第六話
笛の音が鳴り、試合が終わった。
「まけたー!」
口々にくやしさをあらわにするチームメイトも、その表情はどこかすっきりとして見える。
「郁う」
駆け寄ってきた菜々の肩をたたく。
「残念だったね」
「一年生に負けるなんてくやしいよお」
「勢いがあったよ」
一番の渋面をつくっているのは、美桜だ。
「若さに負けたなんて言わないでよ。そんな馬鹿げた言葉、聞くのもイヤ」
負けず嫌いだというのは本当らしい。
そのぶん、全ての試合において、彼女は最も活躍していた。
ルックスに秀でているだけでなく、活動的だなんて、どうしても美桜には距離を感じてしまうけど、今回は同じチームでよかったと思う。
「ともあれみんな、おつかれさま」
郁はファイルを確認して、クラスメイトが出場する試合のタイムスケジュールを皆に伝えた。
「女子の卓球が第二体育館であるね。男子のバスケットもこのあとすぐ。で、そのあと男子のバレーと女子のソフトボールがあるよ。応援は二手に分かれようか」
どれどれと予定表をのぞいた美桜があきれた顔をする。
「委員長さん、マメねえ」
「卓球とバスケかあ。郁はどっち行く?」
「私は卓球の応援に行くつもり」
「そっかー。じゃああたしもそっち行こっかな」
次々にスケジュールをのぞきこむチームメイトの頭には、そろいのリボンが揺れていた。
「やっぱり男子バスケだよね」
「ねえ」
郁と菜々以外のメンバーは、バスケットの応援に行くらしい。
「じゃあまた、あとでね」
荷物をかかえて、郁は本部へ足をはこぶ。
「なにすんの?」
「うん、他の種目の勝敗を確認したくて」
本部で進行状況をチェックして、ファイルに追加で記入する。
「わりと予定通りに進んでいるみたい」
時間で区切る種目は先にセッティングされている。
男子のソフトボールだけが遅れをみせているようだが、郁のクラスには関係がない。
その足で教室や掲示板に向かい、更新されたファイルにコメントを追加する。
クラスメイトが効率よく応援にまわれるように、郁なりに気を配ってのことだ。
誰でもこれを確認すれば、どこで誰が試合をしているかわかるようになっている。
「つきあわせちゃってごめんね」
郁が自己満足でやっていることだ。菜々にはわずらわしいことかもしれない。
そう思って謝ると、菜々はなぜか嬉しそうな顔を見せる。
「いいのいいのよー。あたし、郁が動いてるのを見るのスキなの」
「なにそれ、へんなの」
「なあんか安心するんだよね」
「やりすぎだって言われることもあるんだけど、できることがあるのに放置しておくのって、どうにも気が休まらないの」
じつはさきほど西野にも、過保護だといって嫌な顔をされたばかりだ。
「いいんじゃないの。あたしみたいに、それで助かってるヒトもいるんだもん。クラスにひとり、郁がいると便利だよー」
「うん」
受け止め方は人それぞれだ。
「ねえ郁、卓球は誰が勝ち残ってるの?」
「沙也が勝ってる。次、決勝だよ」
「えー、すごいんじゃない」
「三年連続での優勝がかかってるんだって」
「田崎強いんだねえ。知らなかったな」
「あまり騒ぎ立てるような子じゃないしね」
「だよね。あたしあんまり話したことないや。郁は仲いいよね」
「うん、ここまでバレーとかぶってて見にこられなかったから、決勝戦だけは応援に来たかったの」
「みーんな男めあてでバスケ行っちゃったしね」
第二体育館につくと、ちょうど沙也の試合が始まるところで、ふたりはコートの脇に駆け寄った。
さきほどまでの喧騒とくらべて、ここは幾分淡々とした雰囲気がながれている。
「あー、西野と篠山」
菜々が指さす。
決勝戦だというのに、こちらは観戦している人数も多くない。
西野はこちらにちらりと目をくれ、すぐまたコートに意識を戻す。
奈月はかるくふたりにうなずいて、沙也に応援の言葉をかけた。
「まにあったー。いまからだよね、決勝戦」
気さくに菜々が声をかけると、西野が「おう」と返す。
「きいてよ、女子バレー負けちゃったんだよ。一年生に!」
「へー」
「ふたりとも、次は男子バレーの試合があるね。応援に行くから」
がんばって、と、声をかけると、奈月ははにかむような笑顔を向けた。
「こいつも負けたて」
西野が奈月の肩を肘で突く。
「準決勝でストレート負けしたんだよな」
「そう、やっぱり一年生。強かったんだ」
「やだあ!」
菜々がおおげさな身振りでくやしがる。
「じゃあ田崎にはぜひとも優勝してもらわないとねっ」
沙也の対戦相手も一年生だ。
「沙也、がんばれー」
郁も声援をたむける。
ホイッスルが鳴って、試合が始まると、ボールのはじける硬い音がリズミカルに鳴り出した。
「わ。すご」
菜々が拳をにぎりしめる。
「見て見て、郁。田崎すごいよ。すっごくはやい」
「うん。がんばれ、がんばれ」
両者抜きつ抜かれつで、得点が加算されていく。
「うわあ、スマッシュとかってするんだねえ」
展開のわかりやすい種目は、見ていてたのしい。
「わ、わっ」
いつになく真剣な面持ちの沙也に、応援にも熱が入る。
「やっぱり決勝だと、どっちも強いね」
「上手だよー!」
きゃあきゃあ言って応援しているのは、対戦相手のコート脇でも同様だ。
応援のしがいのある試合だったから無理もない。
ストレートで沙也が勝ちそうなところを、相手の一年生がくらいつくと、周囲からは歓声があがった。
「あーっ、惜しいなーっ」
「調子いいよ、沙也、ふぁいと!」
「疲れた顔すんなよ、なさけないぞ!」
めまぐるしく跳ねるボールが選手の脇をすり抜けるたび、拍手があがる。
「よし!」
「もうちょい」
マッチポイントがなかなかきまらなくてやきもきするが、とうとう沙也は勝利をおさめた。
「やったー!」
「かったあ! すっごい、田崎すごいよー!」
試合終了の合図があり、沙也はぺこりとおじぎをした。
「やったな」
沙也に声をかけて、西野と奈月は体育館を出ていった。
あっさりとした退出だが、次に出番をひかえているとあっては無理のないことだろう。
郁と菜々は沙也を挟んで、興奮を伝えた。
「上手いんだもん、びっくりしたよう」
あけっぴろげな菜々の物言いに、沙也も表情をやわらげる。
「ありがとう。練習したの。勝ててよかった」
「田崎えらいね、練習もしてたんだ。知らなかった」
「うん」
「ねー、郁、やっぱり練習大事だったんじゃない? あたしたち練習不足だったのかも」
たしかに、外側にばかりかまけて、練習にはあまり熱心ではなかった。
「そうだね」
「バレーは負けたの?」
沙也が訊ねるので、郁はこれまでのクラスの対戦成績をあれこれ伝えた。
「だから次は、男子のバレーと女子のソフトボールがあるの。どちらかが勝ち進むまで応援して、それでうちのクラスの球技大会はおしまい」
「あたしと郁はバレーの応援しようと思ってるの。ほら、男子も同じTシャツ着てるからね、そのよしみで。田崎も来る?」
「うん、そうね」
「よーし、じゃあ行こう。卓球はもう終わりだもんね」
男子バレーの試合は、卓球とは異なり、応援席に人だかりができていた。
コートの脇に、つめかけたクラスメイトが団子になって、声援をあげている。
同じ三年生同士の試合で、ここまで両者一セットずつを勝ち取っている。
相手チームのアタックが決まり、応援席からうめき声があがる。
「きゃああ、最高!」
そんな中、同じクラスの美桜だけは、相手チームに声援を送っていた。
菜々がいうところの、「バスケ部の加藤」とかいう人物が活躍しているためだ。
おかげで菜々はおかんむりである。
横に立つ郁の腕をひっぱり、ぶつくさとこぼす。
「ちょっとぉ、アレほっといていいの? 士気がだださがりじゃん」
「うーんと、そうだねえ」
しかし応援するなとも言えない。
「端っこに寄ってもらうとか?」
「ちょっとあたし言ってくるよ」
憤然と、菜々が美桜の肩をたたく。
「ミオさあ、やめなよ。自分のとこの応援してやろうって思わないの」
(あああ、なるべく穏便に……)
そうは願うが、菜々の語気はけっこう荒い。
美桜もむっとして、「ほっといてよ、勝手でしょ」と言い返し、ささいな諍いが起こる。
「誰を応援しようと自由じゃないのよ」
「空気よめない人がいると、迷惑するって言ってんの」
とたんにぎすぎすしだした雰囲気に慌て、郁はふたりの間にはいった。
「待って、待って。落ち着こう。試合中だよ。どっちも頑張ってるんだから、応援に来たんなら、観戦しないと」
「だってそっちが先にからんできたのよ」
「他のクラス応援するなら、別の場所でやればいいじゃない」
「そんなことまで指図されなきゃいけないの?」
「指図っていうか、言われるまでもなく気遣うところでしょ、そこは」
「口うるさあい」
(ああ、もー)
「ストップね、いいね、ちょっとふたり離れようか。意見の交換はあとでやろう。ね」
「……おせっかい」
(うっ)
美桜のなにげないひとことが胸にささる。
「あ」
菜々がコートに身を乗り出す。
「わ、やったあ!」
同じクラスの桃川が得点をあげ、応援席が盛り上がる。
そのまま美桜には背を向けて、歓声をあげる菜々の切り替えのはやさときたらたいしたものだ。
美桜が白けた目を向ける。
「まあいいけど。委員長さんもいちいち大変、よくやるわ」
率直なあてこすりに、曖昧な表情をうかべる。
「んー、けどほら、見てると桃川くん、やっぱりすごいよ。よく飛ぶよね」
むりやりな話題転換だったが、美桜は肩をすくめてのってくれた。
「背が高いもの。高いとそれだけで有利よ。迫力だってあるし」
「軽々飛んでるのを見ると、うらやましくなる。ほら、身軽そうで、力強くて」
「なにそれ。委員長さんって変わってるのね」
「そうかな」
「そうよ。桃川はたしかに上手いけど、他がダメね。総合力は向こうのが上だわ。残念だけど勝てないんじゃない」
「どうだろうね、どっちも頑張ってるよ」
などと、日和見もはなはだしい郁のひとことを最後に、会話はとぎれた。
それからふたりは並んでじっと観戦し、やがて郁たちのクラスが負けると、美桜は菜々に向かって顔をゆがめてみせ、たいそう彼女をくやしがらせたのだった。