旅立ちの日 夕方 その一
元服を不完全ながら終え、今は恩師ロキの下に向かうために村を歩いている。
旅芸人であった彼のことだ、もしかすれば女心を知っているかもしれない。
ただ、留守の可能性もある。
居るといいのだが。
「おや、坊やじゃないか」
声をかけられた。向いて見ると。
「二日振りだね」
「そうですね、師匠」
恩師ロキが居た。
手には何かを包んだ風呂敷を持っている。
「今、知り合いが来ていてね」
「丁度、君のことを紹介しようと思っていたところだ」
付いて来たまえ、と言ってロキは進んでいった。
用がある以上、付いていくしかない。
溜息を一つ吐き、師の後を追った。
「お待たせ、いま帰ったよ」
「お邪魔します」
師に次いで家に入る。
「あっ、これ持って客間に行ってくれる」
師は俺に風呂敷を渡すと外に行ってしまった。
仕方がないので土間で履物を脱ぎ、客間に向かう。
師匠会心の庭が眺める客間、襖を開くと、そこには簀巻きにされた灰色の狼男とそれを眺める麒麟の少女が居た。
二人がこちらを見る。
俺は風呂敷を置いて、部屋の座布団を一つ敷き、そこに座る。
誰も喋らない。
特にする事も無いので、二人を見る。
簀巻きにされている狼男はどうやら口吻も縛られているようだ。
何かを訴えるような目でこちらを見ているが、俺にはわからない。
麒麟の少女は、本当にただこちらを見ているだけだ。
焦点は合っているが興味は無い、と言わんばかりの瞳を向けている。
これ以上、得る物は無さそうなので庭を眺めると。
「あっ、見つかっちゃった」
師匠がいた。
「バレちゃ、しょうがないや」
そう言って、庭から客間に上がる師匠。
「それじゃあ、紹介するね」
こちらに掌を返して向け「彼が竜牙君」
そして、あちらに掌を返して向けて「簀巻きになってる彼は狼牙君。麒麟の彼女は麟ちゃん」と紹介した。
「大主 竜牙です。師がいつもお世話になってます」
そう挨拶をする。
「ところで、竜牙君。気になる事は無い?」
師が問いかける、しかし。
「いえ、特にはありません」
「……簀巻きになってる彼を見ても?」
「何か狼藉を働いたから、こうなったのでは」
一瞬、男いや狼牙のショックを受けたように尻尾が立ったが、まさか。
師を見ると、高々と看板を掲げていた。
書かれている文字は。
「ドッキリ、大成功!」
確認と同時に俺は狼牙を簀巻きから解放した。
「大丈夫か」
抱き起こし、口吻の紐を外して問う。
「うぅ、何とか……」
酷く憔悴しているようだが命に別条はなさそうだ。
「いや~、手品や戦い、旅の仕方は及第点だけど、悪戯に関しては落第だね」
僕も甘いなぁ、と師はぼやく。
「あんな悪質な物は、悪戯の範疇にあるわけがない」
文句を垂れると。
「残念、僕の故郷じゃ範疇です」
返され、埒が明かない。
俺は、今日中に旅に出れるのだろうか?
思いもよらない騒動に頭をなやませた。