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「お前ら全員集まれ!」
カナタたちが午後の訓練の準備をしているときである。広い訓練場中に響き渡る大声が聞こえてきた。カナタたちは声がしたほうを向くとそこには鳶色の髪を短く切った長身の女性‐午後の訓練の担当教官であるアストリッド・シヴィルの姿があった。カナタたちはアストリッドの姿を確認すると駆け足で彼女の元へと向かう。
「よし、全員そろってるな」
アストリッドはカナタたちが整列したのをざっと一瞥すると、適当な感じで出欠の確認をする。正直いつ見ても本当に確認してるのかと疑わずにはいられない。しかしこのアストリッド、今まで一度として出欠確認で間違っていたことがない。カナタからしてみれば何をどうすればあの一瞬で生徒全員を確認できるんだと思わずにはいられない。
ちなみにこのアストリッドであるが、騎士養成学校の教官を勤めていることからも推測されるとおり元騎士である。それも数少ない女性でその地位まで上り詰めた人間である。その戦闘能力は控えめにいっても高い。少なくとも今のカナタはで100回戦ったら100回負ける。いつぞやは体力バカのアレスに「模範試合だ」などと言ってアレスの得意分野である単純な腕力による真っ向勝負で勝ってしまっている。それに嘘か真か以前彼女は自分が住んでいた家を素手で傾けたとかいうむちゃくちゃなうわさもある。カナタからすれば何でこの人教官なんてやってるんだといわざるおえない。
「訓練が始まる前にひとつ連絡事項がある。次の訓練、つまり明日が休みだから明後日午後の訓練だが特別講師が来ることになってる。この明後日の授業だがこの学校を卒業して騎士になるにあたって絶対に貴重な経験になる。だから絶対に休むな。体調が悪かろうが来い。話は以上だ」
そう言ってアストリッドは「来なかったらどうなるかわかっているだろうな」とばかりにカナタたちを見る。その殺気すらこもった視線にカナタたちは思わず冷や汗を流す。
「さて、話も終わったところで今日の訓練を開始する。事務員の先生方、早速準備をお願いします」
アストリッドの訓練の開始宣言とともに次々と事務員の先生方によって大きな四角い箱が訓練場に運び込みこまれてくる。四角い物体はかなり大きく、高さ、奥行きともに成人男性二人分くらいの大きさである。材質はおそらく鉄。一つ一つがかなりの重量であることは間違いない。それに加えて箱の中からはひっきりなしにガシャーン、ガシャーンと大きな音が聞こえ、おそらく意図的に作られているだろう箱の隙間からはなんだか凶悪そうな獣の目が時折見える。……カナタは思わず現実逃避したくなってきた。
「……アストリッド教官、質問をしてもいいでしょうか?」
アストリッドに対してどこからか声が上がる。
「ん?どうした?」
「……その自分の倍くらいの大きさがありそうな熊と思しき獣はいったい何に使うのでしょう?」
その質問をした生徒は青い顔をしつつ半ば回答がわかっていながらもアストリッドに質問した。どうか自分たちの考えが外れていますようにと。
「はぁ?そんなもん今日のお前らの相手に決まってるだろ?」
その生徒の質問に対してアストリッドは何を当たり前のことをとばかりに答える。
「よし、一応今日の訓練を説明する。今日の相手はお前らの目の前にいる熊だ。これからお前らにはこの熊どもとレスリングをしてもらう」
「……あの武器は?」
先ほどと同じ生徒が続けてアストリッドに質問をする。
「んなもんあるわけないだろ。レスリングだぞ。聞いてたか?それとわかってると思うが逃げんなよ。これはレスリングだからな」
アストリッドはまたも殺気をばら撒きつつ生徒に注意をうながす。……いや、あれはもう脅しだ。
「いいか。これはこれはこれからのお前らに絶対に必要なことだ。きっちり全員倒せよ」
そう言うとアストリッドはこれで話は終わりとばかりに熊の相手ができるようさっさと準備をしろと促す。
カナタたちはこれマジでやるの?と顔を青くしつつも熊と戦えるよう準備を始める。
こうしてカナタたちの午後の訓練……という名の死闘がいつもどおり始まった。