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ホルモンバランス10080  作者: 瀬野とうこ
第二章 : 民謡は変転する
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第四話

「ユニフォームはみんなあれでいいって」

 沙也とふたりで、教室でお弁当を食べていると、菜々が美桜をひきつれてやってきた。

「でもね、ボタンだけじゃかっこわるいってミオが言うの」


「そうよぉ。あたしに冴えない格好させるのやめてよね」

 堂々とケチをつける美桜の手には、ファッション雑誌が握られている。

「見なさいよこれ。着こなしって大事なんだから」

 そう言って開かれたページには、ファッションショーの様子がつづられている。

「小島さん、今度あるのは球技大会なんだけど」


「わかってるわよ、そんなの。心意気の話をしてるんでしょう」

「……そうだったの」

「そうよ。いいこと、委員長さん。誰しも自信を持つというのは、力を発揮する上でとても大切なことなの」

「うん、まあそうだね」


「でしょう。だったら、あたしたちもそれなりの格好をしないと。それに、着飾るっていうのは、相手を威圧するのにも一役かうのよ」

「威圧はしなくてもいい気がするけど」

「なに言ってるの。試合っていうのは、チームとチームのぶつかりあいよ。あたし、相手が誰であろうと、負けるのは嫌いなの」


「意欲があるのはいいことだけど、あまり華美な装いは不適切なんじゃないかな」

 美桜は肩をすくめてみせた。手足が長いのか、堂々としているせいか、ジェスチャーは大ぶりだ。

「派手にしようなんて言ってないわよ。あたしだってバカじゃないんだから、線引きくらいわきまえてるわ」


「具体的にはどうしたいの?」

「はやりのアイテムを取り入れましょうよ」

「はやりって?」

「やだぁ。昨今の流行といえば、リボンでしょ。おそろいのリボンをつけて、髪型もアレンジしようって言ってるの。チアっぽさをイメージして。どう?」

「ああ」

 友情のリボンの流れかと、得心がいく。


「それくらいなら先生がたにだって怒られないでしょ。アレンジだったらあたしも自信あるし。委員長さんの頭だって、かわいくしちゃう」

 美桜は自信満々だ。

「他のみんなも希望するなら、私は構わないと思うよ。菜々はどう?」

「リボンくらいなら、長いの買って切り分ければ安くあがるし、反対はしないよ。ミオが髪の毛いじってくれるっていうなら、嫌がる子もいないんじゃないの」


「髪には大きいのをつけて、小さいリボンを洋服にピンで止めてもいいわ。それか、手首に巻くとかね」

「手首は邪魔じゃないかな」

「あら、それもそうね」

 美桜は雑誌をめくって、リボンの特集が組んであるページを開いた。

「さっそくイメージだけでもすりあわせておきましょ」

 無地から水玉、幾何学模様まで、色とりどりのリボンが陳列してある。

 このへんのセンスの話となると郁にはお手上げなので、口をつぐんでいると、菜々と美桜が交互にリボンを指さして意見をたたかわせはじめた。


「これなんか、服にもぴったりじゃない?」

「やだ、地味。こっちがいいわよ」

「そりゃ、ミオはいいかもしれないけど、こういう色は人を選ぶじゃない」

「だからって、無難なのを選ぶんじゃ意味ないでしょ」

「みんなに似合わなきゃ、それこそ意味ないよ」


「ナナの考えるみんなのレベルにあたしを合わせようとするのやめてよ」

「それって自分さえよければいいって言ってるみたい」

「そうじゃないわ。ただ……、あ、まって、これこれ」

「あっ、いいかも」

「もちろんいいに決まってるわよ。あたしの目にとまったんだから」


「ちょっとー。一言多いってば。んー、でも、いい」

「これならナナも文句ないでしょ。かわいいもの」

「うん、かわいい」

「決まりね」

「いいね」

(ええ?)

 いまいち話の流れに乗りきれない郁をそっちのけに、どうやら意見はまとまったようだ。


「郁もいいよね」

 菜々に訊かれて、「二人がいいと思うなら」と、曖昧な返事をかえす。

 白地に金と紫の縫い取りがあるリボンだ。生地には光沢があって、普段の郁なら手に取ることもないようなアイテムである。

(まあ、イベントごとだしね)

 意欲のある者が決めたほうが、うまく運ぶことというのはあるものだ。


「じゃ、あたしみんなに訊いてみるね」

 菜々が美桜から雑誌を借りて、教室を出ていった。

「じゃ、あたしも。じゃーね、委員長さん」

 ひらひらと手を振って、美桜もこの場を後にする。

「ああ、うん、またね」

 会話のテンポがはやい二人を見送って、郁は沙也に目を向けた。

 いくぶん人見知りの傾向がある彼女は、あの手の賑やかなクラスメイトがいる場では、口をひらくことがない。


「なんていうか、めまぐるしかったね」

「食事時に、けたたましかったわ」

「まあでも、決断力がある人がいるのは、たすかるよ」

「それは委員長としての見方でしょう。私にはうるさいだけ」

 えてして、この学校における社交的な人物というのは、学食に出向く傾向がある。

 昼食時の教室というのは静かな時間が流れることが多く、その時間を好む者からすると、おしゃべりも耳障りに感じるのかもしれない。


「沙也は、卓球だっけ」

「そう。馬鹿騒ぎに巻き込まれなくてすんでよかったわ」

「楽しいと思う人もいるんだよ」

「優等生じみた一般論ね」

 もちろんそうだ。優等生であることは、アイデンティティの一部と化している。


「郁はどうなの。楽しいの?」

 誤解されがちだが、なにも沙也とて批判をしているわけではない。

 彼女は率直な意見の交換を求めているだけで、女の子同士のかけあいを見下しているわけではないのだ。

 それを郁は知っているが、周囲からはよく思われないのも事実である。


「わるくはない気分だよ。チームメイトが活発だったり、前向きだったりするのを見てると、ほっとする」

「そうじゃないわよ。ユニフォームとかリボンとか、そういうことに興味はあるのかと訊いているの」

「リボンに興味はないけど、……でもそうだね、チームを組むことには興味があるよ。イベントを盛り上げようとする姿勢には共感できる」


「そう。負担に感じてないならいいの。よかった」

(もしかして、気にかけてくれた?)

 とてもそうは聞こえなかったが、郁が無理をしていると考えていたのだろうか。

 しかしここでありがとうと伝えるのもためらわれて、郁は食後のデザートがわりに持ってきていたひとくちゼリーを、ひとつ彼女にわけてあげた。

「おいしいよ」

 桃のゼリーだ。やわらかくて甘い。

 ほっとひといきつきたいときに、口にふくむと、香りがひろがる。

 おすすめの一品だった。






 リボンは美桜が他のメンバーを誘って買いに行くというので、郁と菜々は先日訪れた手芸用品店でボタンを購入するはこびとなった。

「西野が男子も同じ事をするっていうから、たくさんになるね」

 どういうわけか、男子のバレーチームでも、おそろいのユニフォームを着用することに決まったらしい。

 ボタンは二倍、買わねばならない。


「色はおまかせでいいっていうから、適当に買っちゃお」

 店舗を訪れた菜々は楽しそうだ。

 チームに貢献するのが楽しいのではなく、単に買い物が好きなのだという。


「明日の放課後、みんなでボタンをつけることになったから。郁は大丈夫? 用事のある人は、持ってかえって家でつけるんだよ」

「私は平気だよ。みんなでつけるの? 楽しそうだね」

「まあねー。楽しいよ、きっと」

 Tシャツを持参するよう、夜に菜々がメールを回してくれるという。


「男子の連絡先も知ってるの?」

「知ってる人も知らない人もいるよ。男子のぶんはね、西野が回してくれるって。ほら、練習するのに、全員のアドレスが必要だったらしいから」

「そういえば、私たちも練習をしないといけないね」

 失念していたわけではないが、装いのほうに重点が置かれがちだ。

「練習やだなー」

 菜々の発言に代表されるように、試合は二の次だというメンバーが多い。


「少しでもいいから、しておかないとね。昼休みや放課後はコートがうまってるんだって。思い切って朝にしちゃう?」

「えー、朝やるの? だるいなぁ」

「十五分早く登校してくれればいいんだけど、来られない子もいるかな」

「どうだろ。ああでもやっぱり、朝はナシ! 着替えとかするのヤだもん。来週の予約をとることにして、昼休みにしようよ」


「うーん、放課後だと、予定のある人も多いもんね」

「そうそう、そうだよ。無理のない範囲でね」

「わかった。他の子の意見もきいてみて、予約は私がいれておくね」

「おっけーい」

 球技大会にまつわる話題に花を咲かせながら、買い物はとどこおりなく済んだ。


 駅に向かって歩く途中、映画の広告を目にした菜々の足が止まる。

「あー! あたしあれ見たいんだぁ」

 それは話題の新作と呼び声の高いファンタジー映画で、主人公の少年が運命に翻弄されながらもたくましく成長していく過程が感動的だと、観客の評判も上々だ。

「ヒロインがかわいいんだよね。いいなー」

 奇矯な性格のヒロインが繰り出す魔法は失敗ばかりで、周囲を混乱させてばかりいるのに、あまりの愛らしさに憎めないキャラクターだと、郁も耳にしたことがある。


「受験が終わるまで、映画とレジャーは我慢しようって思ってたけど、そんなに待ってたら映画も終わっちゃうよね。どうしよっかな」

「そうだね、さすがにあと半年はやらないよ」

「ねー。もー。不便ばっかりだよ、受験生なんて」

 くちびるをつんととがらせて、菜々はふり向いた。


「郁も映画はご無沙汰でしょ?」

(ん)

 返事につまった。

 もちろん映画を観た記憶はあたらしい。新作ではなかったけれども。

「――そうだね、面白いって話題になってるのをきくと、気になるよね」


「デートで観にいったっていう子もいるんだけど、でもね、連れの男がヒロイン役の子をほめてばかりで、ケンカになっちゃったんだって。ばかだよねー。そんなの聞き流してればいいのに」

「ふうん」

「気ままにふるまう女の子がいいなんて、そんなのスクリーンの中だけに決まってるのにさ」

(気ままにふるまう女の子、か)

 それは自分でもあこがれるかもしれないと、ぼんやり思う。


「よほど魅力的なんだろうね」

「作為的だとわかっていても、のせられたくなるもんだよね。いいなー、観たいなー」

(私が観たら、身につまされそう)

 自由の概念のとらえかたは人それぞれだ。

 今の郁には、あまり向き合いたいテーマとはいえない。


(成長も)

 受験の壁を越えた先で、目の前がひらけるなんてことはないだろう。

 映画ではわかりやすく展開される『成長』なんていうものも、実際には手の届かない彼方にある気がしてならない。

(手探りで、なんとなく進んでいたら、風景が変わっていったというなら、わかるんだけど)


 毎日を、差し障りなく過ごすだけで手一杯だ。

 情けないととらえる向きもあるだろうが、堅実だ。

 他に選ぶべき道はない。

 習性とは、習い性のことだ。染まった布は色が定着した状態にあり、やすやすとくつがえされることなどないのである。

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