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 どこか遠くでパリンとガラスのようなものが割れる音がした。

 いや、たぶん本当に割れたのだろう。


「知らない天井だ」

 というか、火事だ。

 何かが燃える臭いが、煙が部屋に充満している。

 いくら睡眠に対する欲求が強い俺でも、のんびりと二度寝を決め込む場面じゃない気が猛烈にする。


 ベッドから下り、寝ぼけた頭でよろよろと扉の方に逃げようとして……足を止めた。

「履物が必要だな」

 さっきガラスが割れた音が聞こえたのだ。

 そして窓の外に広がるのは森だ。

 ガラスの破片が怖い、尖った小石が怖い、靴が欲しい。


 ベッドの横を探ってみたらルームシューズが見つかった。

「ラッキー!」

 ついでに枕にも手を伸ばす。

「よし、これで完璧」

 寝起きのおっさんの頭では完璧にしか見えない。


 ついでにクロゼットと机も軽く漁ってから、逃げることにした。

 ──姿見に映った幼女の姿は全力で見なかったことにしたい。



 部屋の外に出ると、幼児だか赤ん坊だかよく分からない年頃の子供を抱えたおっさんが、必死の形相で走っていた。

「おお、あれが正しい避難の仕方か」

 いや、正しいかどうかは知らんが。

 着の身着のままで、何よりも命を優先して逃げるおっさんは、なんだかんだで着ぶくれした自分よりも神々しく見えた。


「ああ、エミリー。ここにいたのか」

 おおう、俺のことも探してくれていたのか。

 で、エミリーが俺の名前?

「ついておいで」

 筋肉とはあまり縁がなさそうなおっさんだが、火事場の馬鹿力でか走る、走る、走る。


 俺も走るんだけど、追いつけない。

 俺も中身はおっさんなんだが、体は幼女だし、着ぶくれしているし……ああ、どう考えても無理だ。


 けど、俺って転生したんだよな?

 小説だと転生した先って魔法があるよな?

 いや、無い場合もあるけどさ……もしも魔法があったなら、俺が使えたならと考えながら走る。


 想像したのは白いチョークで描いたかのような線路、その上を走るトロッコ列車だ。

 1両目にはおっさんとついでに幼児、3両目には俺が乗る。

 2両目は空気だけっていうのは空しいので、でっかいピンクのチューリップでも載せるかな。


 ……って、何だよ、それ。

 思考が体に引きずられてんのかなあ?

 メルヘンすぎるよな、この想像。

 だけど現実にはそんな……あれ?


「お、おう?」

 おっさんが吃驚しているっぽいが、俺も吃驚している。


 俺の想像した通りに、廊下に……ってか、前が見えねえええええ。

 どう考えてもチューリップが余計だった!



 おっさんがゴトゴトと揺れるトロッコの上、チューリップをかき分けながら俺の方へと歩いてくる。

 いや、かきわけるよりも捨ててくんねえかな。


「エミリー、お前……」

 お、バレた? いや、バレるよな。

「魔法が禁忌だと知っているな?」

 いや、知らねえよ!

 それよりおっさんが邪魔で、前よりも前が見えないんだが!


 ……あ、そか。

 壁にぶつかるのが怖いのなら、ぶつかる壁を全部ぶっ壊せばいいんだ。



 ──正直、この時、俺の頭もちょっとぶっ壊れていたと思う。


 けど、寝起きだし、火事だし、幼女だし……仕方がないよね。

 それに俺ってばほら、異世界人だし、たぶん。

 常識がないのも当たり前のことだと思うんだよ、うん。

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