一週間の道のり 最終日 夜の二
注意!
デウス・エクス・マキナが使用されました。
見えない。
何も見えない。
真っ暗で、何も見えない。
卵の中みたいに真っ暗で、何も見えない。
温かさと懐かしさ、見えない外への期待、けれど出れないもどかしさ。
俺には、外に出る力がないのだ。
厚い殻は、まだ破れない。
卵の中に、懐かしい気配をかんじた。
あぁ、母さんだ。
柔らかな空気と、澄んだ水の香り、母の纏っていた気配がそこにはあった。
「あぁ母さん、俺はもう疲れたよ」
瞼を閉じ、眠りを願う。
『もう、お休み?』
「構わない、俺には何もできないから」
『あの二人が居るのに?』
「……」
『本当に、心残りは無いの』
母さんの声が心に響く。
「俺は……」
深く、深く、考える。
家族と過ごした日々を。
暖かく、安らかで、静かな日々。
復讐を誓った日々を。
熱く、苦しいく、荒々しい日々。
そして、二人と過ごした日々を。
穏やかで、緩やかに、流れる日々を。
あぁ、そうか……。
『何か、分かったの?』
「あぁ」
あの日々を大切だという思いが嘘でないことが。
流動することを不変とし、全てを受け入れ、流れること。
その大切さを知った。
『全ては止まることなく過ぎ去る。水の極意は、それを良しとすること。
もう、過去に囚われることも無いでしょう。
ドラクル、貴方を認めます。』
心に温かいモノが流れてくる。
それは、血と同化して身体中を巡る。
暗闇が水に満たされた。
満ちた水は圧縮し、丸くなり。
俺を包み込んだ。
身体が水に解けてゆく。
残るは、俺と母の泪と意識。
水は伸び縮みを繰り返し、その有り様を模索している。
『水は、心を写す鏡。
間違えれば呑まれる。
きをつけなさい』
流動する水は、母の泪を溶かし込む。
水には、母の意識すら含まれた。
水には、母の一族の意識が溶け込んでいる。
途切れることなく流れる川のように、全ての意識が流れる込む。
それは、激流。
意識の奔流に呑まれそうになる。
「俺は……」
心に写るは五人の姿、両親と麟、そして二人の狼牙。
「守りたいんだ!今度こそ!」
水の流れが止まる。
象ったるは、流線状の肢体、身体は長く深青の色をした鱗に覆われ、前足と後ろ足の間隔が広い。背中には鬣が生え、頭には鹿の角と長い髭が生える。
正しく、龍であった。
しかし、「羽は、生えたままなのだな」
父の名残りか、その背中には皮膜の翼が生えたままだった。
母の一族全ての力が己の中に流れている。
孵化の時は来た。
龍は暗闇の中を飛ぶ。
大切な者を守る為に……。
燃え盛る村、横たわる竜の肢体。
そこに雨が降り始めた。
「これは……」
狼牙は驚く、竜の身体が雨水の水球に包まれたからだ。
「返して!妾のモノ!」
狼牙は雨水に手を伸ばすが……、
「痛っ!」
弾かれた。
見てみると水球の水は、凄まじい勢いで循環している。
中を見ると水により、千切れ、すり潰され、身体を崩してゆく竜の姿が見えた。
「アァァァアアア‼」
絶叫を上げる内に、竜の姿は水に溶けた血の色で隠されてしまった。
村の火事は鎮火し、雨は止んだ。
残されたのは、放心する狼牙と血色の卵。
「…え…て」
「…えして」
「かえして!」
「返せ!」
「妾のモノだ!妾の!妾のモノなのに……」
「お願い…お願い…お願い!お願い!お願い!」
「返して……彼を……返して」
村に狼牙、慟哭す。
しかし、血色の卵は動かない。
拳は弾かれ、火は通じず、木は砕かれ、土は流された。
なす術の無い狼牙は、ひたすらに願うばかり。
神すら恐れなかった彼女が何に願うのか?それは愛に。
歪みきった愛は、その炎を激しく燃やす。
しかし、火種が尽きれば残るのは燃えかすだ。
無気力になった彼女は、呆然と卵を見ていた。
ピシリ、と卵にヒビが入る。
「あっ」
彼女の顔に生気が戻る。
それを皮切りに、卵はどんどんヒビ割れていき。
ついに、龍が現れた。
「待たせたか?」
「遅いです」
対峙する狼と龍。
時間があって落ちついたのか、狼は上顎から背中が黒く、下顎から腹と内側が灰色に戻っていた。
「流石に今回はやり過ぎだ」
「……」
狼牙は罰の悪そうな顔をする。
それを見たがコレは変えられない。
今後の為に必要なことだ。
口を開く。
「決闘だ。己が勝ったら二度とこんなことをするな。お前が勝ったら……」
意見を求めるように、目配せをする。
狼牙はそれに、すかさず答えた。
「妾から離れないで」
今のコイツには、これしか無いのだろう。
そんな約束なんぞ無くても離れぬのに……。
「成立だな」
「はい」
負ける訳にはいかない。
彼女は、炎だ。
今までの俺と同じで、火種を燃やしてばかりいる。
「その炎、己が消してやろう」
「いきます!」
狼牙は苦無を作り、投げつけて来る。
苦無は風を切り、岩に刺さる処か風穴をあける早さだ。
しかし、「無駄だ」
己が纏っている流水の膜に弾かれた。
「なら!」
手のひらに炎を球状に凝縮し、投げる。
身体に到達する前に、またしても流水の膜に敗れた。
「まだまだ!」
手の内に二つの小太刀を持ち、高速で近づき。
残像が見える早さで四方八方から切りつけられた。
それでも、己には届かない。
「ハァハァ」
息切れを起こす狼牙。
「もう、終わりか?」
悠然と空に浮かぶ己。
分かり切っていた結果だった。
圧倒的に力の差違がある火焔や、差違の少ない土でもない限り流水の膜は破れない。
「まだ…ハァ…やれます…ハァ」
「呼吸も満足にできておらぬが」
「弱点…ハァ、スゥー…見つけましたから」
途端、身体中が妙な圧迫感に襲われた。
「これは……、空気が蠢いているのか!」
圧迫感はどんどんと大きくなり、とうとう流水の膜を凍りつかせた。
「何だと」
驚きに身を固めると、苦無が飛んで来た。
避けようと身を攀じるが……。
「間に合わないか」
苦無が凍った流水の膜を砕いた。
「つ、か、ま、え、た」
何時の間にか、狼牙が己の背に乗っている。
振り落とそうと、のたうつ様に飛び回るが離れない。
「もう、離しませんよ」
角の辺りから熱を帯びた声が聞こえる。
角に紐のような物が巻きつけられた。
己は辺りに水球を作り、それを狼牙に放つが上手く狙えない。
「ねぇ、竜牙さん。逆鱗というのをご存知かしら」
言うと狼牙は己の頭から飛び降りた。
逆鱗、それは顎の下にある龍の弱点だ。
「まさか」
気づいたが、もう遅い。
横顔に紐が巻きつく。
おそらく、その先には狼牙がいるのだろう。
巻きつく紐は、狼牙を下顎へと導いた。
狼牙の足には炎が纏われている。
その足が勢いよく逆鱗に刺さった。
そして纏われた炎は足の裏に集い、火柱を吹き上げる。
ギィリィィィィヨン!
鋭い痛みと焼ける感覚に己は悲鳴を上げてしまう。
平衡感覚を失い、空中に浮かび続けることが出来なくなり、落下する。
満足に身体を動かせなくなり。
ただただ、地面の上で藻掻くばかり。
焦げた顔が地面に擦れる痛み、落下した鈍痛、逆鱗を触られた怒り、情けない自分に対しての怒り。
頭の中には様々なことが浮かぶも、身体は思うようには動かない。
己の顔を覗き込み、狼牙が言う。
「……妾の勝ちでよろしいでしょうか?」
喜びに爛々と輝く瞳、口元の笑みに、千切れんばかりに振られる尻尾。
間違いない、彼女は勝利を確信している。
それに己は、必死に不敵な笑みを浮かべて答える。
「まだ…まだ…」
悪手かもしれないが、まだ手段はある。
思い通りの答えじゃない事で、眉間に皺を寄せる彼女の前で。
人型になる。
身体が縮み、胴は短くなる。
腕と足は伸び、二足歩行を可能にする。
全身を覆う深青色の鱗の上に、白い布地に青い龍が巻きついた柄の着物を着た。龍人がそこに現れた。
「第二戦、なんて出来ないが……最後の賭けだ」
懐から槍を取り出す。
一体どんなことになるのか、まったくわからない。
願わくば、状況を打破する武器よ……。
「来い!」
槍がゆっくりと形を変えていく。
柄は伸び、先端は三つ又に分かれる。
「何だ……これは」
名称すら分からない、三つ又の槍。
使い方なんて、ちっとも浮かばない。
「もう、仕掛けても?」
掌の炎を握り潰しては点けるを繰り返し、狼牙は言う。
万事休すか!
その時、声が聞こえた。
「そいつは、トライデントだ!地面に突き刺せ!」
声の方を見てみると、村人達が遠巻きに居た。
「何、見てるんです!」
火球を村人達に投げつける狼牙。
「おい馬鹿、止めろ!娘の晴れ舞台は皆で見るもんだろうが」
「貴方達は、騒ぎたいだけでしょ!」
止まらない狼牙、逃げ回る村人。
それを尻目に己は……地面に槍、トライデントを突き刺した。
喧騒の中、地面に槍が刺さる音は奇妙な程に響いた。
「や、やりやがった」
「お前が教えたんだろ、責任取れよ」
「バッカ、あんなん止めんの無理だって」
村人達から不穏な声が聞こえる。
一体何が起こるんだ?
その答えは、存外早くに来た。
地の底から何かが這い上がるように、地面が揺れる。
空には雷雲が立ち込め、辺りが更に暗くなる。
そして、その時はきた。
雷がトライデントに落ちる。
トライデントは、そのエネルギーを地の底へと流し、這い上がるソレを後押しした。
「来るぞ!総員退避!」
地面が盛り上がり裂けていく。
そして、裂け目から巨大な間欠泉を吹き上げた。
「……儂の洪水、再び?」
「元院長のよりはマシだよ」
さながら龍の如く空に登る水流。
先端は雷雲の中に入り、鉱物を含んだ水流は雷を帯びた。
「狼牙」
「なんでしょうか?」
「一時休戦としよう」
「そうですね」
己は慌てて龍の形態に戻り、狼牙を背に乗せる。
村人は……単身で飛んでたり、何時の間にか千里先に居たりしてるからきっと大丈夫なんだろう。
水流は落下を始めた。
初めは、雨のような水滴がまばらに降る。
それは段々と激しさを増し豪雨となり、そして。
噴水の様に落ちた。
勢いよく落ちた水は津波のように大地を流し、村を飲み込んだ。
全ては水の中へ……。
「こういうのをゼウス・エクスマキナと言うんですよね」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
轟音にかき消され、狼牙の呟きは聞き取れなかった。
随分と時間が過ぎ……。
水流は落切り抉った地に溜まり、湖となった。
雷雲は去り、何時の間にか朝日が昇り始めていた。
鉱物を含んだ水は、朝日に照らされ様々な色合いを作り、幻想的な風景となった。
「綺麗……」
「そうだな」
己は穏やかな水面に降りる。
触れると水面は、波紋を作り。隣の色と混ざる。
「歩くぞ」
「はい」
四つ足で水面を動く。
その度に、湖の色は変わっていく。
「お~い、二人ばかりずるいぞぉ」
楽しんでいると森から声がした。
見てみれば、屋形船を何艘もうかべている。
「いやぁ、良いものを作ってくれた」
「おかげで、美味い酒が飲めそうだ」
「早く来い、祝い酒だ。主役と婿殿がいなけりゃ始まらん」
屋形船の中に居る村人達は、今から酒宴を開くつもりらしい。
「まったく村が潰れたというのに、随分と暢気だな」
「なぁに、どうせ年に一度位しか使わん村よ。幾らでも潰してくれ。
それよりも酒だ酒、早く来い」
皮肉るも、酒の前には意味を成さぬようだ。
「それよりもこれを麟にも見せてやりたい。仲直りにも丁度良い」
「そうか、なら、麟を呼んでこよう」
村人の一人が座敷の奥へと行き。
麟を連れて、戻ってきた。
「ほら、麟。狼牙が仲直りしたいとさ」
村人が麟の背中を優しく押す。
麟と狼牙の目が合った。
狼牙は麟に手を差し伸べた。
「……」
麟はその手を見つめ、
「麟……」
掴んだ。
狼牙の手を助けに、麟は己の背に乗る。
「ここは人が多い、上に行くぞ。揺れるから気をつけろ」
声をかけて、ゆっくりと湖の周りを回りながら螺旋状に上がっていく。
そして、湖の全体が見える位置で止まった。
見下ろす、湖は太極図のように無色の水と、色付きの水とで分かれている。
「さぁ、ここなら誰にも聞こえない。
三人で存分に話そう、全て嘘偽り無くな」
これで、何時でもソードマスターヤマトが出来ます。
次回から副題が変わりますが、間違いなくこの話の続きですので……。
ところで、っ禁帯出っ。
どうします 読みます?
一つ言うと、今回以上の超展開にプラスして、もっと強力なデウス・エクス・マキナが発動します。