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ホルモンバランス10080  作者: 瀬野とうこ
第二章 : 民謡は変転する
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第六話

 笛の音が鳴り、試合が終わった。

「まけたー!」

 口々にくやしさをあらわにするチームメイトも、その表情はどこかすっきりとして見える。


「郁う」

 駆け寄ってきた菜々の肩をたたく。

「残念だったね」

「一年生に負けるなんてくやしいよお」

「勢いがあったよ」


 一番の渋面をつくっているのは、美桜だ。

「若さに負けたなんて言わないでよ。そんな馬鹿げた言葉、聞くのもイヤ」

 負けず嫌いだというのは本当らしい。

 そのぶん、全ての試合において、彼女は最も活躍していた。

 ルックスに秀でているだけでなく、活動的だなんて、どうしても美桜には距離を感じてしまうけど、今回は同じチームでよかったと思う。


「ともあれみんな、おつかれさま」

 郁はファイルを確認して、クラスメイトが出場する試合のタイムスケジュールを皆に伝えた。

「女子の卓球が第二体育館であるね。男子のバスケットもこのあとすぐ。で、そのあと男子のバレーと女子のソフトボールがあるよ。応援は二手に分かれようか」

 どれどれと予定表をのぞいた美桜があきれた顔をする。

「委員長さん、マメねえ」

「卓球とバスケかあ。郁はどっち行く?」

「私は卓球の応援に行くつもり」

「そっかー。じゃああたしもそっち行こっかな」


 次々にスケジュールをのぞきこむチームメイトの頭には、そろいのリボンが揺れていた。

「やっぱり男子バスケだよね」

「ねえ」

 郁と菜々以外のメンバーは、バスケットの応援に行くらしい。

「じゃあまた、あとでね」

 荷物をかかえて、郁は本部へ足をはこぶ。


「なにすんの?」

「うん、他の種目の勝敗を確認したくて」

 本部で進行状況をチェックして、ファイルに追加で記入する。

「わりと予定通りに進んでいるみたい」

 時間で区切る種目は先にセッティングされている。

 男子のソフトボールだけが遅れをみせているようだが、郁のクラスには関係がない。


 その足で教室や掲示板に向かい、更新されたファイルにコメントを追加する。

 クラスメイトが効率よく応援にまわれるように、郁なりに気を配ってのことだ。

 誰でもこれを確認すれば、どこで誰が試合をしているかわかるようになっている。


「つきあわせちゃってごめんね」

 郁が自己満足でやっていることだ。菜々にはわずらわしいことかもしれない。

 そう思って謝ると、菜々はなぜか嬉しそうな顔を見せる。

「いいのいいのよー。あたし、郁が動いてるのを見るのスキなの」

「なにそれ、へんなの」

「なあんか安心するんだよね」


「やりすぎだって言われることもあるんだけど、できることがあるのに放置しておくのって、どうにも気が休まらないの」

 じつはさきほど西野にも、過保護だといって嫌な顔をされたばかりだ。

「いいんじゃないの。あたしみたいに、それで助かってるヒトもいるんだもん。クラスにひとり、郁がいると便利だよー」

「うん」

 受け止め方は人それぞれだ。


「ねえ郁、卓球は誰が勝ち残ってるの?」

「沙也が勝ってる。次、決勝だよ」

「えー、すごいんじゃない」

「三年連続での優勝がかかってるんだって」


「田崎強いんだねえ。知らなかったな」

「あまり騒ぎ立てるような子じゃないしね」

「だよね。あたしあんまり話したことないや。郁は仲いいよね」

「うん、ここまでバレーとかぶってて見にこられなかったから、決勝戦だけは応援に来たかったの」

「みーんな男めあてでバスケ行っちゃったしね」


 第二体育館につくと、ちょうど沙也の試合が始まるところで、ふたりはコートの脇に駆け寄った。

 さきほどまでの喧騒とくらべて、ここは幾分淡々とした雰囲気がながれている。

「あー、西野と篠山」

 菜々が指さす。

 決勝戦だというのに、こちらは観戦している人数も多くない。


 西野はこちらにちらりと目をくれ、すぐまたコートに意識を戻す。

 奈月はかるくふたりにうなずいて、沙也に応援の言葉をかけた。

「まにあったー。いまからだよね、決勝戦」

 気さくに菜々が声をかけると、西野が「おう」と返す。

「きいてよ、女子バレー負けちゃったんだよ。一年生に!」

「へー」


「ふたりとも、次は男子バレーの試合があるね。応援に行くから」

 がんばって、と、声をかけると、奈月ははにかむような笑顔を向けた。

「こいつも負けたて」

 西野が奈月の肩を肘で突く。

「準決勝でストレート負けしたんだよな」

「そう、やっぱり一年生。強かったんだ」


「やだあ!」

 菜々がおおげさな身振りでくやしがる。

「じゃあ田崎にはぜひとも優勝してもらわないとねっ」

 沙也の対戦相手も一年生だ。

「沙也、がんばれー」

 郁も声援をたむける。


 ホイッスルが鳴って、試合が始まると、ボールのはじける硬い音がリズミカルに鳴り出した。

「わ。すご」

 菜々が拳をにぎりしめる。

「見て見て、郁。田崎すごいよ。すっごくはやい」

「うん。がんばれ、がんばれ」

 両者抜きつ抜かれつで、得点が加算されていく。


「うわあ、スマッシュとかってするんだねえ」

 展開のわかりやすい種目は、見ていてたのしい。

「わ、わっ」

 いつになく真剣な面持ちの沙也に、応援にも熱が入る。

「やっぱり決勝だと、どっちも強いね」

「上手だよー!」


 きゃあきゃあ言って応援しているのは、対戦相手のコート脇でも同様だ。

 応援のしがいのある試合だったから無理もない。

 ストレートで沙也が勝ちそうなところを、相手の一年生がくらいつくと、周囲からは歓声があがった。

「あーっ、惜しいなーっ」

「調子いいよ、沙也、ふぁいと!」

「疲れた顔すんなよ、なさけないぞ!」


 めまぐるしく跳ねるボールが選手の脇をすり抜けるたび、拍手があがる。

「よし!」

「もうちょい」

 マッチポイントがなかなかきまらなくてやきもきするが、とうとう沙也は勝利をおさめた。

「やったー!」

「かったあ! すっごい、田崎すごいよー!」


 試合終了の合図があり、沙也はぺこりとおじぎをした。

「やったな」

 沙也に声をかけて、西野と奈月は体育館を出ていった。

 あっさりとした退出だが、次に出番をひかえているとあっては無理のないことだろう。


 郁と菜々は沙也を挟んで、興奮を伝えた。

「上手いんだもん、びっくりしたよう」

 あけっぴろげな菜々の物言いに、沙也も表情をやわらげる。

「ありがとう。練習したの。勝ててよかった」

「田崎えらいね、練習もしてたんだ。知らなかった」

「うん」


「ねー、郁、やっぱり練習大事だったんじゃない? あたしたち練習不足だったのかも」

 たしかに、外側にばかりかまけて、練習にはあまり熱心ではなかった。

「そうだね」

「バレーは負けたの?」

 沙也が訊ねるので、郁はこれまでのクラスの対戦成績をあれこれ伝えた。


「だから次は、男子のバレーと女子のソフトボールがあるの。どちらかが勝ち進むまで応援して、それでうちのクラスの球技大会はおしまい」

「あたしと郁はバレーの応援しようと思ってるの。ほら、男子も同じTシャツ着てるからね、そのよしみで。田崎も来る?」

「うん、そうね」

「よーし、じゃあ行こう。卓球はもう終わりだもんね」






 男子バレーの試合は、卓球とは異なり、応援席に人だかりができていた。

 コートの脇に、つめかけたクラスメイトが団子になって、声援をあげている。

 同じ三年生同士の試合で、ここまで両者一セットずつを勝ち取っている。

 相手チームのアタックが決まり、応援席からうめき声があがる。


「きゃああ、最高!」

 そんな中、同じクラスの美桜だけは、相手チームに声援を送っていた。

 菜々がいうところの、「バスケ部の加藤」とかいう人物が活躍しているためだ。

 おかげで菜々はおかんむりである。

 横に立つ郁の腕をひっぱり、ぶつくさとこぼす。


「ちょっとぉ、アレほっといていいの? 士気がだださがりじゃん」

「うーんと、そうだねえ」

 しかし応援するなとも言えない。

「端っこに寄ってもらうとか?」

「ちょっとあたし言ってくるよ」

 憤然と、菜々が美桜の肩をたたく。


「ミオさあ、やめなよ。自分のとこの応援してやろうって思わないの」

(あああ、なるべく穏便に……)

 そうは願うが、菜々の語気はけっこう荒い。

 美桜もむっとして、「ほっといてよ、勝手でしょ」と言い返し、ささいな諍いが起こる。

「誰を応援しようと自由じゃないのよ」

「空気よめない人がいると、迷惑するって言ってんの」

 とたんにぎすぎすしだした雰囲気に慌て、郁はふたりの間にはいった。


「待って、待って。落ち着こう。試合中だよ。どっちも頑張ってるんだから、応援に来たんなら、観戦しないと」

「だってそっちが先にからんできたのよ」

「他のクラス応援するなら、別の場所でやればいいじゃない」

「そんなことまで指図されなきゃいけないの?」

「指図っていうか、言われるまでもなく気遣うところでしょ、そこは」

「口うるさあい」


(ああ、もー)

「ストップね、いいね、ちょっとふたり離れようか。意見の交換はあとでやろう。ね」

「……おせっかい」

(うっ)

 美桜のなにげないひとことが胸にささる。


「あ」

 菜々がコートに身を乗り出す。

「わ、やったあ!」

 同じクラスの桃川が得点をあげ、応援席が盛り上がる。

 そのまま美桜には背を向けて、歓声をあげる菜々の切り替えのはやさときたらたいしたものだ。


 美桜が白けた目を向ける。

「まあいいけど。委員長さんもいちいち大変、よくやるわ」

 率直なあてこすりに、曖昧な表情をうかべる。

「んー、けどほら、見てると桃川くん、やっぱりすごいよ。よく飛ぶよね」

 むりやりな話題転換だったが、美桜は肩をすくめてのってくれた。


「背が高いもの。高いとそれだけで有利よ。迫力だってあるし」

「軽々飛んでるのを見ると、うらやましくなる。ほら、身軽そうで、力強くて」

「なにそれ。委員長さんって変わってるのね」

「そうかな」


「そうよ。桃川はたしかに上手いけど、他がダメね。総合力は向こうのが上だわ。残念だけど勝てないんじゃない」

「どうだろうね、どっちも頑張ってるよ」

 などと、日和見もはなはだしい郁のひとことを最後に、会話はとぎれた。

 それからふたりは並んでじっと観戦し、やがて郁たちのクラスが負けると、美桜は菜々に向かって顔をゆがめてみせ、たいそう彼女をくやしがらせたのだった。

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