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竜の詩  作者: lyuvan
23/30

一週間の道のり 六日目 夜


霞がかったようにぼんやりとした気持ち。

そんな気持ちで空を駆ける。

私は結局、母を守れなかった。

それどころか、逃げてしまった。

変貌し狂ってゆく母を見て、恐ろしくなった。

竜の血肉を喰らい、恍惚とした表情を浮かべるアレを母と信じたくなかった。

人の状態だからあの程度で済んだのだ。

もし、狼人だったら……。

考えるのはやめておこう。

始めの内は、母さんだったし、アレの片鱗が少しあっただけだ。

三日目の夜には、一時的になり切りだして。

四日目には、半ば混じっていた。

五日目には、少し暴力的だけど竜を鍛えるのが目的だった。

だけど今日は違う、間違いなく竜を殺す気でいた。

母さんを信じていたから、母さんが何とかできるからと、言ってたから。

待ってしまった。

アレは、直ぐに消すべきだったのに……。

空はイヤになるくらい澄んでいて、星の光が私を苛む。

「ゴメンなさい」

優しい母さんを守れなかった。

私は、悪い子だ。

助けられてばかりで何も返していない。

私は一体何を望んでいたのか?

母さんの幸せなのに。

気付けばいない。

私では救えない。

なら、頼るしかない。

母さんが言うには出雲に神が居ると言っていた。

きっと助ける術を知っているに違いない。

けれど、もし無かったら……。

その時は、私の手で。

決意を胸に空を強く蹴る。

目的地は出雲。

全てを清算するために……。





時は少し遡り、森の中。

もう日が沈む頃。

「……寝過ごした」

竜牙が目を覚ました。

身体を触り、傷の状態を診る。

腹の傷は既に塞がっているが、目が復活するにはもう少しかかりそうだ。

身体は良い、問題なのは時間だ。

余裕を持って見当をつけていた一週間という期間。

このままだとそれに間に合わない。

「少しノンビリし過ぎたな」

あの二人と居る時間が心地よくて。つい、長引かせてしまった。

「楽しかったなぁ」

竜の十六歳、本当なら遊びたい盛りだ。

奪われた時間を思い出させてくれた。

あの二人には感謝している。

だからこそ、これ以上巻き込めない。

「少し怖いな」

出雲を前にして、逃げたくなった。

死にかけて、生きたくなった。

もっと、二人と過ごしたい。

もっと、生きていきたい。

生きることへの欲。

俺は、それを忘れていた。

だからこそ、行くと決めた。

「幸せになるんだ」

全部終わらせて、生きて二人の所に行こう。

もう、復讐だけじゃない。

幸せになるために、過去を清算するんだ。

「急ごう」

二人より先に出雲に行って、明日は二人と過ごして再会を約束しよう。

大陸の教団がどれ程強くても、負ける気なんてない。

何せ俺には負けられない理由があるのだから。

竜に変化する。

同時に、何かが変わった気がする。

「イクゾ」

翼を広げて、何時もより綺麗な夜空へと、飛び立つ。

目標は出雲。

世界を楽しむようにゆっくりと飛ぶ。

「アァ、セカイハ、カクモ、ウツクシイ」

気持ち一つで世界がこうも変わるとは……。

感動していると、馬の蹄が地面を蹴る音が後ろから聞こえてきた。

振り向くと一匹の麒麟がいた。

「キリン、トハ、メズラシイ」

急いでいるのか、相当な速さで近づいてくる。

ん?近づいてくる。

よくよく見てみると、麒麟は目を瞑っていた。

「マサカ」

顔の鱗が青色に変色した気がするくらい、血が下がる。

麒麟は間違いなく、こっちに向かってきている。

「オイ!」

怒鳴るが麒麟は止まるどころか、気づきもしない。

それどころか……。

「ナニヲ」

微弱な電気のラインを直線状に引く。

魔力の質から負と正が交互になっていることが分かった。

嫌な予感がする。

麒麟が足に電気を纏った。

右と左の足に負と正の電気が……。

右足が正の電気を踏むと弾かれたように前に飛び出る。

相当な負担が掛かる行為だ。

俺は麒麟の身を案じてしまった。

「ムチャダ、ヨセ」

しかし麒麟は止まらない。

それを繰り返す度にどんどんと速くなる。

このままだと不味いことになる。

麒麟を止める為に、構える。

踏ん張りの効かない空中で随分な無茶をするものだと考えるが。

麟と同じ麒麟を見捨てたくはなかった。

「トマレ!」

その言葉に麒麟は止まる事なく走り続けて……。

俺に直撃した。

麒麟の角が深々と腹に刺さる。

想像以上の強さで吹き飛ばされそうになったが何とか耐えた。

麒麟をしっかりと抱きとめる。

麒麟もそれには気づいたのか、足を止めた。

「フゥ、イッタイ、ナニヲ、イソイデ、イル?」

腕の中にいる麒麟に問う。

麒麟は震えているようだ。

落ち着かせる為に頭を撫でてやる。

「どうして?」

頭に麟の声が響く。

となると……。

「オマエハ、リン、ナノカ」

「うん」

見てみると、麒麟の顔には確かに麟の面影があった。

「ロウガハ、ドウシタ?イッショジャ、ナイノカ?」

問うと、麟は目から涙を流した。

一体、どうしたのだろうか?

「マサカ、テキニ、ヤラレタノカ!」

「違う」

角を腹から引き抜き、首を横に振る麟。

「ヤラレテハ、イナイノダナ」

俺は答えに安堵する。

しかし、麟は俯き悲しんでいる。

狼牙はこういう時、麟に何をしていただろう?

確か、抱きしめていた 。

思い出した俺は、それを実行する。

キツくしないように、怯えさせないように、優しく、そっと、けれど強く抱きしめる。

「カナシムナ。

オレガ、イル。

ダカラ、タヨレ。

オレハ、ミカタダ」

麟の震えが止まる。

そして、俯いていた顔を上げた。

その瞳には哀しみがあった。

「お母さんが、壊れたの」

その一言を皮切りに狼牙の事を話す麟。

その話によれば、女になったせいで壊れてしまい、それを治す手が出雲にあるかもしれない。とのことだった。

「ソウカ、ソンナコトニ、ナッテイタノカ」

「私は守れなかった」

語り終えた麟は不安と哀しみで再び俯いてしまった。

そんな麟の頭を撫でて励ます。

「アンズルナ、アレハ、ツヨイ」

「どうして、そんなことが言えるの」

意気消沈とした声。

「アレハ、オマエノ、ハハダ。アレガ、オマエヲ、オイテ、ユクワケガ、ナイ」

「そうかな」

少し明るくなった声。

「キット、カエッテクル」

「少しだけ、信じてみる」

多少は元気を取り戻せたようだ。

麟の顔に精力が戻る。

さっきまでの消沈としている様は見ていられなかった。

俺も今まではあんな顔をして生きていたのだな。

希望も無く、過去ばかりに囚われたその姿は、まさしく亡霊であった。

けれど、今は違う。

「リン、オレニハ、ユメガ、デキタ」

麟が顔を上げてこちらを見る。

だから、高らかに宣言しよう。

「オマエト、ロウガガ、ユルスナラ、オレモ、カゾクニ、シテホシイ」

麟の目が見開かれる。

麟を見据えて、俺は宣言する。

「ソノタメニモ、ロウガヲ、タスケルゾ。フタリデ」

「うん」

腹を据え、二人は出雲へと向かう。

狼牙を救う為に……。








深く、暗く、全てが溶けた闇の中でソレは起きた。

「……」

ソレの瞳からはとめどなく涙が流れている。

「……」

慟哭する気力も無く、ただただ、涙を流すばかり。

「……」

ソレの心は哀しみと怒りと恐怖で満ちていた。

「……」

ゆらりと立ち上がる、その様は正に幽鬼であった。

「……」

ソレは大事な者に捨てられたと思っている。

「……」

ソレは愛したと思っている。

「……」

けれど、本当は違う。

「……」

ソレは愛されたかっただけなのだ。

「……」

絶望にまみれたソレの頭に一つの人物が浮かんだ。

「彼なら、妾を愛してくれるかしら……。」

ソレは出雲へと歩き出す。

ただただ、愛されることを夢見て。

一匹の狼は番いを求めて彷徨うのだ。


次回、シリアスがシリアスじゃなくなるかもしれません。

私にもわかりませんから。

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