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ホルモンバランス10080  作者: 瀬野とうこ
第二章 : 民謡は変転する
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第七話

「他に意見はありませんか」

 球技大会が終わって間もなく、クラスでは文化祭の出し物について、話し合うこととなった。

 意見はそれほど出なかった。負担が大きくなければそれでいい。そんな気配が濃厚だ。

 案がまったく出ないことを想定して、郁はいくつか考えてきていた。

 だが、その出番はなく、意外なことに沙也がいつになくやる気をみせて提案した事柄がある。


「それってでも、大変じゃない? ほら、練習とかさあ」

 民謡をベースにした合奏とパフォーマンスという案に、懸念する声がちらほらあがる。

「個別の負担は少なくするつもりです。練習は必要だけど、上手にやろうっていうんじゃなくて、楽しくやりたいと思っています」

「オレ賛成! 振り付けとか衣装とか、チームのやつ借りてアレンジしてもいいよ」

 よさこいに傾倒しているという叶が、力強く手をあげた。


「多崎はさ、曲のアレンジがしたいんだよな? だったら、オレが簡単そうな振り付けを用意するから、衣装や演出は演劇部のやつとか手伝えばなんとかなるんじゃない」

「あたし演劇部だけど、よさこいくわしくないし」

「よさこいじゃなくて、創作の合奏だろ?」


「割り振るのはいいけど、誰かがしっかりまとめないと」

「それはあれじゃないの、実行委員の役目なんじゃない」

「そんなの実行委員が大変になっちゃう。すくなくとも、あたしはやりたくない」


「ステージって、準備大変そうだけど、当日は出番以外自由にできていいよなあ」

「やだあ、人前で踊りたくない人だっているんだよ」

「器楽にまわればいいじゃん」

「照明とか?」

「なんかイメージわかないんだよね」

「準備が大変なのは、なんにせよ一緒じゃない?」


「あのっ」

 皆が口々に意見を述べるなか、沙也が口をひらく。

「実行委員は私がやろうって思ってます」

「俺はいいと思う。まとまってなんかやるのって、最後だし。協力するよ」

 西野が口添えすると、叶も、「オレも!」と、はりきった。


「あたしは、衣装がダサくなければそれでいいわ」

 美桜が言う。

「衣装を借りるとして、どこまでアレンジしていいの? 録画したのとかあるんでしょ、見せてよ」

「近いうちに持ってこようか」

「そうして。それ見て決めるわ」


 そのやりとりを見て、納得する面々がある。

「そうだよね、無理に今日決めなくていいんでしょ」

「ったって、他にやりたいこともないんだけど」

「まあねえ」

「寒い劇なんかやらされるより、よほどマシじゃない?」


「音楽とか振り付けとか、やったことない分野を負担してくれる人がいるなら、いいかな」

「喫茶やっても、衣装や内装に手間取るんだし、同じかな」

「どうしてもやりたいことのある人なんて、どうせいないんでしょ?」

「えー、決まり?」

「決まりじゃなくて、検討なんじゃないの」

「そうそう、検討」


「器楽ったって、楽器はどうすんの」

 その質問に、叶がふたたび手をあげた。

「鳴子ならある!」

「鳴子だけあっても。鳴子は踊る人が持つんでしょうよ」

「楽器は、ごちゃまぜでいいと思います。借りたり、持ち寄ったりで、……打楽器なら作ったっていいと思うの」


 沙也の意見に、奈月がうなずいた。

「たしかに作れるよね。中学のころに作ったことがあるよ」

「え、楽器って作れんの」

「あー、マラカスとかさ、作るよな、小学校とかで、ペットボトルで?」

「やったやった。お手製の楽器作り」

「やったー。素朴な音のやつ」


「でも打楽器は?」

 問いかけに、奈月がこたえた。

「バケツに皮や布を張るだけでもできるよ。材料を変えれば音も変わるし、いろいろやってみるのも面白いかもしれないね」

「民族楽器っぽくなるね」

「ああ、いいかも。ちょい興味わいてきた」


「やっぱり踊る人が花形?」

「どうだろ。人数の割り振り次第かな」

「そんなの衣装次第に決まってるじゃないの」

 美桜が自信ありげに発言する。

「でもそうね、一部だけが目立つなんてつまらないわ。演奏する人たちも、かわいい服にしましょうよ」

「そういうの、こだわるよねー」

「あたりまえじゃないの。こんなの目立ってなんぼでしょ。インパクトがあればいいんだから」


 聞いて、叶も賛同した。

「だね。振り付けもそうだよ、要点だけおさえてきめれば格好がつく」

「そんなもの?」

「そうだよ」

「そうよ」

「ねー」


 どうやら、あるていどの共感は得られたようだ。

 郁にとっては、ありがたい展開だ。

「みんな、そろそろいいかな」

 時計に目を向け、声をあげた。

「明日のホームルームで、また話し合いの時間をもちたいと思います。とりあえず合奏ということで、各自で少し考えてみて。他にやりたいことのある人も明日までに言ってください」

 教室を見回すと、教師も生徒も納得顔だ。


「もし早めに決定できたら、そのぶん準備期間がとれて無理なくすすめられると思う。明日はもっと細かい点まで話し合って、分担についてもどんな役割があるのか話し合えたらいいんじゃないかな。疑問や不満も、早い内に出しちゃおう」

「りょうかーい」

「三度目の文化祭、有意義なものになるように、みんなで力をあわせていきたいって思ってる。忙しい時期だけど、前向きにとらえていきましょう」


 締めながら、郁はおそらくこの案で決定だろうと考えていた。

 三年生の催しは、気の抜けたものが多い。

 だが、行事にかかる時間を無駄なものと捉えるか、糧や思い出とするかは、各々の捉えかた次第だ。


 合奏は悪くない。

 センスは問われそうだが、その点に関しては郁はお手上げなので、クラスメイトの自主的な協力が不可欠になる。

 だからこそ良いと思う。

「では今日の話し合いを終わります」

 無事に方向性が見えてきたようで、ほっとした。

 沙也に感謝だ。


 その沙也に、ホームルームのあとで声をかけた。

「アイディア出してくれて、たすかったよ」

「やりたいって思ったから。まだ通るかわからないけど」

「でも意外だった。それこそ、叶くんの発案なら納得もいくんだけどね」


「彼が乗り気になってくれてよかったよ。私だけじゃ、振り付けなんて無理だもの」

「ひとりだけに負担がかかるようなのは間違ってるよ。実行委員、本当にやるの?」

 問うと、沙也はためらくことなく肯定した。

「発案するなら、やらないと。まとめ役なんて向いてないけど、イメージは固まってるの」

「そう。だいじょうぶ、私ももちろん手伝うし、みんなで力を合わせてこその文化祭だからね」


 正直なところ、沙也がいつになく積極的でおどろいた。

 独自の価値観を大切にして迎合は好まない印象があったのだ。

 意外だと感じている者は他にもいただろうが、それを前面に出す者はなかった。


 おそらく、誰にとってもそれはささいな変化で、とりたてて気にとめるような事柄ではなかったのだろう。

 誰かが出す案に乗っかるのはラクだし、指揮をとるのが誰になろうと、さほど感心がないというのが大半だろう。

 だがこれは好ましい変化だ。いろいろな人が、いろいろな事をしてみればいいのだ。

 先生も満足げな表情をしていた。


「沙也は音楽がやりたいの? 興味があるなんて知らなかった」

「ええ。音楽を聴く機会が増えて、興味を持ったの。音楽が好きな人は多いでしょう。ジャンルを問わず、国を問わず、世代を問わず、何が人をそれほど惹きつけるのだろうと思って。知りたくなったの」

「音楽の魅力を確認したくて手を上げたの?」

 だとしたら、ずいぶんと変わった手段をとるものだ。


「少し違う。音楽に携わる人の気持ちが知りたくて、やる気になった」

「誰のこと?」

 何気なく訊ねると、沙也は顔色も表情もちらとも変えずにこう言った。

「私の好きな人。音楽をやってる」


 逆に赤くなったのは郁だった。

「そう……なんだ」

「そう」

「ええと、片思い中なんだっけ。どんな人なの」

「素敵な人。ピアノが上手で、音がきれい。心が豊かで、いつも一緒にいたいと思う」

 臆面もなくこたえる彼女に、郁はますます顔を赤く染める。


「どこで出会ったの」

「あの人がピアノを弾いている職場。飲食店で生演奏をしてる」

「よく行くの?」

「週に一度。平日に行くと、勉強しなさいって叱られるから」

「そう。そうだよね。勉強は大切だから」

「わかってる」


「いつも一人で行くの?」

「幼馴染みの親戚なの。あの人も、それからお店のオーナーも。だから一緒に行くこともあるし、一人のときもある」

「そっか。だったら安心だね」

 しかし沙也にはその気持ちが伝わらなかったらしく、首をかしげた。


「郁がなにを安心する必要があるの?」

「……なんとなく。一人じゃないと聞いて」

「そう。おかしいのね」

 おかしいだろうか。沙也は、どこかあぶなっかしい。

 不器用で率直で、協調性の乏しい彼女を、郁はどこか羨んでもいる。


「いい文化祭にしよう。明日、決定したらくわしく話そう」

「民謡のサンプルをいくつかピックアップしてあるの。明日、持ってくるわ」

「頼もしいね。ぜひ聴かせて」

「もちろんよ」






 帰宅してから寝る前に、郁は自分でもいくつか民謡を試聴してみた。

 単調なリズムに豊かな抑揚は、なるほど出し物にふさわしいかもしれない。

「音楽……か」

 机の上に飾られたガラスの小玉を指でつつく。

 香奈と作ったトンボ玉だ。


 彼女の歌声には力があった。

「――会いたいな」

 思い出として封をしておけたらいいのに、彼女の歌声が頭から離れない。

 文化祭の出し物についても、彼女ならば興味をもって耳を傾けてくれただろう。

 話したいことがたくさんある。


(元気でやってる?)

 彼女もときどきは郁のことを思い出してくれるのだろうか。

(行きずりの少年として)

 彼女が本当の郁を知らないことを、よろこばしいと思う反面、苦々しく思うこともある。

「ああ」

(息苦しいな)


 恵まれていて、とりたてて悩みもなくて、こなすべき目標もあるというのに、自分はよほど甘ったれているのか贅沢なのか、どちらだろう。

(会いたい)

 ――逃げたい、の間違いかもしれない。

(香奈さん)

 どこで何をしているのだろう。

 わかっているのは、あのときを過ごした少年が、今はもうどこにもいないということだけだ。


 郁は下唇をかんで、かぶりを振った。

 明日も早い。

 古典の教科書を出して、予習をはじめる。

 ペンを手に取り、ノートにポイントを書き込んだ。

 成すべきことは明確で、そこにはどのような情動も、入り込む余地はなかった。

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