一週間の道のり 六日目 昼
霧が晴れた森の中、風によって散り散りとなった灰は一つに集まる。
そして、その中から一矢纏わぬ狼女が生まれた。
「ハァー、やっぱり化けるのは疲れるものね」
伸びをしながら狼女もとい狼牙がいう。
「あら、口調変えるの忘れてたわ」
深呼吸をし、口調を変える。
「ん、これで元通りですね」
月の石でローブを作り羽織る。
そしてそれを、衣服に変化させた。
黒地に紅い彼岸花の描かれた浴衣。
少しキツいので、襟にゆとりを持たせる。
「もういいですよ。麟」
どこからか、麟が現れる。
「大丈夫?」
演技とはいえ心配したのだろう。
麟の顔には不安があった。
「あれ位どうということもありませんよ」
そう言って麟に笑いかける。
けれども、麟の表情は変わらない。
どうしたのかと思い麟に問う。
「何か気になることがあるの?」
その問いかけに 麟の身体が一瞬、硬直した。
しかし、麟は何も言わず。何かに気づいてほしそうに、妾を見る。
麟を抱きしめてやると、麟は硬直した。
妾に怯えているのだろうか?
妾は麟に問いかける。
「ねぇ、麟。言ってくれなければ何もわからないわ。
一体何が不安なのか、教えて頂戴」
けれども、麟は腕の中で硬直するばかり。
「ねぇ、どうして何も言ってはくれないの?」
答えない麟。
しかし、身体が震えている。
「一体、何に怯えているの?」
麟は答えない。
「どうして答えてくれないの?
どうして何も言わないの?
一体、何に怯えているの?
答えなさい!
答えなさい!
麟!」
物言わぬ麟に苛立ち、ヒステリックに叫ぶ。
すると、今まで怯えるばかりだった麟が、妾を突き飛ばした。
突然のことに尻餅をつく。
顔を上げて麟をみると……。
麟は泣いていた。
慰めないと、早く慰めないと。
立ち上がり、近づこうとすると。
麟は妾から離れる。
そして妾を睨みつけて言った。
「貴女は違う」
その言葉の意味は分からない。
けれど、拒絶された事は分かった。
「サヨナラ」
それだけ言って麟は何処かへ行ってしまった。
妾はそれを追えなかった。
追っても戻る事は無いと気づいているから。
私は妾にゆっくりと侵食されている。
その事実に気づかされたから。
「貴女は違う」
私は妾で違いないと思っていた。
コレは肉体の変化でしか無いと思い込んでいた。
思おうとしていた。
そうする事で、変貌するワタシを無視していた。
薄々感づいてはいた。
力を楽しむ感覚。
孤独への不安。
残虐性の増大。
歯止めの効かない心。
そして、家族への依存。
「大丈夫?」
麟もとうとう放置出来ないと、判断したから言ったのだ。
けれど、遅かった。
私はもう欠片程しか無い。
たったの三日でこれだ。
明日にはもう、私は妾に変わりきるだろう。
麟に愛想を尽かされたと知った妾は何をするのだろうか?
大体の見当はついている。
きっと、彼を求めるのだろう。
結末は分からないが、そこに幸せはあるのだろうか?
微睡みが私を襲う。
次に目覚めた時には、妾だけになるのたろう。
ならば祈ろう。
「妾に幸あれ」
暗転する世界。
倒れる身体。
全ては暗い森に隠された。