酒宴
湖の水面に降り立つと、酒の匂いがした。
余りの濃厚さに、酒に弱い奴ならそれだけで酔いそうだ。
背中に居る二人は大丈夫だろうか?
気になり、声をかける。
「二人とも、大丈夫か?」
「私は大丈夫。だけど、お母さんはダメみたい」
空中に水鏡を作り確認すると、狼牙は目を回していた。
多分、鼻が良いせいだろう。
狼牙のことを考えれば、酒の匂いから逃れるべきなんだろうが……。
「オーイ、三人共、早く来い」
既に屋形船が己達を包囲している。
上空にも何故か船が浮かんでいるため、逃げられない。
「行くしかないのか……」
「そうみたい」
とりあえず、麟が居た屋形船に行くことにした。
屋形船に水面を歩いて接近し、背中から屋形船へ、水を斜面状にして凍らせる。
そこに麟が狼牙を滑らせた後、麟もすべり降りる。
それを確認してから、己も人型になり、屋形船に降りた。
屋形船に降りた己達を、麟を連れて来てくれた村人が迎えてくれた。
「やっと来たか、宴は始まってるぞ。
好きなだけ、食べて、呑んで、吐いて、出していけ」
村人はそう言って、己達を宴をしている座敷に押し込んだ。
座敷には、酒の匂いがこれでもかと言う程充満しており、酒にかなり強く無くてはマトモに立って居られない。
事実、麟は千鳥足になり、狼牙に至っては痙攣し始めた。
それなのに……。
「なんで、誰も倒れてないんだ」
村人は誰一人として倒れておらず。
ドンチャン騒ぎをしながら飲み続けている。
そこら中にコロガル瓶から一本手に取り、嗅いでみる。
瓶の中は実に美味そうな匂いと強い酒の匂いで、嗅ぐと頭の中にパチパチと火花が散る錯覚をした。
「こんな物を呑んでいるのかぁ」
何だか少し、呑みたくなる。
少しだけ、少しだけなら……。
そう思い、ふらりと宴会の喧騒に近づき長机に置かれた杯を一つ取り。
そこらにある瓶を一つ取り。
注いだ。
杯に酒がトクトクと、音を立てて入って行く。
飛び跳ねた水滴が鼻に着き、酒の匂いを己に伝える。
甘くそれでいて爽やかな匂いは、まるで熟れた果実のようだ。
そして、満杯になった杯を見て思う。
この酒は間違いなく美味い!
杯の中身を零さないように、慎重に口運び傾ける。
酒は舌に当たった途端にパチリッと弾け、その匂いと味を口内に広げた。
「!!」
一瞬にして広がるソレは、己を驚かせるには充分だった。
頭の中に火花が散り、雲の上にでもいるような酩酊を与えられる。
これなら、幾らでも呑める。
そう思ったのは、既に二杯目を煽り三杯目を注いでいる時だった。
つまり、ちっとも少しじゃなかった訳だ。
己の酒宴は長引くに長引いた。
瓶を空けると他の瓶へと呑み続けた。
時には、婿殿、と注がれて呑み。
時には、勝負、と挑まれ呑み。
時には、愚痴、と絡まれて呑み。
屋形船から遂に酒が無くなると、別の屋形船に乗り込んで、ちゃかり呑み。
それも尽きたから、今度は湖の水に森の果物と酒の精を加えて呑み干した。
とうとう、呑む物が尽きてしまった……。
感慨に目を閉じる。そしてやっと思い出した。
「しまった……二人のことを忘れてた」
頭に手をやり、空を仰ぎ見る。
空には、所々に穴の空いた黒い幕が張られていた。
「いや、これは夜だ」
認めたくない現実である。
この後のことが非常に不安だが、全て酒が美味いのがいけないのだ。
そんなことを考えていると、視界の隅に地面に突き刺さる槍が目に入った。
「これも何かの縁だ。お前も付き合え」
とりあえず回収した。
さて、と振り返り後ろを見る。
目に入るのは空中に浮く屋形船。
その一つには二人も居る。
そう……。
「あの禍々しい空気を発している船に……」
発信原は狼牙に違いない。
いや、あの空気を醸し出すことが出来る存在はアイツ一人で居て欲しい。
ため息を一つ吐き、その船に向かう。
間違いなく、説教はされるだろう。
「あぁ、全く、厭な話だ」