一つの喪失と、無数の思い出。
「貴方にも、忘れられない思い出はありますか」
あまじょっぱい物語を書きました、柑橘です。今回はさちうす味です。
それではどうぞ、ごゆるりと。
あれは何年前のことだっただろう。
ほんの一年前だったような気もするし、十年以上も昔のことだったかもしれない。
ただはっきりと言えるのは、あれが肌寒い冬の日だったってこと。
僕は、大切なものを失った。
……目を瞑ればいつだって思い出せる。たとえその事実が何年前だろうと、昨日、ううん、ほんの一時間前のことのようにはっきりと思い出せるんだ。
「 」ちゃんと過ごした日々。日本中のどこの子どもたちとも変わらない、ありきたりで、当たり前な日々。だけど僕には宝物だった。お金なんかより、ひょっとしたら、自分の命なんかよりも大切な日々。
大切な日々と、大切なキミ。
うん、そうだ。
ひょっとしたら、なんかじゃなく――僕は確かに、自分の命なんかよりもずっと宝物に感じていた。
だからあの時、僕は、キミを救いたかった。
『おたんじょうび、おめでとう。「 」くん。ちょくせつ会うことができなくて、ごめんなさい。でもわたしは、ここから、あなたが生まれてくれたことを、心からしゅくふくしています』
冷たい機械から流れてくる、温かいキミの心籠った言葉。
それが結局、僕が最後に聞いたキミの声になってしまった。
『いつもいっしょにあそんでくれてありがとうね。いつもわたしにあいにきてくれてありがとうね』
いつしか僕への祝福の言葉は、そんな感謝の言葉に変わっていて。
当時は何とも感じなかったけれど……今だからわかる。
あれは、キミなりの「お別れの言葉」だったのかな、って。
だけどやっぱり、その頃の僕は言葉通りにそれを受け取ってしまって。嬉しさと恥ずかしさが重なりあって、折り重なって、その優しい重みで――僕は結局、動かなかった。
動いてあげられなかった。
キミの許へ、行ってあげられなかった。
それから。
キミが遠くへ旅立ってしまったと知らされたのは、五日後のことだった。
それは、空から白い天使がキミのことを迎えにきた……肌寒い冬の日のことだった。
*
あれは何年前のことだっただろう。
ほんの一年前だったような気もするし、十年以上も昔のことだったかもしれない。
ただはっきりと言えるのは、
「ああ……今年も『この季節』が、やってくるんだね」
僕は独り、静かにヘッドホンを耳にかける。
空から白く降りてきた、キミからの贈り物に目をやりながら。
『おたんじょうび、おめでとう。「 」くん。ちょくせつ会うことができなくて……』
「……ありがとう。『 』ちゃん」
ヘッドホン越しに聞こえるキミの声は、いつまでも元気なままだった。