Q.E.F.3-2:最初の晩餐
※未成年飲酒シーンが含まれていますが、異世界であることを考慮し、「未成年者飲酒禁止法は無いだろう」と判断しました。
そのため未成年飲酒を行っている、若しくはそれを仄めかす文章があります。
未成年の飲酒、並びに飲酒強要は法律違反となります。酒類は20歳になってから。
前回のあらすじ
魔王「……と、未成年者がそれを言って大丈夫なのか?」
スバル「そもそもR-15のレーティング付けないで大丈夫なんですか?」
木蓮「大丈夫だ、問題ない。というかそういう風にさせてくれ流石にこれ以上はめんどい!」
スバル「しかしテロップは大活躍しますね~」
木蓮「させなくていいから!」
「まったく……いっそ全部冗談と言われたほうがまだましだ」
客間に戻った俺は、現在のこの馬鹿げている事態に思わずため息をついてしまった。
どこかのドッキリ番組で後ろにスタッフの皆様が「ドッキリ大成功」という看板を掲げながら現れる、なんていう展開は存在しないのか。
「ですが、すべて事実です」
自分のほっぺたを抓っても刺さるような痛さがあるが、余りに現実味を帯びていなさ過ぎても事実であることは分かっている。
それでも、俺が魔法使いになってしまったと考えると形容しがたい複雑な気持ちに襲われるのだ。というか、魔法を唱えるのにあんな厨二病みたいな詠唱が必要なのか……。
まあ、悪魔のような形をした羽が生えている俺が厨二病なんて言える立場じゃない。
そもそもそんなものが無かったところで、この薄灰色の髪と彫が深い顔つき、そして異国語を流暢に操る姿だけでも十分悪魔に見えるだろう。
まあそれはそれとして、魔法関連ではないが一個気になる事項があった。
「ところでスバル、さっき魔法を発動した時に部屋の壁面が凍結したよな?」
確かブラックホールが発生したと言っていたがそれと壁面が凍結したのとなにか関係でもあるのか?
「木蓮さん!それはですね、気圧が下がったからです」
「つまり……ブラックホールに気体が吸い込まれて気圧が下がったのか」
ピンクの悪魔並みに何でも吸い込んでしまうブラックホール、気体を吸い込んでいれば当然気圧も下がる。
「それにより、熱運動する粒子が減って結果として熱量が減少したのではないかと推測します」
熱量が減少すると必然的に室温も下がる、と言うことだ。なるほど、そういうことだったのか……。
「さて……その時の部屋の室温は-10.0℃まで下がっていました、つまり……」
って、その温度は真冬の北海道とか冷凍コンテナだよな。常人じゃ耐えきれないよな。それをけろっと耐えた俺らは……。
ああ、そういえば防護魔法展開してあることを忘れていた。魔法の力はつくづくすごい。
「それまでの室温は20.0℃だった。つまり、30.0℃だけ下がっています。そこでボイル・シャルルの法則を利用して」
そんな法則習ったよな、確か……一定量の気体の体積は絶対温度に比例し、圧力に反比例する、だったっけか。
「1013.25hPaで20.0℃の気体を-10.0℃まで冷却した場合、圧力は909.56hPaになります。逆に言えば、909.56hPaまで減圧すれば温度は-10.0℃まで下がるはずなのです」
近頃話題の爆弾低気圧並み、という無茶苦茶なことを引き起こす俺の魔法、一体どこまで厄介なんだ。
「どうせなら計算してみますか……先程のブラックホールの重力を」
「できるのかそんな事?!」
方程式も難しいので計算過程は省くが、その結果が1平方メートル当たり103369Nの重力だとスバルは算出した。
が、しかし……計算能力だけは壊滅的に弱いスバルの概算だから値が正しいかどうかは不明である。
それにしても103369Nという実にイメージしにくい数値、分かりやすくいいかえると10tトラックを1m動かす事が出来るだけのエネルギーとなるのだが、ここまで来るともう無茶苦茶としか言いようがない。
「まぁ、それはそれとして……木蓮さん、今日の夕食はどうなるんでしょうかね?」
「夕食?そういえばさっきお嬢様が言ってたな……」
たしか晩餐会だったか。サンドイッチのハムを食べてなんら異常のないことから、俺らの身体に害はない。
「きっと料理はすべて異世界の食材で作られた豪華な料理でしようね~」
なんて話をしていると、意外と早くドアのノック音が響いた。
「お待たせいたしました、晩餐会の準備が整いました。どうぞこちらへ……」
「さて、お待ちかねの晩餐会です!」
スバルほどでもないが今度は純粋に楽しむことが出来そうだ。そう安堵した俺の足は比較的軽やかであった。
「お嬢様、木蓮様とスバル様がいらっしゃいました」
「入れ!」
分厚い扉の向こう側、魔王が威厳のある声でそう言った。
「晩餐会はたまに出席しますが、王族クラスの晩餐会は初めてです!」
王族クラスか。モナコ女王主催の晩餐会はチャリティーで、会費が日本円で大凡30万。
そう考えると高いのか安いのかよくわからなくなるが、どちらにせよ礼儀はきっちりしておかないとまずいよな……。
大きく、少し重たい扉の向こうが執事たちの手で開けられる。そこには、たくさんの料理と大臣らしき人たちが到着を待ちわびていた。
「では、木蓮様はこちらに……」
「スバル様はこちらに……」
メイドに案内され、指定された席へと座る俺ら。アルフレッドをはじめとする大臣12名、そしておそらく軍人と思われる人が4名。
その他に忙しなく働くメイドが確認できるだけで20名、実際はそれ以上いるだろう。
「うむ、全員揃ったな?」
「それでは、晩餐会を始めよう……」
そして、中央にいる魔王が威勢よく杯を上げ、
「それでは、闇国のさらなる振興と異世界との友好的な関係を願って。乾杯!!」
俺らはワイングラスを高らかに掲げ、
「乾杯!!」
そうして俺たちにとっても、闇国にとっても初めてとなる、異世界人を交えた晩餐会が始まった。
夕食はやはり豪華だが、幸い見覚えのある料理もいくつかある。俺らはその内のいくつかを取り、その料理に舌鼓を打った。
そんな中。少々気になる事が……
「シリウス、どうした?少し顔色が悪いぞ?」
「なんでもない……」
アルフレッドがシリウスという男に対し怪訝な目を向けた。確かに、他の大臣と比べればあの男だけどこか挙動不審だ。
その証拠に、ステーキナイフを持つ右手が若干だが震えているのが見える。
「スバル、あのシリウスという重臣、なにかおかしくないか?」
「そうですね。少し気になりますね……分析してみましょうか……」
「頼む……」
今のところこれ以外の問題はない、と思いたかったが懸念事項はそれだけではなかった。そう、最大の懸念事項はスバル本人に関することである。
「……木蓮さん……」
「ん?どうしたスバル?」
「実は僕……アルコールに弱いんですよ……」
予想していたこととは全く別の方向でまずい事態に陥ってしまった。魔王が選んだワイン飲まないって遠まわしに言っているよな……。
というより、アルコールが弱いって、20歳にもなってないのに分かるものなのか?日本の法律では酒類は20歳以上だというのに。
「ん?どういう事なんだ?まさかお前に限ってお酒を飲んだなんてことはないよな?」
「いえ、そんなことは絶対にしません」
「なら、どうしてわかったんだ?」
今時期はアルコールパッチテストなるものもあるから強い弱いは分かると思うが……。多分酔いやすいとかでは……?
「実験の時にアルコールを使うじゃないですか、あの匂いだけで少し辛いもので……」
なるほど、そもそも酒類の耐性が極端に弱いのか。人によって耐性があるからしょうがないし、日本人は酒類は弱い傾向にあるからな。
「実は昔…中学時代に、クラスメイトに無理やりかがされたのが少しトラウマになっていまして……」
「そ、そうなのか?」
「今でも匂いを嗅ぐと思いだすんですよ。あの時の事を」
それはそうだろうな、普通そんなことされたら嫌な思い出が残るものだ。
「まったく、やはりきちんと報復しておくべきだったか……」
前言撤回、いくらなんでも報復ってな……
「ん~?どうした?一級品の赤ワインだぞ?飲まないのか?」
「申し訳ありませんが、わたしは酒類は飲めないもので……」
スバルが無理、とわかったら今度は俺に勧めてくるのは至極当然だろう。それに俺は実際……酒を飲んでいた。
「木蓮、おまえはどうだ?」
「昔、ビールを少し……な」
未成年の飲酒は法律違反であり、ビールは酒類ではある。そして重ねて言うが、日本の法律では酒類は20歳以上だ。
だがこの状況を助けたのは、皮肉にも薄灰色の髪と彫が深い顔つき、異国語を流暢に操る姿になった自らの置かれた環境である。
過ごしていた国はドイツなのだが、ドイツの法律では"保護者同伴であればビールを飲んでも良い"という法律があり、事実種類もビールに限っては16歳以上は認められる。
従って、気軽にというほどではないが、子供も飲んで良い飲み物であった。
「ビール……?」
何人かの大臣がほう、と感心している様子を見るとビールと言う品物は無い、というわけでもなさそうだ。王座につくものが平民の暮らしに疎いのは仕方がないとして。
ああ、久しぶりにジョッキを交わしながら談笑したいものだ。
「まぁよい、とりあえずおまえは飲めるのだな?」
「では……」
因みに酒類が飲めないスバルは何故かワインの品種とワインテイスティングに関しての知識を持っている。
昔、ワイン関係の事を教えてもらった経験がこんなところで役に立つとは。思ってもみなかったことだが……
確か最初は白いものを背景に色に濁りが無いかを見る。……美しい朱色を帯びた色か。
次に香りの確認だ。実験の癖でついつい手で仰ぐようにして匂いを確かめそうになったが、そんなことをしてはスバルに怒られてしまうだろう。
グラスを小さく円を描くように回して、深く息を吸い込むように。ふむ、成熟したプルーンのような黒い果実の香りがするな。
そして、舌で転がすようにして香りを楽しみながら味わう。なるほど、芳醇でまろやかな味わい……。
「メルロー、ですね?」
「その通りじゃ、よくぞ銘柄を言い当てたな」
良かった。所以、実はワインに口をつけたのは今日が初めてでな。正直間違ってたらどうしようかと。
ちなみに蛇足ではあるがビールに関しての飲酒制限は16歳以上だが、アルコール度数が高い酒類は18歳以上ではないと飲めない。
「それでどうかな?お味のほうは……」
「肉料理と相性のいいワインですね……。おいしい食事とおいしいワイン、最高です」
因みに料理に関する親和性の問題、紅茶と茶菓子の組み合わせ等で行っているから特に問題はない。
というかスバル、あの時の組み合わせ。ダージリンとガトーショコラは合わない気がするのだが……。
「そうかそうか、それは良かった……」
魔王が表情豊かに喜んでいる間、スバルはまたもや雑学を話題に語り始めた。
「ワインの品質といえばやはり"アッシェンフェルマーのワイン方程式"ですよね~」
「ワイン方程式……一体どのような方程式なのですか?」
大臣たちの中には怪訝な顔をしている人もいるが、ルーファは比較的良い反応を示してくれたようだ。と、ここでスバルはこんな場所でも用意してあるフリップを見せた。
ワインの品質(q)=12.145+0.00117×冬の降雨量+0.0614×生育期の平均気温-0.00386×収穫期の降水量
「と、こんな方程式でワインの品質が予想できるんです。異世界のワイン市場ではかなり有名な方程式なんですよ」
「それにしても、方程式でワインの品質を予想するなんて面白い考え方ですよね?こちらにはない考え方でした」
ルーファが上手くフォローを入れてくれたおかげで他の大臣の何人かも相槌を打ってくれた。
「ですが、実はこの方程式は間違っているのではないかという説もあるので……これがあっているのか、近々ワインの専門家と話してみたいと思っています」
そんな少し和んだ雰囲気をぶち壊すスバルクオリティ。そもそも、この世界のワイン専門家に方程式が合っているかと言ってもわからないだろうに。
「まったく……難しい問題だなこれは……」
そんなこんなで、最初はいろいろな話を交えながら異世界の食事を楽しんでいた。この晩餐会が歴史に残るであろう惨状の舞台へと変貌することも知らずに……。
突然重たいドアを蹴破る音が響く。
「エアーランス!」
名前からして圧縮された空気を打ち出す魔法なのだろう。テーブルの上の料理やグラスが吹き飛ばされ、入り口側にいた大臣が慌てふためきながら臨戦態勢を取る。
「貴様ら一体何をしているのだ!」
大臣の一人が荒げた声でそう叫んだ。それを境に、楽しかった晩餐会は一転して戦場へと化した。
「お嬢様!」
「きゃっ!?」
敵兵の魔法が飛び交う中、アルフレッドはすかさず防護魔法を展開しながら魔王の元へ駆け寄る。
その勢いでアルフレッドに押し倒される形になった魔王だが、それもさほど気にせず何やら呪文を唱えた。
「貴方たち、一体何を……」
ルーファも比較的落ち着いた様子で敵兵の攻撃魔法を無効化している。
「お嬢様をお守りしろ!」
一度魔王のから離れ臨戦態勢を整えるアルフレッドと、それに呼応するかのようにより一層攻撃の勢いを増す大臣一同。中にはそれ程動いていない人物もいるようだが……。
「一体何が起こってるんだ!?」
無論敵兵の矛先が俺らに向けられる可能性は十分にある。周りを警戒しながらの戦闘、慣れていないからかこの状況だけでもかなりつらいものがある。
「軍部によるクーデター、敵兵は20名前後。とりあえず、まずは要人の安全確保を…」
お、おう、スバル……お前意外と落ち着いてるな……。かくいう間にも兵士と大臣の戦いも乱戦模様となった頃、お嬢様を守るためかシリウスがお嬢様に近づいていった。
「お嬢様、お怪我は……?」
「大丈夫だ……」
魔王は比較的落ち着きを払い、この惨状を見ているようだった。だが、俺は妙な違和感に気づいた。
「SPと同じように、まずは直接警護の人員を……」
現状を真剣に分析しているスバルですら気が付いていないようだが、先程の様子のおかしさ、何かを企んでいる瞳。まさか、な……。
「……お嬢様、今までお世話になりました……」
聞こえる筈のない短剣をとりだす音が、静かでは無い筈の広間に響いた気がした。クーデターが起こるというまさかの事態に、一瞬我を忘れ立ち尽くしてしまった。
「……な、」
いち早く気づいたとはいえ、完全に不意を突かれた形だ。大部分の兵士を倒した大臣の殆どはその動作にまだ気づいていない。
「ッ、お嬢様!」
俺の次に異変を察知したアルフレッドが防護魔法を展開しようと試みるが、このままでは間に合う筈もない。
どうすることもできず、可憐な少女は短剣で胸を刺されその儚い命を摘み取られてしまうのだろうか?
否、そうはさせない。既に考えるより先に身体が動いていた。
ほんの数秒、あいつの動きを止めてくれればそれで良い。
そう思いながら何時ぞや教えてくれたハンドサインを駆使して、スバルに伝えようとしたそのとき、ナイフがものすごいスピードでシリウスに向かって飛んでいった。
「パキンッ!」
スバルは俺が言おうとしたことを先読みしてナイフ投げの要領でナイフを投げていたのだ。そしてシリウスはそのテーブルナイフを短剣で弾く。
本来ならばその先読みに驚くところだが、そんな余裕もない程には焦りを感じる。再び、呆然とする魔王の胸元に刃が向けられたからだ。
時間がひどくゆっくりと流れる。残り数mである筈の短い距離ですら、長く感じられる。頼む、どうか間に合ってくれ……!!
短剣を持つシリウスの腕が、魔王のほんの2、3cm前で止まった。
想いが、届いた。全力で走ったからか呼吸音と心音が酷く煩い。魔王の間に立ち、全力を尽くしてその初手を防いだ俺は、飛びのいて相手と距離をとった。
「物騒なもん振りかざしてんじゃねーよ!!」
守るべきものを護り、罰すべきものを処罰する。その処罰に、容赦手加減はしない。数多の嫌がらせを躱し、逆にそれ相応の報いを受けさせてきたスバルがそんなことを言っていたな。
まだお互いを知っていないあの頃は「如何にもお前らしい」と半ば抱腹絶倒していたわけだ。報復なだけに。
スバル、お前の言葉の意味が分からなくて申し訳ないな。お嬢様に死なれたら確かに俺らの地位は危うい。
それを護るためには敵を容赦なく攻めなければ、護ることなど不可能だ。思い返せば俺も護りたいものを傷つけようとした仲間には情け容赦は一度もしない主義じゃなかったか。
だが、今回は手難そうな相手だ。俺とほぼ同時にシリウスも距離を置くように後ろに退き、長い時間脂汗を流すシリウスと睨み合う構図が完成する。
「お嬢様、早くこちらに!」
「お嬢様、お怪我はありませんか!」
その僅か数秒の間にアルフレッドは防護魔法を展開し、スバルは魔王を安全な場所へ誘導した。
「大丈夫だ……それにしても」
驚愕で目を開けたまま睨み合いが続く二人の様子を見やった魔王の言葉は、憤りの他に何処か哀しさを感じた。
「……まさか、シリウスがクーデターを……」
そんなノスタルジーに構っている余裕もない。第一撃を防いだ状態から、どのようにして追撃するか、頭脳を総動員して相手の行動を予想して攻撃方法を決定する必要がある。
短剣を持っている相手はこれまで何度か経験しているが、大抵の敵は拳や足でもう一撃加え気絶させることができるほどの腕前は持っていると自負する。
最善手は直ぐに分かる。幼少期に強くなるために習った武道を生かし、ナイフを手から離させた上で気絶に持ち込めばいい。
たとえ今距離が離れていたとしても短剣のリーチなら、長い棒状のものさえあればある程度立ち向かえる。生憎、今使えるような棒状の武器はどこにもないが。
が、そんな武器が無いなら無いで作戦はある。敢えて相手の攻撃を誘い込み、それを封じた上で気絶させる。
お嬢様を倒せなかった、それも正体不明の輩に防がれた。シリウスは如何にもプライドが高そうな面だし、憤りも感じている筈だ。
しかしこれをやるにあたっては大きな懸念事項があった、魔法適性含め、相手が何者なのか良くわからないのだ。
それでもさっきアルフレッドが隠れて魔法を発動する様子を微かに感知できたことを踏まえると詠唱時には何か兆候がある。シリウスを注視したところそんな様子は見受けられない。
そんな数秒の睨み合い、先に動いたのはシリウスだった。
「ふっ!たかが普通の異世界人がこの武人にかなうわけがない!」
無駄のない動きで的確に心臓を狙って突いてくる。俺にとってその攻撃は格好のチャンス。
動きを最小限に抑えながらその攻撃を翻し、相手の腕を掴んで勢いを利用し、背負い投げの要領で投げてしまえばいいのだ、
だが、シリウスの力量はその言葉に違わず圧倒的だった。俺の考えを読んでそれを回避する手段として時計回りに体をひねり、そのまま俺の右脇腹をかっ裂く道を選んだからだ。
「ぐあっ!!」
鋭い痛みに襲われ、よろめき片膝を立ってしまう。その隙をついて心臓を狙ってくるかと思いきや一転、シリウスは群衆の中に消えていった。
すぐさま後を追おうとしたところをスバルが俺を制止する。
「邪魔だ!」
「木蓮さん!それ以上動かないでください!!動脈が切られていて最悪失血性ショック死の可能性があります!!」
なるほど、どおりで止まらない出血と激しい痛みが来ると思いきや……。
「……スバル!あいつの逃げる先を予測してくれ……」
血の止まらない身体を押し上げ、ぶれて、ぼやける目先でシリウスが逃げていった先の扉を見つめる。
そして、魔王を殺そうとしたシリウスの刑を、俺が執行してやろうという執念でこう呟いた。
「俺が……、あいつを仕留めてやる……」
「……あの異世界人め」
息を切らし、脂汗を額に滲ませながら小太りの男は廊下を足早に歩く。
「クーデターには失敗したが、闇国の内部情報を持って亡命すれば……」
その時、目の前に黒ずくめの男が静かに立ちはだかる。
「任務に失敗したのか」
「誠に申し訳ございません」
今度は背中に冷や汗をかきながら、先程までの威勢のいい態度とは別に、震えた声色で謝罪を行う。
「そうか」
黒ずくめの男は獰猛な笑みを浮かべこう宣告した、
「……残念だが、……お前は消えてもらおう」