だよな?
線路がぐちゃぐちゃしてきた上に、線路に梯子をかけようとする兵士がいたので、
「出でよ、黒板消し!」
後ろのほうから消していくことにした。
──黒板消しはなぜか猫の形をしているんだが、おっさんの想像が幼女の脳みそを通過してから実現するんだから、可愛くなるのはもう仕方がないことなんだと諦める。
「で、どこに向かえばいいのかな? 父さん」
……え、おっさんってば俺の父親じゃないの?
なぜか目をまんまるにしてこっちを見てくるんだけど。
「ああ、えっと……そうだな、とりあえずあの月の方に向かって進んでくれ」
おっさんが示す指の先には、月が2つ浮かんでいた。
ああ、やっぱりここは地球じゃないんだな……ってか、どっちの月よ?
ま、とりあえずって話だし、好きな方に向かわせてもらうかな。
気分は散歩だ。
いや、ドライブだ。
おっさんと幼児と仔ドラゴンと黒板消しを連れて、行けるところまで行ってみようと思う。