動機
娘を騙す方法を考えること数秒……私はあることに気がついた。
もしかしたら別に嘘を吐く必要はないのではないか。
冷静に考えてみればそうである。何故、嘘を吐く必要があるのだ。
私は大統領を殺害していないのだ。
私はこの部屋に、ただ窃盗に入っただけだ。
(…………)
さて、この場合、果たして"窃盗"は罪になるのだろうか?
大統領殺害に比べれば極々くだらないことだ。ゴミみたいなものだ。
あえて言えば、カスみたいなものだ。正常な判断ができる人間であれば暗殺事件の対策を優先し、窃盗犯など放っておくだろう。そうだ。誰だってそうする。この暗記自慢の娘だってそう判断するに違いない。
だから、私は正直に話すことにした。
『実は私は……この部屋には窃盗目的で入ったんだ』
「……は?」
『窃盗だよ。泥棒といったほうが分かりやすいかな? 私はある物を盗むためにこの部屋に入ったんだ。そしたら大統領が倒れて死んでいたんだ。いや、驚いたね』
「驚いたわ……Mrディズニー。一般人ではないと思ってはいたけれど、
あなた、他国のエージェントだったのね? どこの国かしら?」
娘の顔が険しくなった。なにやら壮大な想像をしているようだ。
『…………』
私はそれに沈黙で返した。さして深い意味はない。
「答えないのね。まぁ、当然かしら…………でも1つ気になるわね。
父はこの部屋に機密なんて置いていなかったはずよ。一体何を盗みにきたの?」
『これだよ』
私は娘の前にある物を放り投げた。
「これ……は?」
『私はこれを手に入れるためにこの部屋に入ったんだ。ただそれだけだ。大統領暗殺には一切関与していない。これまでの行動は大統領暗殺の容疑から外れる為にとったことだ。神に、女王陛下に誓おうじゃないか』
「…………」
娘は私が投げつけたものを凝視し、沈黙した。
『…………』
つられて私も沈黙する。
30秒ほど時間がたっただろうか。娘が口を開いた。
「…………Mrディズニー。説明してくれるかしら?
この物体にどんな重要な機密が隠されているのかを」
『機密?』
「私は"コレ"についてお父様からなにも聞かされていないわ。これは一体なんなのかしら?」
『"灰皿"だよ。見ての通りだ』
「それは分かっているわ。でもこれには何か特別な意味があるんでしょう?」
『綺麗な灰皿だろう。このホテル特有のデザインだ』
「やはり何か意味があるのね? デザインに意味があるの? 何を意味しているの?」
『このホテル特有のデザインでとても美しい形をしている。そして市販はされていない』
「それで? どんな意味があるの?」
『とても貴重で美しい。しかし、このホテルに忍び込みでもしないと手に入らない』
「…………くどいわね。早く説明して頂戴」
『この部屋に入らないと手に入らない灰皿。だからこの部屋に潜入したんだ。
私の部屋に置く為に』
「」
娘は黙り込んだ。無表情である。
またもや沈黙が流れると思いきや、娘がポツリと呟いた。
「あなた、もしかして私を馬鹿にしているの?」
『ああ、馬鹿にしている』
私が即答した直後、部屋に"ガシャン"とガラスが飛び散る音がした。
娘が灰皿を私に向かって投げつけたのである。




