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「カナタ!」
「ん?なんだアレスか」
教室に入り自分の席に座ったところで後ろから声がかかった。その声に反応してみれば碧眼で灰色の髪を短く逆立てた体格のいい少年が後ろからこちらにやってくるところだった。彼の名前はアレス・アッシュワース。アレスが名前でアッシュワースが家名だ。アッシュワース家は代々多くの騎士を排出している武門に秀でた貴族である。そしてアレスはそこの長男という世間一般から見れば割と高貴な身分の人間だ。
「実は折り入って頼みがあってだな」
「……予想はつくがとりあえず言ってみ」
そんな高貴な身分のアレスであるが、本人はかなりフランクな性格のためどんな人間ともすぐに仲良くなる。かくいうカナタもこの学校に入学して最初の席が彼の隣であったため入学初日からすぐに仲良くなった。そうして入学から1年以上たった今も彼とは交友を続けている。
「ははは、そうかそうか。なら遠慮なく頼むとしよう!」
「はいはい。さっさと用件を言えよ。もう時間ないぞ」
「ん。確かにそうだ。ならば言おう。今日の数学の課題を見せてくれ!」
「やっぱりか……」
そしてこのアレスという人物であるが、フランク、気のいい奴……それと暑苦しいやつ以外にも彼を象徴する評価が一つある。その評価は教師、生徒を問わずこの学校のほぼ全員が認めるところであり、一部の間では『なんでこいつが初等教育を無事終わらせられたんだ?』と言われるほどである。……前置きが長くなったが要するにバカなのである。
「一応聞くがどの辺りから教えてほしいんだ?」
「むろん最初からだ!」
「……いや、なんでお前そんな自信満々なの?」
「ふはははは。そんなものわからないものはわからないからだ!」
「ちなみに解く努力は?」
「そんな時間があったら鍛錬を行うわ!」
「……はぁ」
こんなやつではあるが友達なのでげんなりしつつもカナタは数学の課題を机の上に出す。カナタは身内に甘いのだ。
「ここからここが今日の分だ」
「おお。すまないなカナタ」
「そう思うなら自分で解く努力をしろよ」
「善処はしよう!」
「……ホント、しろよ」
口ではそう言いつつその実全く期待していないカナタであった。アレスが自力で実技以外の課題に取り組むなどきっと天変地異の前触れだなとカナタはひそかに思う。
「むっ。今何か失礼なことを考えなかったか?」
「アレスが自力で実技以外の課題に取り組むなどきっと天変地異の前触れだなって考えてた」
「はっはっは。まったくその通りである!」
「いや、否定しろよ」
しゃべりながらもしっかり課題を写しているアレスを眺めながらそんなことを言うカナタ。さっきの善処するとかいう宣言はどこにいったと思わずにはいられなかったが……。