Q.E.F.2-4:スイーツコレクション、略して甘これ
前回のあらすじ
木蓮「どうでもいいが手品っていうとどうも某純白の怪盗を思い浮かぶんだよな」
スバル「1412号?」
木蓮「とは?」
スバル「よく見るとKIDに見えなくないですか?」
木蓮「なるほど、俺がぼかした意味がないじゃないか」
「今日の茶会は屋外テラスか」
魔王城、中庭のテラス。
比較的過ごしやすい天候、晴天の空。俺らは茶を嗜むためにここにやってきた。
「天気も良いことですし、屋外テラスが最も良いかと思いまして……」
「うむよろしい。さて、今日の食事は……」
三段重ねのケーキスタンドの最上段はケーキ。
ガトーショコラやモンブランを始め、オペラ、ベイクドチーズケーキ、ショートケーキ、エッグタルト、フルーツケーキなど、種類が多く豪華な品ぞろえである。
「うむ、いつも通りベイクドチーズケーキがあるな」
どうやら魔王はベイクドチーズケーキが好きなようだ。
中段には焼き菓子としてフィナンシェやパーティービスケット、ワッフル。
下段にもハムや卵を挟んだサンドイッチがあり、随分と本格的に開かれるようだ。
「さすが、王宮……それもその長が開く茶会!!」
きっとスバルの目にはテーブルの上のカップやソーサー、料理などがきらきら見えていることだろう。
「堪りませんよね!!木蓮さん!!!」
「あ、あぁ……そうだな」
対して、俺は得体のしれない食材が使われていると考えるとどうなのだろう…と思ってしまう。
「うわぁ……どれもこれも美味しそうです!!」
う、うそだろ……?確かに美味しそうではあるけど得体のしれないものを平気で食べる気かよ!
「食べれる……よな」
俺は小声で不安そうに呟いた。
「ご心配なさらず。毒が入っていないことは確認済みです」
そしてルーファはただ淡々とその根拠を説明した。
だが、中世ヨーロッパでは暗殺を防ぐために毒見を用意したり、皿やティーポッドが銀製だったりするのだが……。
この茶会で使われているものは一見すれば陶器だ、一体どうやって毒性の有無を確認するのか...?
「毒見役も大変だな……」
「毒見の必要もありません、毒に関してはソクラテスの血がありますから判別は容易です」
待て待て、一体何の血だよ……。
「……説明が必要でしたか。血では無く、如何なる毒物も検出することができる万能試薬です。有害有毒の場合には色が黒色に変わり、無害無毒ならば無色透明になります」
ほう、ファンタジー世界は毒見役も不要、か。そうじゃなくて、俺らの口に合うかという問題がな……。
「まあ、木蓮さん」
スバルは、含み笑いを浮かべながら俺に話しかけてきた。
「心配することはありません、食べれるということはわかっていますから」
まったく、おまえはいつの間にそれを確かめたんだよ……。
そうして考えると、最初に応接室に入った時にスバルがメイドに何かを言っていたことを思い出した。
「もしかしてあの時のメイドさんはそのために呼びとめたのか?」
その後に、メイドは何かをもってきていたようだったが、その時は分からなかった。あの時食べ物を頼んで毒見をした、というわけか。
そのお陰で異世界から来た俺たちがこの世界の食べ物を食べることはできると分かったわけか。とりあえずひとまず安心だ。
「お察しの通りです。さすが木蓮さんですね」
そんな話をしている内にもう一人重役が来た。アルフレッドだ。
「今日は我々だけなのですか?」
「うむ、他の重臣は職務で忙しいであろうし、この話はあまり公にはしたくないからな……」
ふむ、現在ここにいるメンバーは、魔王、アルフレッド、ルーファ、そして俺とスバル。全員がそろったことを確認すると魔王は朗らかに声を上げた。
「では始めようか……楽しい茶会の始まりじゃ!」
「なぁスバル……手軽にやる茶会は何度もあるけど、こんな本格的にやるのは初めてだぞ……」
ただでさえも堅苦しい場所は苦手だというのに、魔王主催の茶会だ。それもスバルが暴走しきった今、些細な失敗も許されない状況となるとかなりきつい。
「基本的には僕がやっている茶会とそれ程マナーやルールは変わりません。では早速……」
そういうと、スバルは用意しておいたフリップを取り出した。
Q:次の選択肢の内茶会でやってはならないものを全て答えよ
a:ティーカップのみを持ち上げる
b:ホスト(主催者)以外がティーポットを扱うこと
c:お茶菓子はケーキ又は焼き菓子から食べる
「いやいや、わざわざフリップ持って来なくても良かろうに……」
で、答えはというと……。
「えーっと……これ全部当てはまるよな」
まずはa。ティーカップを持ち上げるときは必ずソーサーも持たないといけない。
次にb。ホスト以外はティーポッドを扱ってはならない。
最後にc。一応、ケーキをはじめから食べても大丈夫だが、その際には焼き菓子やサンドイッチには手をつけてはならない。
「はい、全て当てはまります。他にもカップとソーサーを離してはならない理由はソーサーとカップの絵柄に所以があって」
「座る席にも決まりがあったり、銀製食器が多く用いられるですが……」
「あぁ!ちなみに毒見と見栄えの関係で銀製食器がよく使われるんですよ?!」
聞きたい話はそこじゃなくてだな……。
「まぁ、マナーやルールは一応心得ているので僕のまねをしていればまずマナー違反にはならないとは思います。異世界でのルールがどうなっているのかは分かりませんが……」
さっきの交渉では礼儀もわきまえず、暴走したのはどこのどいつだよまったく……。
「では、頂きます……こ、これは……」
そんなスバルが珍しく固まった。
「どうした?」
やはり、異世界の飲み物が口に合わなかったとかか?
「ダージリンの最高グレード!!」
と思いきやただ単に称賛していただけのようだ。
「初めて飲みました!さすがは最高グレードの品質、グレードの一つ低いダージリンとは比べ物になりません……うん、この色合い、この香り、この舌触り……!もう堪りません!!!」
「……う、うむ。そう言ってくれるのは嬉しい」
魔王は完全に顔を引き攣らせ、アルフレッドとルーファはどちらも呆れてスバルを見つめている。
「……何と申しましょうか……」
「……スバル様はいつもあんな感じなのですか?」
まあ、無理もない。
「いつもこんな感じです」
スバルは、俺が初めて会った日からそういう人間だから。
「自分の好きなものについては追求し、嫌いなものは拒絶する。まるで幼い子供のようですね」
優雅に紅茶を啜りながらルーファはふぅ、とため息をついた。
「……それも、接頭語にとことん、が付く程な」
「そんな人が私の知らない知識を使って異世界に移動できるような装置を作る……にわかにも信じがたい話です」
一言で言ってしまえば変人で終わってしまうスバルは、だが一方でそれを「稀代の天才」と呼ぶ人間も少なからずいることを俺は知っている。
「まぁ、分からなくもないですが。ただ、スバルの周りに居られる人にとっては有用な人材だと思っています」
「私もそんな風になれれば……」
隣にいるスバルの表情を見つめながら再び溜息をつく文官の様子は、俺にはよくわからなかった。
「ほう……遂にルーファもその気を起こすようになったか」
くすり、と我が子を見るまなざしで見る魔王。
「そ、そんなことは決してありません!あんな滅茶苦茶な異世界人など……」
それに顔を赤くしながらお得意の抗議を展開するルーファ。
「「やれやれですね……」」
その様子を遠目で見つめながら、ゆっくりと紅茶を嗜むアルフレッド。今ここに苦労人同盟が完成しかけた気がしてならないのは、きっと俺だけなのだろう。
「このガトーショコラもまたとてもおいしいですね!先程いただいたスコーンもまた……」
そんな一連の流れを聞いているのか聞いていないのか、スバルは相変わらずきらきらしながらケーキを食している。
やれやれ、誰かスバルの暴走を止めれる人はいないものか……。
一方その頃、野外テラスの近くの庭園に不気味な二人組が立っていた。
「ふっ、オールドヒュームと協力するとは……」
「イヴェルナは本気で種族平和主義を広げるつもりか……。だが所詮、魔法すら使えない人種が1人や2人増えただけだ」
一人は嘲笑い、
「そんな人種と組んだところで何になるのか、どちらにしても我らの圧倒的な力は揺るがない」
一人は冷酷に状況を見ている。
「今晩で勝負が決まる、その勝負は絶対に勝つ」
そして、二人はこう言った――
「「俺たちは、必ず仕事はやり遂げる」」
「ん?何者だ!?」
「ふっ……つまらない仕事なものだ」
そう言い残し二人組は衛兵の前から姿を消した。
「今の者たちは一体……ともかく隊長に報告しなくては」
見えない場所で、静かに敵が動き始めている。夕日が当たる愉しい茶会の最中、俺は微かに不安を感じていた。