Q.E.F.2-2:手品を科学的に遂行してみせます。
前回のあらすじ
木蓮「りんごを上に投げるキャラって誰かいたよな」
スバル「ニュートンでしょうか?それとも……」
木蓮「それとも?」
スバル「サイン!」
木蓮「コサイン!」
スバル「タンジェント!の方でしょうか?」
木蓮「ハッ、乗せられた!」
薄暗い地下の実験室から階段を上り、渡り廊下を歩くこと大凡3分。
中世ヨーロッパの王城を彷彿させるような建物の造り。行き交う人々に多く見られる大小さまざまな黒の羽。
俺らが住んでいた世界ではありえないようなファンタジーが眼中に広がっているのに、慣れるなんてことは当分先の話になりそうである。
まあこのように何が何だか分からない状況だが、仮とはいえ屋根がある場所を手に入れることができたのは非常に幸運なことである、と思いたい。
「お待たせいたしました、こちらが木蓮様のお部屋になります」
「ありがとう」
魔王と共に先導してくれたメイドと思わしき女性の案内に、俺は不器用ながら会釈。後ろでは何やらスバルがすこし悪そうな顔で笑みを浮かべている。
「スバル様は向かいのこちらのお部屋になります」
「ありがとうございます」
スバルは既にこの状況に慣れているのか、一流のセレブ宜しく会釈をした。
「お茶会の準備が終わり次第お呼びいたします。お二人ともどうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」
「スバル、望み通りお前の部屋に文官を呼んでいる。暫し部屋でくつろいで待っているがよい」
「では、そのように致します」
「ではな、私は一旦執務に戻る」
ひとまず、魔王一行はここで離脱するようだが、メイドの一人が戻ろうとしたところをスバルが引き止めたようだ。
「あの、すみません……」
「どうしたんだ?」
「ちょっとした、確認作業です……」
一体何を確認するというのだろうか?スバルのことだから意味のない作業は行わないだろうが、俺に聞こえないように話しかけているということが少し気になる。
まあいい、そんなことより今やるべきことは現状の整理だろう。
「とりあえず、魔法の暴走について俺たち異世界人から見た仮説を立てよう」
「そうですね、文官の方がいらしてからなら両者の仮説をもとにより確実な仮説が立てられるかもしれませんからね」
どうやらスバルも同じことを考えていたようだ。
そう話していながらスバルの部屋に入ったが、その部屋はとにかく圧巻の一言であった。
「うわっ……」
床には豪華なワインレッドの絨毯、この異世界に機械技術や科学技術が発達していないところを見ると職人の手縫いに違いない。上にはこれまた珍しい石をふんだんに使ったシャンデリア。
「広い部屋だな……」
それに見合うほど巨大なテーブルと、対になっているソファ。落ち着いた赤と茶の空間にアクセントを与える金細工の縁取り。
「そうですね……この部屋だけで概算でも24畳……下手したら教室よりは大きいんじゃないですか?」
試しにソファに浅く腰掛けてみたが、今まで座ったどの高級ソファよりも柔らかい。
「家具も一級品だな……さすが王城」
その応接室の窓側に、現代であればアンティーク家具として扱われる古時計がこの部屋の窓際付近におかれている。
確か時計が一般庶民に広がったのは十九世紀。それがこの応接室にしかないということは、それ程技術が発達していないとわかる。
「木蓮さん?王城の応接室にもランクがあるんですよ?」
「そうなのか、それってどうわかるんだ?家具とか部屋の位置、ないし材質から特定したのか?」
スバル曰く、家具自体の品質や部屋の大きさ、色調や家具の配置、その他諸々の情報を元に推測したらしい。
そういえば前、歴史学を学ぼうとした時にスバルがそんなことを言っていたような。
「あとはお嬢様の発言から大体の予測の裏付けをとっただけです」
「なるほど、俺たちは……一応、異世界の代表者だったな」
確かに魔王は俺たちに向かって「異世界から来たという証拠を念のため示せ。さすれば国賓として待遇しよう」と言っていたはずだ。
「まぁ、本来は科学研究同好会で実験をやっていた普通の高校生なのですがね」
確かにそうだが。スバル、少なくともお前は普通の定義から外れている気がするのだが気のせいか?
「さて……仮説を立てるとしましょうか?」
「そうだな……」
そう言って考えている間にもスバルは部屋の各所を探しながら歩き回っている。やがて探すのをやめたかと思いきや、
「木蓮さん?ホワイトボード知りませんか?」
しれっと常軌を逸する質問に俺は軽く呆れ果ててしまった。
「いや……ここ部室じゃなくて異世界の王城だぞ……?」
「そうでした……仕方ないですね、研究用のレポート用紙を使いましょう……」
ほんの少し落胆するスバル。無理もない、いつもホワイトボードに書いては消しを繰り返しているスバルにとってそこに書き込むことが常識に近い行動だ。
「それにしてもあの事故でこれだけの物が転送されてきていたとは……」
恐らく実験室の物が巻き込まれたものと思われる、その中にある見慣れた二つの鞄を確認する。
「俺の鞄とスバルの鞄、工具箱一つと薬品少々……」
手元にこれだけ残ったのも奇跡的、と言えるだろう。
工具箱の中身は基本的な電子機器や機械を分解できる程度の工具、そして薬品を入れた鞄の中には中学や高校で一般的に使われるものがいくつか、といったところか。
俺の鞄の中身は割とシンプル。やや大きめのリュックサックに筆箱と何冊かの新書。一冊でそれなりの重量がある辞典が三つ。
それと、コンビニで買ったサンドウィッチとペットボトルの紅茶、後は安全メガネのケースと作業服。
タスク用のスマートフォンとタブレット、非常用として電池式とソーラー型の充電器、手回し発電機も兼ねた非常用電灯などなど。
無論、普通土日に部活に行く人間のシンプルな鞄の中身、とは言い難い。
だが、俺の鞄の中身は割とシンプルだ。何故ならスバルの鞄の中身は……。これを挙げるととてもきりがない、と言えるほどリュックサックの中に沢山物が入っている。
「あと、この林檎とチョコレートもですね……」
「林檎はわかるが……」
スバル、そのチョコレートは一体どうしたんだ?
「これですか?マイクロ波の実験のために白衣の右ポケットに入れてたんですよ……」
「なぜ白衣にチョコレート……溶けて白衣が大変なことになるだろ……」
「米国のとある技術者のまねをしてみたのですよ、レーザー兵器の開発中にマイクロ波の加熱効果を発見したという……」
聞いたことがあるようなないような。その後ろでは、「生憎マイクロ波の実験は当分お預けみたいですが」と絶望に近い表情をしているスバルがいるがそれは放っておこう。
さて、部屋の散策の続きだ。
入口のドアを開け向かって左。ここはキッチンスペース。向かって右は簡易的ではあるがユニットバスまで備えている。
「シャワーなんてあるのか」
蛇口を模した赤と青の石に触れてみるとシャワーから勢いよく水があふれ出す。
「おぅっ!?」
水が服にかかったわけではないが、まさか触れただけで出るとは想像していなかった。
幾らか触れる面積を変えると温水冷水自由自在に調節できる、と言ったところか。
「流石、魔法がある異世界だ……」
と、そんな感じで探索していると唐突にドアをノックする音が聞こえた。
「ん?」
ふと会話が気になり、壁からひょこっと顔だけ覗かせてみる。
「すみません……わざわざお願いしてしまい……」
「ありがとうございます」
小声で話しているからか周りの雑音と混じり、聞き取れない。が何か物を受渡ししているのは見える。
「ありがとうございます……」
スバルが軽く礼をするが、相手、恐らくメイドであろう人は何か腑に落ちない様子だったが
「失礼いたします」
と言って、応接室のドアを音をたてないように出て行った。恐らくは通常業務に戻るのだろう。
「あ、木蓮さん」
先程の会話内容も何ともないと言わんばかりに俺に話しかけるスバル。
「どうした?」
それにしてもさっきの会話は一体なんだったんだ……?
「さて……木連さんはどうお考えですか?恐らく魔法関連ならば僕よりも木蓮さんの方が詳しいと思うのですが……」
おいおい冗談だろ……。
俺も魔法関連はそれ程知っているわけでは無い。分かっているのは魔王曰く異世界召喚魔法、文字通りに異世界から何らかの物体、生物を召喚するという魔法というくらいだ。
「……異世界召喚魔法、性質は俺たちが実験していた異次元ワープ装置に近い……」
「つまり、木蓮さんは実験装置と異世界召喚魔法が干渉し、本来の転送可能な量よりも多い量の物体が転送されたのではないかとお考えなのですね?」
その通りだ。
……だがしかし、一体どういう原理で干渉したのか、それが全く分からない。
「僕も同じ見解ですが……」
はて、と首を傾げ、唸りながら言葉を紡ぐ。
「どうしても干渉が発生した原因がわかりません。僕たちの開発した実験装置は情報の書き換えによって転送を行うものですが……」
「召喚魔法のほうは文官に聞いてみるしかない」
それこそ、餅は餅屋だ。知識としてこういう系統に強い文官に聞いてみる以外に良案は思いつかない。
「そうですね……元いた世界の理論に照らし合わせてみても、そのどれもこれもが仮説の段階で止まってしまいます」
結論をまとめると、実験装置と魔法の干渉による設計スペック以上の機能が発揮された、そして干渉の原因と原理は依然不明。
詳細に関しては文官や魔王に説明を受けなければ解明できない、と……。
「ということで、あとはのんびり文官を待つとしましょう……」
文字通りソファに座ってだらけるスバル。
って、ちょっと待て。
「その前に、だ。異世界から来たという証拠をどうやって示す気だ?」
その言葉にスバルは長考するふりを装い、やがて最初からそうする予定だったかのごとく俺に提案をしてきた。
「手品でもいかがですか?木蓮さん」
「手品だって?」
「いえ……ちょっとした手品を一つお見せしようと思いまして……」
おいおい……スバルがやる手品って……大丈夫だよな……?
そんな疑問を余所に、スバルはえらく呑気に薬品と薬品を掛け合わせ、それを白い紙に浸している。やがてそれが乾いたことを確認してから俺の目をみて話しかけてきた。
「さて、お待たせしました。ここにあります白い紙、何の変哲もありませんよね?」
「そうだな……いたって普通の紙だな……」
スバルが何らかの小細工をしていることを除いては、だが。
「ではこの紙をマッチ等を使わずに一瞬にして燃やして見せましょう。行きますよ~。3!……2!……1……!」
スバルがパチン、と指を鳴らしたのとほぼ同時。
ボフッ!という感じの効果音と共に一瞬で燃え上がり、跡形もなく紙が消え去った。
「おぉ~すごいな……で、一体どんな仕掛けをしてたんだ?」
「フラッシュペーパーってご存知ですか?」
いや、いくら俺でも原理までは知らない。軽く首を横に振るとスバルは俺に向かってやけに丁寧に説明を始めた。
「フラッシュペーパーはマジシャンなどがよく使う小道具の一つで、先程お見せした通り派手な炎が出るカードです」
「今回は爆発しやすい火薬を少量、先程この場で合成して紙にしみこませました」
「それにしてもそれって熱くないのか?」
原理は分かったが、スバルの手が火傷していない理由が気になる。
「フラッシュカードは一瞬にして燃え尽きてしまうので意外と熱くないんですよ?」
なるほどそういうことか、しかし一体どれだけの実験知識を持ってるんだお前は。
「木蓮さん?何かおっしゃいましたか?」
「いや、何でもない……面白い実験だった」
そんなつぶやきを気にせず、スバルは試薬類を鞄の中にしまうと、さっきまでの愉しげな表情から一転して酷く冷静になった。
「さて、お遊びはこの辺にして……」
「どうした、急に……」
そこで俺は遠くから二つの足音がするのに気付いた。少し遅れてスバルもそれに反応する。
「来たか」
「どうやらいらしたようですね……」
コツコツ、とドアのノック音。
「私だ、入るぞ……」
その後に入ってきたのは魔王と、もう一人。
「失礼いたします……」
落ち着きを払った声。金縁の眼鏡をかけ、凛とした顔立ちで如何にも優等生のようなオーラを放っている。
「お嬢様、こちらの方は宮廷文官の方で間違いないでしょうか?」
スバルは座席に浅く座り、一息ついてからルーファを見やった。
「いかにも、このものはこの闇国王宮直属の宮廷文官、ルーファ・プロキオンだ」
魔王とは別の意味で威厳があるその姿に思わずたじろぐ。
「こちらは異世界からの客人、木蓮とスバルだ」
「どうも……」
「よろしくお願い致します」
スバルが軽く一礼するとまるで悪戯っ子のように魔王とルーファに向けて何かを始めるようだ。
「では早速、異世界から来たことを証明するためにお嬢様に面白いものをお見せしましょう。魔法を一切用いずにいきなり右手から炎を出して御覧に入れましょう」
なるほど……どうやらスバルはさっき俺に見せた手品を実演するらしい。
「では参ります。3……2……1……」
俺がやったように、スバルがパチン、と指を鳴らしたのとほぼ同時。
ボフッ!という感じの効果音と共に一瞬で燃え上がり、跡形もなく紙が消え去る。その様子に魔王とルーファは感嘆の声を挙げ、そのリアクションがおさまった頃合いを見て説明を始めた。
「これはとある薬品を数種類掛け合わせて作ったものを紙にしみこませておいたものです」
「勿論、この過程では一切魔法は用いておりませんよろしければ魔法が使用されたかどうか確かめていただけませんか?」
「よかろう……」
魔王が発した言葉と同時に、それまで青味がかっていた灰色の目が鮮やかな黄色に変色し、スバルとスバルの手をみる。
その時、誰も気づいていないスバルの表情に変化が見られた。魔王が手を見ている隙にほんの少し微笑んだ気が。
気のせいか、それともスバルが何かトリックを仕掛ける時のサインか?
「本当に魔法は使われていないようだな……」
もちろんですと言わんばかりの真剣な顔を浮かべながら尚も説明を続ける。
「所謂、フラッシュペーパーと呼ばれる代物ですが……木蓮さん、ご存じですよね?」
ああなるほど、さっき手品を俺に見せたのはこのためだったのか。
「あぁ、知っている」
相手に知識を見せつけるいい手段だと考え、フラッシュペーパーなんて知らなかった俺に原理を教え、いかにも俺たちが異世界の知識を知っているかのように見せかけた……。
待て待て、だったらわざわざ俺が知らなかったフラッシュペーパーにする意味はない。
「そしてこれはある程度の知識をもつ者であれば我々のいた世界では皆が知っていることなのです」
回りくどいことをしなくても異世界人であることを証明するためだけだったらここにあるスマートフォンや携帯ゲーム機でも問題は無い筈だろう。何故スバルは知識に執着する……?
いや、スバルならやりかねない。それさえも計算づくで動いているとしたら。
スバル、お前は。
「こほん、さて……余興はこの辺にして本題に参りましょう」
お前は……、一体どこまで考えているんだ……!?