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カナタ・ヒメルユーズの朝は早い。濃紺の髪にそれと同色の瞳を持つこの少年は現在騎士養成学校に通う学生である。そんな彼はまだ日が昇り始めるかどうかといった時間に活動を始める。
ところで騎士養成学校とは何か?
それはもちろん国を守る騎士を養成するための学校である。もう少し詳しく言うなら国の防衛をつかさどる騎士を育成するために若者たちが日夜体を鍛えている場所ということになる。ようするに未来の国の守護者をここで育成しているのだ。
そんな騎士養成学校の中でカナタが通っているのは一般的にウェスト校と呼ばれている場所である。名前の由来などなんてことはない。この国の中心である王都から見て西の国境近くにあるからだ。
さて、話は戻すがカナタ・ヒメルユーズの朝は早い。これは別にカナタ一人が特別早いというわけではない。端的にいえば騎士養成学校に通うほぼすべての生徒の朝が早い。では朝早くに起きて生徒たちは一体何をしているのか?答えは朝練と呼ばれるものである。
では朝練とは何か?それはもちろん早朝訓練の略である。まあ訓練と名はついているが基本的には剣の素振りやランニングなどを行う者が大半である。さすがに朝一発目からいきなり全力の模擬戦闘などというような者は少ない。……いないと言い切れないところがあれではあるが。なんでも、朝最初に全力で動かないと一日しゃっきりしないとか何とか。とにもかくにもこの朝練は位置づけ的に基礎の確認に加え授業前のウォーミングアップという意味合いが強いものである。
「よし、そろそろ体操でもして朝練終わるかな」
そんな始業前の時間、朝練の剣の素振りを終えたカナタは最後に体操をしつつ今日の授業の予定について考える。
「確か今日は午前中が数学に家庭科で午後が全部野外訓練だったか?」
そういえば今日の数学は当てられるんだったな、などと考えつつ体操を続行する。
ところで騎士養成学校というものは具体的にどういう位置づけのものであるのか?この騎士養成学校、入学要件に初等学校卒業もしくはそれ相当の学力を有する者という文言がある。これが何を意味するのか?それを簡潔にいうなら騎士養成学校は初等教育を終えた後の高等教育の場であるということである。先ほどカナタの言葉の中にもあったが高等教育の場であるので当然数学や歴史などといった勉強もしなくてはならない。ただ体を鍛えるだけではいけないのだ。
「家庭科は……今日はおいしいパンの作り方だったか?」
そしてそれら高等教育科目と同じように存在しているのが家庭科といった科目である。この一見なんの役に立つのかわからないような科目、カナタも最初何であるのかわからなかった。しかし習ってみるとこれらの科目がいかに大事な科目なのかよくわかった。戦場において武力は当然大事である。しかしそれと同様に食事などの人間が生きるために必要な能力も戦場では必要となってくる。それら戦場を生き抜くための別の力を身につけるのがこの家庭科などといった科目なのである。そしてそのおかげで現在カナタは料理がかなりうまい。騎士辞めて料理人になれば?などと言われたほどである。……正直言われたときはちょっと複雑な気持ちになったカナタであったが。
「うーん。おいしいパンの作り方ってこれ意味あんのか?」
だがしかしこの家庭科、教師の趣味がたまに反映されるため戦場で必要かと言われると微妙な顔になることもたまに教えてくるのである。……例えばすばらしきイースト菌の歴史とか。
「あの先生のパン関連の授業って高確率でおかしなことになるからな……」
そんな過去にあった家庭科のよくわからない授業を思い出しつつ、今日はまともでありますように心の中でひそかに思う。そうして考えことをしつつも体操をきっちりと終えたカナタは自分の教室に向けて歩き出すのだった。