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そうして悩みながらも交際は順調で、気付けばあの日から二カ月が経とうとしていた。
大学も後期が始まり新しいカリキュラムとなって、嬉しいことに水曜が丸一日空きとなった。まあこれ幸いと図書館に通い詰めているから、変わり映えのない日々と言っていいだろう。
暑さも漸く和らいだこの日も朝から本の世界に浸っていたのだが、ふとのどが渇いたので自販機へ行ってみた。
‐この時行かなければ良かったのに。
そこには彼と同じ高校の制服を着た女の子3人が、勉強の合間の休憩なのか、楽しそうに話しながら自販機前のソファに陣取っていた。自分も一年前までは女子高生だったはずなのに、妙に彼女たちが眩しく見えるのはなぜだろう。
そんなことを考えつつ、あの空間に入って行くのは厳しいなーなんて迷っていた時だった。彼女たちの口から彼の名前が出たのは。
嫌な予感をおぼえつつ、その場を立ち去らなかった私は、本当の馬鹿者だ。
「…もう先輩のことあきらめちゃおうかな」
「なんで?!だって相手大学生だよ?!おばさんじゃん!」
「そうだよー、絶対あんたのが可愛いし。先輩だってすぐ目覚ますでしょ。」
「だよね!前に先輩とおばさんが一緒に歩いてるの見たけど、まじないわーって感じだったよ。服もだっさいし、化粧もなんかねー。同じ女とは思えない!」
言葉が物理的攻撃力を持っていたら、たぶん今瀕死状態だと思う。あんたたちだって何年かすれば立派なおばさんだし、だいたい若いからって何でも許されると思うなよ…!!
怒り狂う頭の半分で、やっぱりな…と諦めの気持ちが。他人から見ても似合ってないんだ。私の精一杯は彼女たちにすれば失笑もので、もしかしたら彼だって同じように思っているのかも。だからかな…手も握ってくれないのは。自分から言い出したから仕方なく会っているけど、本当はもうやめたいのかな?
負のループでぐるぐるの思考に、止めの一撃が。
「先輩があの人に告ったのって、罰ゲームだかららしいよ!」
気付いたら自分の部屋だった。いつどうやって帰ってきたのか分からないが、もう外は真っ暗で、どうやら何時間も床に座り込んでぼうっとしていたらしい。
…そっか、罰ゲームだったんだ。
告白の時、真剣な顔をして少し赤くなっていたのも。付き合うと返事をした時の嬉しそうな顔も。他愛のない話もちゃんと聞いてくれて優しかったのも。待ち合わせでいつも先に来て待っていてくれたのも。
全部嘘だったんだ。
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あれからなんとかメールだけは時々返していたけど、彼とはほとんど連絡を取らなかった。「体調でも悪いの?」と心配したメールが届いたけど、それすらもゲームの一環かと思って面倒だった。もうやめてくれていいのに。
そして月曜日。彼に終わりにしたいと伝えることにした。
運よく?今日の最後の授業である4限が休講になったので、少し気持ちを落ち着けて、待ち合わせの公園へ早めに行く。もう考え続けるのも疲れた。だったら自分で終わらせるしかない。
だけど、やっぱり私はタイミングが悪い。公園の入り口に到着した時、奥のあまり人目につかないような所に彼がいた。あのとき図書館にいた女の子と一緒に。
心臓がおかしなリズムを刻みだし、全身から汗が噴き出している気がする。「見てはいけない」と本能が叫んでいるのに、目が体が動かない。もう傷つきたくないのに!
硬直している私になんてこれっぽっちも気付かず、向かい合って話している二人。傍から見てもお似合いだった。スポーツマンの好青年と、可愛らしい彼女。ふわふわの髪と大きな目、ピンクの頬と華奢な体つき。私がこうなりたいと憧れる「女の子」がいた。
罰ゲームは彼じゃなくて私のだったんだろう。何か悪いことしたかな?でもそうじゃなきゃ説明がつかないじゃないか。自分の目の前で彼がゆっくりと屈んでそして…彼女にキスするのを見るなんて。
気持ち悪い。人生初の告白に浮かれた自分も。彼と釣り合うように努力した自分も。他人に笑われても彼だけは違うと、僅かな希望を捨てられなかった自分も。
全部なかったことになればいいのに。どうしてまだ悲しいと思うの。今は感情なんていらない。
そしたらこの涙も消えてくれるだろうに。