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Q.E.F.4-1:MonoQlog

前回のあらすじ


実験を行っていた俺らは突然異世界に召喚され、お嬢様と呼ばれる人に出会う。


そこはどうやらそのお嬢様が統治している闇国、イヴェルナであり、俺らはその危機を脱するために呼ばれたらしいが、


そんな最中であっても暴走するスバルを止めつつどうにかお嬢様の機嫌をとり、晩餐会に出席することになった。


しかしそんな楽しい晩餐会の中突如敵襲を受け、更にはお嬢様の命が大臣一人の裏切りにより危機にさらされていた――

「頼む、間に合ってくれ!」


 短剣を持つシリウスの腕が、短剣の先端はお嬢様のほんの2~3cm前で止まった。


「物騒なもん振りかざしてんじゃねーよ!!」


 息を切らしながらも、全力を尽くして初手を防いだ俺は、長い時間脂汗を流すシリウスと睨み合った。


「ふっ!たかが普通の異世界人がこの武人にかなうわけがない!」


 シリウスが殺気を出しながら時計回りに体をひねり、俺の右脇腹をかっ裂く。


「ぐあっ!!」


 動脈を斬られたのだろう、止まらない出血に耐えながらぶれる目先でシリウスが逃げていった扉を見つめた。


 この出血量では追うことは不可能だと言いながらスバルが止血の処置をしている。


「俺があいつを仕留めてやる……」


 そして意識を失う寸前に一瞬見えた。唯一色のついている昔の記憶が、記憶の中で、世界が最も鮮やかに見えていた記憶が。


 暗くなっていく視界の中でより鮮やかに見えた、あの懐かしい日々が――




 そもそも俺はドイツ人の血が3/4、日本人の血が1/4混ざったクォーター、とかなり特異な人間図の中に生まれてきた。


 目の銀色と髪の毛、それに日本人の彫の深さは父親、肌の色味は母親譲りのもの。


 物心がついたのは大体四つ年を数えてからだろうか、或いは三つ?少しあやふやな部分はあれど、その頃の記憶は鮮明に覚えていた。


 家族構成は生粋のドイツ人である父親、日本人の血からか童顔で、それでも美しかった母、それとグランドピアノの前で曲を弾いていた記憶の強い、皺がれた祖父の三人。


 元々父親の家系が音楽一家だということもあり、父は度々有名どころのオーケストラにオーボエ奏者として稼ぎ、祖父もまた悪くなり始めた体調など微塵も感じさせない素晴らしいピアノを披露する優秀なピアニストだった。




 今でもまだ忘れてはいない、ある夏の日に祖父はグランドピアノの前に座り、通常の人間とは思えない程に綺麗なピアノソナタを奏でた。


すごい(gros)……」


 この時弾いてもらった曲は忘れもしない、ベートーベン作曲ピアノソナタ第14番月光、第3楽章。


 いつかおじいちゃんみたいな人間になると誓い、その日から『ゼノンフォード』という名前を継ぐための特訓が始まった。


 あの時はどういう風に弾くのかを徹底的に叩き込まれ、弾き癖をひたすら直されたな。


 ベートーベン作曲ピアノソナタ第14番月光第3楽章を弾きこなす。それが、あの時の俺が定めた目標であり、またそれが全ての元凶でもあった。


 一、二年余り過ぎた時。俺の新しい家族、結華(ユイカ)が誕生した。これは後で知ることになるが、臨月に近いある春の日、俺が花飾りを作っていた頃に産気づいたことから由来するらしい。


「にぃー!」


 幼いころに一緒に遊んだ、自分を兄として見ている妹。


「にぃ、にぃ!」


「……どうした?」


 俺と同じ灰色の目と、淡い金色の髪。沢山の花を彩ったワンピースと白い肌をした、世界でも指折りの可愛い妹の姿が映っている。頭の上には、その名の由来になった花飾りを被って。


「にぃ、だいすき」


 まだ舌ったらずな言葉で、懸命に兄弟愛を伝える妹の光景がとても懐かしく見えた。そして、5歳ぐらいの小さな俺は、3歳くらいの可愛い妹と一緒に麦畑ではしゃぎまわった。


 そんな、幸せな毎日がずっと保障される。疑いの余地すらない純な心でそう信じていた。


 見えない場所で、色彩が乾いていく。色合いが少しずつ褪せて、消えていく。


 そして、いつしか妹が黒い霧に覆われて見えなくなる。必死に手を伸ばしても届かない。


「ユイカ……結華あああああっ!!」


 雲散霧消。


 一番近くにいて、片時も俺の傍を離れることが無かった妹と、その妹を一番遠くで見つめていたら、守ることができなくなった俺。


 今更名前を叫んでみても、そこにはモノクロの世界が広がるだけだった――




 今になってもよく考える。この世に楽園というものは存在しないと。


 だが「天才」は存在する。俺は、今までに少なくとも「天才」と呼べる存在を二人は見てきたからだ。


 俺は自らに問う。


「必要とされない人間」は存在するのか?


 答えは、言わなくても分かっていた。


 目を覚まさない結華の面影を追い続け、ひたすら色のない都会を彷徨い歩く。誰かにすがることも赦されず、かといって自らが結華を救う方法も存在しない。


 ただ誰かの手で踊らされ、ただ笑いものにされ、ただ除け者にされる。そうして、俺を救ってくれる人間は存在しないと悟った。


 そんな、塵芥にある可能性を見捨て、自ら『黒』になって消えようと案じた俺が。


 今になって、まだ生きたいと思うのは何故だ?


 何故今になって、失われた色彩を取り戻そうとしている?散々後悔し、それでも塵芥にある「存在できる」可能性を何故見捨てることができないのか?


 そもそも、俺に生きる価値が果たして存在しているのか?


 こういうと語弊があるが、その答えは未だに分からない。


 考えていないわけでも、分からないわけでは無い。


 答え、否。幼い妹の笑顔すら守ることが出来なかった俺は生きるべき人間ではない。


 答え、応。俺は少なくとも二人に生きることを認められた人間である。


 矛盾。二つの答えに齟齬がある。


 問う、どちらが、整合性を見出すのに相応しい答えだ?


 其の答、未だ見つからず――

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