一週間の道のり 三日目
早朝、日は登りきっておらず。まだ、月が空に残っている。
何時もならば、猟師が森に向かう姿を見かけるだけなのだが。
この日は、様子が違った。
「こいつは……た、大変だ! 」
猟師が村の入り口で宣教士が倒れているのを見つけた。
死体の喉には短刀が突き刺さっており既に生き絶えていることは明白であった。
猟師は、急いで村に戻りこの事を知らせた。
その声は、村中に響き渡り月が沈みきる頃には大勢の人が集ったとゆう。
「それで、宣教士に絡んでいた俺たちに話を聞きたいと」
「お急ぎのところ申し訳ありませんが、捜査に協力していただけませんか? 」
朝方、二日酔いで寝込んでいたところ女将に叩き起こされた。俺は飯屋の机で自警団の兎人に取り調べを受けている。
「……今日は厄日かな?」
こうも衝撃的な事が続けて起こるとは……。
こっちは二日酔いで頭が痛むとゆうのに。
「顔色が悪いようですが? 」
「あ~、二日酔いだ。気にしないで欲しい」
「はぁ?」
そう言って、女将の置いていった水を呷る。
兎人は、辺りを見回して……。
「あの、お連れの二人はどちらに? 」
「あぁ、やっぱり連れて来ないとダメか?」
「聞き込みですから」
思わず溜息を吐く、なんせ二日酔いで無くても頭痛がしそうな出来事の一因だ。
正直、どう説明すれば良いのやら。
「なぁ、俺の連れがどんなか知ってるか? 」
「勿論、麒麟の女の子と狼の『男性』の筈です」
「なんで、知っているのかを聞いても」
「宣教士を追い出した方々として噂になってますから。自警団として調べてあります」
「……はぁ」
こちらの面子は把握済みとなると……ますます、合わせる訳にはいかない。
「すまないが、連れは俺より酷い二日酔いで寝込んでいる。
聴取は俺だけにしてくれないか? 」
「それは、少し困ります」
「そうか……なら仕方あるまい」
席を立ち、座敷に向かう。
兎人は、俺が連れを呼びに行くと思っているのか座ったままだ。
座敷には、確かに二人いる。
増えても減ってもいない。
しかし……。
「どうかしましたか?」
「お前をどうにかしたいんだよ……」
一人、性別が変わっている。
「なんで、お前は今朝になったら女になってるんだよ……」
「何度も言いましたが、私にもわからないのです」
女になった狼牙は、しれっと応え。俺は頭を抱えた。
怒鳴れば、頭痛が酷くなるために文句は全てしりすぼみになる。
何故、狼牙が女になったのか。
そして、何故……。
「お前が夢の女に似てるのか……」
「知りませんよ。そんなこと」
狼牙の姿は、毛は黒に近い灰色に変わり胸も少し膨らんでいる。
本当にどうしてなんだろうか。
「今はそれより、自警団の方に説明しませんと」
「性別が変わった説明もか? 」
「男装してましたでよろしいのでは?」
「お前、毛の色も変わってるんだぞ」
「……白粉でなんとか」
「どっから持ってくるんだその白粉」
「勿論、月の石を使います」
「……鏡も作れば良いとして、時間を稼げば案外いけそうだな」
「そうしましょう。
竜牙さん、時間稼ぎはお任せしました」
「あっ、おい、待て、閉めるな……糞っ」
襖を閉められた。
俺は、肩を落とし項垂れる。
「持って四半刻だからな」
「わかりました」
そう襖越しに伝え、俺は頭の痛みを我慢しながら飯屋にむかった。
「なるほど……、それであなた方はそれを止めるために旅を」
「そうなるかな」
時間稼ぎとして、俺は教団を追っていることを話た。
行く先々で、こうした自警団に勧告していけば宣教は少し遅くなるかもしれないな。
時間稼ぎは思わぬ成果をだしそうだ。
「人間同士まったく上手くいっているのに、一体どこの誰がこんな事を考えたのやら」
「誰かは知らんが、宣教士には気をつけろ。一宗教だと思って侮ると痛い目にあう」
「よし、分かった。後の話は本部で聞かせてもらおうか」
兎人が立ち上がり、縄を持ってこちらに迫る。
「ちょっと待て、何で俺を捕まえようとする」
「死んだのは宣教士だ。
そして、動機もあれば最後に目撃された時、近くにいたのもお前達。
本部に来てもらうには十分だ」
くそっ、二日酔いのせいで墓穴を掘った。
時間稼ぎにばかりに気がいって、不味いことになってしまった。
立ち上がり、机を挟むように逃げる。
狼牙はまだなのか……。
周りは、何時の間にか野次馬に囲まれており、逃げることは難しい。
「観念するんだな」
「……クッ」
捕まるしかないのか?
諦めかけたその時。
「何です、この人だかりは?」
狼牙が野次馬を割って現れた。
その姿は、男の時と同様に白に近い灰色の毛である。
ただ、着ている男物の着物が少し大きく布が余っていた。
「貴方は、この方の連れですね」
「えぇ、それでは貴方が自警団の方ですね」
狼牙はチラリとこちらを見て、直ぐに視線を兎人に移した。
「……宣教士の死体が見つかったそうですね」
「はい、今朝早くに」
「港の村に向かう道で見つかったのでしょう」
兎人の言葉を遮り狼牙は死体の有った場所を言った。
「どうして」
「どうして、知っているのか。
それは、私が目撃してるからですよ。
宣教士が死んでいるのをね」
狼牙は不敵な笑みを浮かべ続ける。
「昨晩、散歩をしてましたら宣教士に襲撃されましてね。
まぁ倒して捕縛しようとしたら逃げまして、追いついた頃には短刀を喉に突き刺して絶命してました」
言い切り、困ったものですと肩を竦める狼牙。
こいつ……。
「莫迦たれ、それじゃ余計に疑われるだろうが!」
事細かに状況を説明してさらに疑いを深めるようなことを平然とやりやがった。
しかし、狼牙は笑みを浮かべながら返してくる。
「普通でしたらね」
「……そうですね、嘘はついていないようですし今回は不問にしましょう」
「えぇ、助かりました」
ご協力ありがとうございました。と言って兎人は帰って行った。
野次馬も散り散りになり残されたのは俺と狼牙だけ……。
俺は、狼牙に兎人が見逃した理由を聞く。
「どうして、兎人は帰って行ったんだ」
「あぁ、私の証言が本当だと確信したからですよ」
「何を根拠に」
「人間、嘘をつく時は大なり小なり動揺します。
それは、様々な形で表れるのですが最も信憑性が高いものとして心拍が挙げられるのです。
兎人は、耳が良いのでそれで確信したのでしょう」
「そうなのか」
一応、納得はいく説明を受けてこの話は終わりにした。
問題なのはこれからだ。
「狼牙、買い物なんだが食料の前に女物を買っておくほうがいいのか?」
「あっ、大丈夫ですよ。
白粉と鏡を戻せば月の石で作れますから」
「……そうか」
要らぬ気をつかったようだ。
その後、狼牙が白粉を落とすついでに、麟を呼び、遅い朝食を食べて宿を出た。
二日酔いは何時の間にか収まっていたようだ。
村の市場、食料を買いに来たのだが。
「おや、娘さんかい」
「お兄さん、若いのにやるねぇ」
「親子で旅かい羨ましいね」
行く先々で子連れの夫婦と勘違いされる。
狼牙の雰囲気と小さい麟、年の割りに落ち着いているらしい俺。
傍目から見ればそうかもしれないが……違うと言いたい。
俺が何とも言えない気恥ずかしさを味わっている最中も、悪ノリした狼牙はそれらしく振舞っている。
麟は、右手で狼牙の手を握りしめているのだが……何故、左手がこちらの手に伸びる。
その手を避けると麟はジッ、とこちらを見つめてくる。
「……」
「握らぬぞ」
「……」
「そんな目で見ても握らぬぞ」
「……グスッ」
「グッ、に、握らぬからな」
麟が今にも泣き出しそうな目で見つめてくるがこれ以上の羞恥には耐えられない許せよ。
「どうして意地悪するのですか」
「ぬぅ、しかし」
「まったく……仕方ありませんねぇ」
そう言って狼牙は麟を抱き上げてあやす。
そして、こちらに意地悪な笑顔を向けて周囲に聞こえるように言う。
「麟、お父さんが意地悪するからって泣いてはいけませんよぉ」
「な、何を言って」
「まったく、手を繋ぐくらいしてあげても、よろしいではありませんか?
お、と、う、さ、ん」
や、やられた。
師匠に悪戯される側の人間だと思って油断していた。
こ、こいつも悪戯する側の人間だ!
もっと早くに気づくべきだった。
「やぁねぇ、狭量な父親は……」
「きっと、亭主関白で老人になったら家にいるだけよ」
「あんな小さい子に意地悪するなんて信じられないわ」
周囲の中傷が胸に刺さる。
俺は……。
俺は……。
俺は、羞恥心を捨てた。
「お、お父さんが、わ、悪かった。
麟、許してくれ」
大衆の前で頭を下げた。
「……手」
「うん?」
「……手……繋いで」
「あ、あぁ、いいだろう」
麟から差し出された左手を握る。
それを見て狼牙は麟を降ろし右手を握る。
「麟、嬉しいですか?」
「うん」
「それは良かった」
可愛らしい笑顔を浮かべて麟が言う。
狼牙もそれに笑顔で返す。
辺りから、拍手が起こった。
何だコレは?
納得はいかない。けれど、不思議と悪い気はしなかった。
「……今はウソだけど」
「何か言ったか? 」
「いえ何も」
「……そうか」
夢の女に似た空気を一瞬感じたが直ぐにいつもの狼牙に戻った。
この時に、狂気に気づけば何かが変わったのかもしれない。
彼の中に彼女が産まれてからの変化に。
買い物を終えて村を出た。
旅の空は何処までも落ちていけそうな位に深い青空で酷く自分が小さく思えた。
「家族か……」
「また、やります」
「いや、今はまだやることがあるから」
「そうですか」
では、それがすみましたら……。
二作前のゴーレムについて少し改訂しました。
また、作中で解説していなかった金銭についてですが。
銅貨一枚=十円 として。
銀貨一枚=銅貨百枚
金貨一枚=銀貨百枚
となります。
質問等は随時、受け付けております。