Ⅳ
「だから!そういうこと罰ゲームの相手に言わなくていいから。ていうか本命がいるんだからそっちと付き合えばいいじゃん。彼女とは両想いなんでしょ?…キスしてたんだから!」
頭が真っ白になるってこういうことなんだろうか。
どうして。どうして涼さんが知ってるんだ。
まさか見られた…?でもそうとしか考えられない。
あまりの衝撃に茫然となり、意識を取り戻した時には既に電話は切られた後だった。
慌てて掛け直しても、ツーツーと電子音が虚しく鳴り響き、徐々に焦りで気が狂いそうになる。
-俺が好きなのは涼さんだけだ!
-あの後輩とも付き合ってなんかない!
どんなに反論したくても、相手と繋がらなければ意味がない。それでも俺は繋がらない電話とあて先不明で返ってくるメールを延々と繰り返すしかなかった。それがもう手遅れであると理性ではわかっていても、もしかしたらという一縷の望みに縋るしか、それしかできなかったから。
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翌日登校すると、何人もの友達に「顔色が悪い」だの「寝不足?」と心配されてしまった。ああ、俺って涼さんがいないとダメなんだな。彼女に愛想を尽かされたという事実は、予想以上に俺を憔悴させているらしい。
「哲哉、何があった?」
こんな情けない俺、例え幼馴染の駿でも言えないよ。それに、駿はなんだかんだ言って、俺の背中を押してくれるイイ奴だ。きっと駿だったら大事なものをしっかり守るんだろうな。俺もそうなれればよかった。
「ははっ」自分の口から出たとは思えない乾いた笑いを意識の遠くに感じながら、どうにか言葉を絞り出した。
「振られた。涼さん、罰ゲームのこと知ってたんだ。」
多分それで全部わかったんだろう。「そっか。」という一言と、ポンと肩を叩かれ、並んで教室へ向かった。やっぱり駿は優しい。なんで一緒に育ってきたのにこんなに違うんだろう。
理不尽にも駿が罰ゲームなんて余計なことをしなければ、なんて醜い思いを抱いてしまう。
-違う。俺の自業自得だ。
見ているだけで動けなかった自分も。きちんと説明もせず、彼女を悲しませた自分も。くだらない理由で彼女を裏切った自分も。ここまで来てもちっぽけなプライドが捨てられない、軽蔑されたくないと最大の理由を話さない自分も。
こんなに汚い俺にはきれいな涼さんに近づく権利もなかったのかもしれない。
いつから俺はこんな人間になってしまったんだろう。胸が痛い。張り裂けそうだ。
でも涼さんにした行為を思えば、これは当然の罰なんだろうか-。
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早いもので、あれから数カ月が経ってしまった。
あの日からしばらくは、涼さんの大学へ行ったり駅で待ち伏せたりしたものの、当然避けられているのか彼女と会うことはなかった。数週間後、漸く駅で涼さんを見つけたが、先に気付いた向こうがあっという間に立ち去ってしまい、改めて彼女に嫌われたんだという事実を突き付けられただけだった。
彼女に避けられたことも痛かったが、それ以上に綺麗になった彼女に驚きと動揺を隠せない。
前から綺麗だとは思っていたけど、今日見た涼さんは今までより段違いに磨き抜かれた美しさで。思わずそんな立場ではないのに見とれてしまった。例えるなら一目惚れというか。涼さんと別れてから色あせていた日常が、急にキラキラと見えるという不思議現象。
しかも、その後も時々涼さんを見かけたんだけど、その度に涼さんが綺麗になっていくのがわかる。そんな涼さんを駅の隅から見つめて(決してストーカーの第二歩ではない)幸せな気分に浸っていたが、ある時ふと疑問に思ってしまった。
涼さん、誰かの為に綺麗になったんですか。
一度考えてしまうと、次から次へと悪い予感がしてくる。
もしかして、好きな男ができたんじゃないか…。
どうしよう。もう立ち直れない。折角最近は涼さんを遠目にでも見られて、気分が上がっていたのに。でも当たり前だよな。俺みたいなしょうもない奴より、誠実で優しくて涼さんだけを大切にしてくれる人を選ぶのは正解だ。それに、あんなに綺麗な人を放っておく男なんていないんだから。
もう涼さんのことはきっぱり諦めた方がいいのかもしれない…。
頭ではわかっていても、心が拒否する。俺はこんなにも彼女を求めているのに!
どうしてあの時もっとよく考えなかったんだろう。どうして彼女を傷つける選択をしてしまったんだろう。
あれがなければ、今頃俺の隣には涼さんが笑っていてくれたのかもしれないのに。彼女が他の男と一緒にいるかもしれないと考えるだけで、真っ黒な嫉妬心でおかしくなりそうだ。
最近では涼さんの顔を思い浮かべるだけで泣けるようになってしまった。本当に情けないことこの上ない…。
着信拒否されるとどうなるのかわからなかったので、このような表現になりました。
電話→お話中
メール→あて先不明で返送