Q.E.F.2-1:どうやら俺らは異世界に来たようだ。
……見知らぬ空間だ。
いや、見知らぬ一室と言った方が正しいのか。
ドアが木製であることを除いては造りとしてかなり頑丈である事が窺える。城の地下によくある地下牢を思い出させるような造りだ。
俺が目覚めると同時に蝋燭に緋い灯が灯るが、それでも十分に暗いのは確かだ。
「……炎色反応、果たして真紅は何を使っているんだったかな」
炎色反応によってもたらす色は実に様々であるが、確か真紅はストロンチウムが使われていたはずだ。
無論純粋なストロンチウム金属さえ用意できれば、金属の糸を巻き付け、発火させることによって炎色反応を示すことが理論上できるわけだが。
さて、そんなことはどうでもいい。
ここは一体どこだ?
確か俺らは装置の実験を行っている最中で、その途中に謎の光に包まれ……。
待て、他の連中はどうした!?
慌てて周囲を確認すると、幸いにもというべきか、倒れているスバルを発見した。
「スバル!」
息はしている、脈も通常通り。
恐らくは気絶しているだけだ、と推測するが、何が起こるか分からない状況だ。流石に俺一人でこの惨状は勘弁していただきたい。
「おいスバル!起きろ!!」
俺の声と思いに気づいたのか気づいていないのか、緊急事態だというのにひどくのんびりと起き上がるスバル。
「木連さん?木連さんなのですか?」
何故か眼鏡をかけるような真似事をしながら疑いの目線で俺を見つめてきた。
「何を言っているんだ……当たり前だろ?」
「あなたの名前、所属する学校、学年、部活と他の部員の名前を答えてください!」
……ったく、スバルの奴一体なんなんだ……。ここに着くときに頭でも打ったのか?
「俺は二階堂木連、所属学校は桜が丘高校2年」
「部活は科学研究同好会、他の部員はスバルと千夏、勇右、秋葉と海音、顧問は……忠野小紋、だな」
やれやれ、とりあえずこれで……
「こほん……とりあえず、木連さんらしき人物と合流できたという事でよしとしますか……」
これでも俺が偽物だというのか!
「俺は正真正銘二階堂木連だっ!!」
「……後ろを振り向いてください」
後ろか?振り向いてみても誰もいない筈だが。
ってあれ、なんだこの飾り物のような羽は。しかも動いているぞ。
「なんだこれ……」
実験ではとても危険な行為だとは思うがこの際触ってみる。
飾り物にしては妙に生温かい上に一定時間毎に脈を打っているし、おまけに触られている感覚が……ある?
触感があるっていうことは神経細胞が少なからず存在して、尚且つそれが脳に情報として行き渡っているということだよな?
そうするとこの羽は飾り物というわけでは無く……まさか本当に生えている……!?
「って、なんだよこれ!!!」
「羽です」
何処をどう見てもそうだろう!しかもこれって蝙蝠……いや、悪魔のような特徴的な羽だ。
……意図的に動かせるのか。ためしに目を瞑り、自分の羽が動いている姿を想像してみる。
「……動いてるか?」
「……動いてますよ?」
いやいや、こんな御伽噺のような展開があってたまるか。
「そんなことより、スバル!ここはどこなんだ!?」
危ない、思わず目先のことに囚われて何事も進まなくなってしまうところだ。
取り敢えず命の危険がある可能性を考えれば現状を確認して対応していかなければならない。
「わかりません。少なくとも元の場所でない事は明らかですね……」
そんなことは既にわかっている。
「そうじゃない、ここが正確にどこなのかをだな……」
……まったく。ここまで来ると妙に冷静になるのはどうしてなのか。
「とりあえず、今わかっている事を整理して推測してみましょう」
スバルがいつも研究に使っている使い込まれたツバメフルース紙のノートとペンを拾い上げると、次のように書き記し俺に渡してきた。その間わずか1分、どれだけ速筆なのやら。
まとめると大体こんな感じになる。
異次元ワープ装置の試作品を製作しその動作実験を行った。
動作実験の最中、スパークやノイズなど動作不良を確認。
本装置も作動しておらず、その原因は不明。
分解メンテナンスを実行するも、結果異常なし。
再度組み立てて実験しようとしたところで秋葉が転倒、ユウが巻き込まれて装置に激突。
「そして紫色の閃光が発生し、今に至る……か」
駄目だ、これだけだと全くもって推測できない。
……そういえば、実験を行っている最中に不可解な事象があったのだが。
「あの時装置の下に模様が浮かんでいたな……」
「……木連さん?それはどんなものでしたか?」
「ノート貸してみろ……」
記憶に残っている限りのざっくりとした模様を描く。それでも5分ほどはかかっただろうか……
「こんなのだったかな、RPGなんかでよく見る魔方陣みたいだったが……」
「木連さん……ひょっとすると……」
「どうしたスバル?」
その表情には明らかにためらいが見える。少しの後、意を決したのか真剣な声と眼差しで俺に向かって告げた。
「あくまでまだ仮説の段階ですが……僕たちは魔法等が存在する未知の世界に転送された可能性が考えられます」
「魔法……だと?」
原因不明の動作不良、スパーク、電子機器のノイズ、紫色の閃光、そして今描いた魔方陣らしき模様。
確かに今まで起こった現象全てを説明することはできるが、まさかそんなことがあり得る筈がない。
「今までの事象を論理的に検証した結果、魔法などの未確認現象が動作不良の原因であると断言せざるを得ません」
「ま、まさか……」
いや、そんなことは絶対にありえない。その予想を見事に裏切るかの如く、スバルはしっかりとした口調で俺に告げた。
「信じられませんが、僕たちは魔法のある異世界に転送されたものと考えられます」
その台詞の後、スバルは何の表情も変えず転がっていた林檎を齧っている。
異世界に転送された、しかも魔法があるRPGのような異世界にだ。
……くっそ、こんな御伽噺のような展開があってたまるか!!
「……誰か来たようです」
スバルが呟くと同時に、複数人の短い足音が聞こえてくる。
やがてドアが開かれ、次々と人が入室してくる。皆背中に羽と思わしき物をつけているようだ。
「やれやれ……冗談もいい加減にしてくれ。この私が魔法で失敗するなんてそんなことはないはずだ」
中央にいるのはそんな群衆の中で、小さいながら一際存在感を放つ、お嬢様のような人物。
背にはその身長からとても似合わない様な濃灰の大きな羽を広げ、気難しそうな表情をしながらぼやいている。
「お嬢様、危険ですからわたくしが先に……」
その付近では何人かお嬢様風貌についていると思わしき人が三人いるようだ。その内の一人、背高で如何にも苦労人の顔をした青年がお嬢様の前に立とうとする。
「下がれ、大丈夫だ」
それを片手で制す姿は宛らどこかの国の女王にも見受けられるほどだ。
「これはこれは……非常に身分の高いお方とお見受け致しました、わたくしスバルと申します」
「恐らくこの世界から見て異世界に当たる世界からここに呼ばれたものと推測している事も先に述べておきます」
おいおいスバル、いきなり異世界人であることをバラして問題ないのか?
「どうぞ、お見知りおきを……」
いや、スバルはスバルで何か考えているのだろう。
下手に介入したら間違いなく大変なことになる、ここは一旦様子を見ようか。
「うむ、異世界と言ったな?つまりお前はこの世界の元々の住人ではないと?」
「その通りです」
「そうか……ならば私の事を知らなくて当然か」
「私はステリアーナX IX世だ。この闇の国を治めている」
「これは……皇帝陛下であらせられましたか。先程のご無礼どうかお許しください」
ともあれこういうお堅い場所はわりかし苦手だ、それだけにスバルが対応してくれると事がスムーズに進んでくれる。
「皇帝陛下など堅苦しい言葉は要らん。お嬢様と呼べ、家臣も皆私の事をそう呼んでいる」
どうやらお嬢様と自らを自負する彼女も俺と同様この空気は苦手なようだ。
「ではそのように、お嬢様」
ところで、こんな密室になぜ人が、それも急いでくる必要があるのか?
「不躾な質問で申し訳ございませんが、一体何があったのでしょうか?」
俺の言葉に引き続きスバルも疑問に思ったことを口にする。
「宜しければご説明いただきたく思います。わたくしも全てを把握しているわけではございませんので……」
「ほほう……お前らはわたしに説明を乞うておるのか。ならば国を治める者としてそれに答えねばならぬな……」
お嬢様は感心しているのか、荒い口調でありながらも即座に答えた。
「原因は不明だが……簡潔にいえば召喚魔法の暴走だ」
ということは元々この召喚魔法で誰かを召喚しようとしていたことになるのか。つまりスバルの言う通り、俺たちは魔法がある異世界に召喚されたという事態になる。
全くもって冗談じゃない、これが文字通り冗談か、或いは全部ドッキリだったらどれだけ安心するか。
「時に、お前の名は?」
彼女は、こんな状況下において羽が気になって話を聞いていなかった俺を指して名前を聞いてきた。
「申し訳ございません、わたくし木蓮と申します。以後お見知りおきを……」
反応に一秒ほど遅れたが何とか返すことはできたあたり、まあ良しとしたい。
「ほほう……スバルと木蓮、か。とりあえずよくこの世界に来た。だが、異世界から来たという証拠を念のため示せ。さすれば国賓として待遇しよう…」
おいおい、異世界から来たとどうやって証明するんだよ……。
側近たちも皆一様に驚いているが、スバルはまるで外交官のようにお嬢様との会話を続けている。
「わかりました。ですが、まず先に出来れば何方かにこの世界に関する情報を差し障りのない範囲で教えていただきたいのですが……」
「よかろう、とりあえずここではなんだ。客人用の部屋に場所を変えるとしよう」
お嬢様も直ぐにそれを承諾し、序で側近たちに向かって命令を下す。
「この者たちのために部屋と使いの者を用意しろ。あと、あの青年……スバルと言ったか?あの者のために文官を呼んでやれ」
その台詞に家臣と思わしき複数人がかしこまりました、と言うと即座に実験室を出た。
取り敢えず、俺らは当分ここにいるしかない、か……。
「しかしよろしいのですか、お嬢様?」
こつり、こつりと廊下を歩く複数の足音が反響する。
「良い、アルフレッド。この者たちは元々そういう予定なのだ」
側近の一人、アルフレッドと呼ばれた男は不安げにお嬢様を見つめた
対する彼女は考え事に気を取られているのかやや生返事である。
そこへもう一人、彼女の決断に反対する別の側近が口を挟む。
「しかしあの者たちを国賓待遇するなど、馬鹿げた話は……」
一つ、足音が消える。
「……私の決定に逆らうというのか」
冷たく押し殺した声が異様に響く。冷たい目線を側近の一人に向け、ゆっくりと刀に手を掛けた。
「も、申し訳ございませんお嬢様」
数秒ほどの沈黙、やがて刀の鞘がぶつかる音が聞こえると、お嬢様が溜息をもらし先程の側近に向けて
「……まあ良い。お前はもう下がれ」
とぶっきらぼうに言った。
「はっ……」
たっ、たっ。怯えつつ少し足早に何処かへ去る側近。
それを見送った後、再び複数の足音が反響する。
その最中で、頭を抱え何が何だかといったような表情でお嬢様は独り言ちた。
「それにしてもさっぱりわからない……。この魔法式ではせいぜい1人を召喚するのがやっとの出力であったはずだ、なのに一体何故……?」