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ホルモンバランス10080  作者: 瀬野とうこ
第二章 : 民謡は変転する
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第二話

 学食で昼食を終え、友人の西野 孝と連れだって、篠山 奈月は教室へ戻ってきた。

(十和田さんと、沙也か)

 窓際で向かい合って食事をとるふたりが視界に入る。

(ああ、また見ちゃった)

 朝から、郁を注視したのは何度目だろう。


「どしたん?」

 入り口で足を止めたら、背後から西野に小突かれる。

「べつに」

 気まずさを味わいながら、無理に視線をひきはがしたというのに、西野は頓着せずに踏み込んでくる。

「あー、沙也な」

(ちがうんだけど)


「仲いいよな、あいつら」

「ふたりとも真面目だからね、気が合うんじゃないの」

 席につきながらそうかえすと、西野は気に食わなさそうに肩をすくめた。

「あのふたりは全然違うだろ。沙也は融通が利かないだけだ。十和田のヤツは文句なしに生真面目だけどな」

 そうして、「嘘くせえよな」と、つぶやく。

 好き嫌いの激しい西野は、郁に対して辛辣なのだ。


「アイツ、委員長として見たら完璧だろ。そういうのってさ、なんか作り物みたいじゃねえ? まあ、そのぶん俺はラクさせてもらってんだけどさ」

 西野は根っからの体育会系だから、はっきりと目に見える物事を好む傾向がある。

 裏表があったり、取り繕った部分があるような気配を察すると、拒絶反応をおこすのだ。

(しょうがないなあ)

「それは十和田さんが努力家なんだと思うよ。孝も見習えばいい」


 とはいえ、彼が努力を怠っていると考えたことなどない。

 陸上にひたむきな姿勢は、素直に応援したくなる。

(でも、悪く言われるのはむかつく)

 郁は気になる存在なのだ。


「僕たちはどうしたって沙也に甘くなりがちだからね。はたから見たら、十和田さんのほうがよほど慕われているんじゃない。沙也はほら、おもねるってことを知らないから」

 奈月と西野と沙也の三人は、子どもの頃からご近所同士だ。

 特に西野と沙也の家は母親が共通の趣味を持っていて、仲が良い。

「沙也を受け入れてくれてるだけで、いい人だなと僕は思うんだけど」


 最初に郁のことを意識したのは、それが原因だった。

 歯に衣着せない言動は、女子生徒には嫌われることも多くて、そんな沙也がなついているのだから、郁は懐が広いのか気立てがよいのかどちらだろう……、などと考えた。

 そうして目につくようになると、今度は彼女の気遣いは努力によって裏打ちされているものだということに気がついて、こっそり応援するようにもなったのだ。


「俺はさ、ずっとどっか引っかかってんだよな。アイツが外面だけで沙也と仲良くしてんじゃないといいなってこと。まあ、言ったってしょうがないことなんだけどよ」

「気にしすぎ。大丈夫だよ」

 西野が気にしているのは、郁が委員長としての義務感で沙也と一緒にいるのではないかと、――そこに友情はあるのかということだ。

 郁がよく、クラスの雰囲気にまで気を配っているのは知っているが、それはうがちすぎというものだろう。


(そんなの、見てればわかるだろうに)

 沙也と会話しているときの郁は、肩の力が抜けている。

 それは、対外的な仮面をつけた状態で、素のままの彼女ではないかもしれないが、それがなんだというのだろう。

(自分をさらけ出さないなんて、そんなの当たり前だろ)

 誰もがしていることだ。


 孝が気にくわないというのは、もしかしたら単なる嫉妬なんじゃないかと感じることもある。

(意外と所有欲強いんだもんなあ)

 扱いにくい幼馴染みを、とられた気分でも味わっているのだろうか。

 もちろん根っこにあるのは、沙也への気遣いなのだろうけれども。

(沙也が心配かけるようなことばかりするからまた)


 沙也が好意を寄せる相手も、夏休み中の行動も、奈月は本人から聞いている。

 部活で忙しくしていた西野は、おそらく知らないままだろう。

 沙也も、わざわざ説教するとわかっている相手には話したくないと言っていた。

(まあ僕じゃあね、説教なんてできた義理もないからね)


「ねえほら、楽しそうなんだからいいじゃない」

「楽しそうかアレ? 難しい顔してるぞ」

 目を向けると、たしかにそうだ。

「……くつろいでるように見えるってことだよ」

 興味なさげにそっぽを向いて、それでも内心、どんな会話を交わしているのか気になった。

 まったくどうにも情けない現状である。


「ところで奈月おまえさ、球技大会の種目決めた?」

「ああ、そうだね、テニスか卓球。……卓球かな」

「えっ、待て待て、待てよ。バスケやろうぜ、一緒に!」

「やだよ」

「なんで!」

 西野が目をむく。


「卓球の気分だから」

「んだよ、テニスに卓球って、どっちも個人種目じゃねーか」

 もちろんそうだ。個人でできるから選んでいるのだ。

「団体は面倒くさいんだよね」

「楽しいだろ?」

「そりゃ孝はね。団体戦だと練習時間もとられるし、やっぱりなー」

 さっと出て、さっと負ける。これがいい。


「バスケだったら人数集まるんじゃない? 出られない種目が出てくるって言ってたろ」

「あー、そうそう。バスケは意地でも集めるからな。そうすっと、バレーかソフトか」

「人数からすると、ソフトのがきついよね」

「まあなー。でも、バレーはイヤだっつってるヤツもいるのよ。腕痛いじゃん」

「痛いね」

「ちょっときいてみないとな。めんどくせー」


 一応ホームルームに相談する時間が設けられているようなのだが、いかんせん時間が短い。

 帰りの会とは名ばかりの、授業と補習の合間なのだ。

「なあ、もしどうしても人数足りなかったら、ソフト一緒に出てくれるか」

「もしどうしても、どうしてもどうしても足りなかったら、そのときな」

「おう」


 西野が笑顔をみせる。

「ほら、やっぱりさ。球技大会も最後だもんな。やりたい種目に出させてやりたいじゃないか」

 そして小さくつけ加えた。

「部活じゃそうはいかないもんな」






 帰りのホームルームでは、予定通りに球技大会の出場選手を決定した。

 壇上に郁が上がり、黒板という名のスクリーンに、西野が名前を書き連ねていく。

「種目と人数の割り振りは以上です。ではまず、女子のバレーボールから。参加を希望する人は手を上げてください」

 迷いのない仕草で、ぴっと五つの手が上がる。


「一人足りない分は私が参加します。決定していいですか? では次、同じく女子のソフトボールを希望する人」

 続けて、バスケット、テニス、卓球とメンバーを決めていく。

 おそらくあらかじめ示しあわせていたのだろう。進行はおそろしいほどスムーズだ。


「人数の多いところは、一セットごとにメンバーを入れ替えましょう。もし、団体競技で欠席者が出た場合は、時間のかぶらない種目の人が代わりに出るということでいいですか? 一応、スケジュールは確認してあるので、あとで補欠に名前を入れていいか個別に確認しますね」

 同じ要領で、男子の出場枠も埋まっていく。

(見事なもんだな)

 良いか悪いかは別として、安心感のある仕事ぶりだ。


 結局奈月は、バレーと卓球の両方に出ることになった。

 ソフトボールはやはり人数をそろえるのが厳しいと判断して、バレーは嫌だと主張していた生徒もバスケに出ることに決めたらしい。

 それでも、バレーの面子をそろえるのに二人たりなくて、孝と奈月がかけもちをすることになった。

 他の種目でも、バスケとテニスの両方に出るなど、男子生徒のかけもち率は高い。


(練習からは免れられないか)

 学校に残るのは嫌ではないから構わないのだが、朝はつらい。

 朝練は免除の要望を既に出してある。

 おそらく昼休みにちょろちょろと連携の確認をする程度で許してもらえるのではないだろうか。

(みんなも忙しいんだろうしな)

 受験生だ。時間のやりくりには余念がない。


「質問や意義等はありませんか」

 郁が教室を見回す。

「団体競技は代表者を決めなくてはならないそうなので、チームごとに話し合って、決定したら私のところに報告に来てください。明日の放課後までにお願いします」

 ここで教師が引き継いで、メンバー表を確認すると、「要領が良くてうれしいわ」と言い添えた。


 郁と西野が席に戻り、担任の戸山から連絡事項が伝えられる。

「練習は明日以降、昼休みにはグラウンドや体育館で機材が使用できるようになってるから。もしそれ以外で練習を行いたい場合は、職員室の入り口に置いてある使用許可証を使うように」

 皆が返事をして、戸山はバインダーを閉じた。

「では、本日は以上。期末試験や模試も気になるのはわかるけど、気もそぞろでいると怪我をするわ。切り替えも大事だから、楽しんで参加しましょう」


「ホームルームを終わります」

 戸山の合図を受け、日直が号令をかける。

「礼」

 さようなら、と言いたいところだが、十分間の休憩時間だ。


 ひとつ前の席の沙也がふり向いた。

「奈月が卓球を選ぶなんて意外だわ。一緒の種目ね、頑張りましょう」

「沙也は不思議と学校行事に積極的だよね。僕は単に、マイペースで取り組めそうだから選んだんだけど」

「卓球、面白いわよ。練習相手になってくれない?」

「沙也の? いいけど、役に立てるとは思えないな」

 沙也は卓球が上手い。ピンポンではなく、きちんと卓球の形が出来ている。


「いいの。腕前は問わないわ。一人でやっても勘が取り戻せないもの」

「わかった」

「学校だとわずらわしいから、週末に公民館に行かない?」

「いいよ。ただし午後からね」

「もちろんそうね」

 万事わきまえてると言いたげに、沙也はうなずく。


「出かける前に連絡するわ」

「頼むね」

 週末の午前中など、起きられる気がしない。

 沙也が前を向いて学習道具をあさりだしたので、奈月は席を立って廊下に出た。


「あれ、奈月どこ行くの」

 西野に声をかけられて、足をとめる。

「トイレ」

「おう。あとでさ、練習時間話し合おうぜ」

「バレーの?」

「そ」


「んー、リーダーも決めないとならないんだっけ」

「桃川がさ、中学んときにバレーやってたんだって。アイツでいんじゃね」

「へえ。それはいいな」

「部活入ってるヤツは出ちゃだめっていうけど、前やってたぶんには構わないだろ。経験者がいるのはラッキーだよな」

「ん、わかった。じゃあまた」


 と、背を向けたところで端末がメールの着信を伝える。

「っと」

 画面を展開すると、送信者と件名が明らかになる。

 送信者名は、『篠山 香奈』。件名は空欄だ。

「香奈さんだ」

「メール?」

「うん」

 ざっと文面に目を通す。『メロンもらっちゃった。食べに来て。ついでにスーパーで生ハムも買ってきて』とのこと。


「何て?」

「いつものおさそい。孝も行く?」

「行かない。奈月の兄ちゃんおっかねーもん」

「そうかな」

 おそらく兄は今日は不在だ。いるなら香奈は、そちらにおつかいを頼むだろう。

 奈月はだまって、『はい』と、返信を書いた。


 電源を落として思う。

 メロンに生ハムなんて、別々に食べたほうがおいしいに違いない。

(キュウリも買っていって、生ハムはそっちに巻いて食べようかな)

 トマトに砂糖とか、スイカに塩とか、どんな工夫も余計である。

 フルーツはそのまま食べたい。

 イチゴにコンデンスミルクをかけるなんて、もってのほかだ。

 ゆずれない一線がそこにはあった。

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