一週間の道のり 一日目
「私に勝てると思ってましたか?」
倒れ伏す俺の目の前に灰色の毛に覆われた足が見える。
何故、こんな事になったのか?
その答えを探す為に目を閉じる。
「もう、ダウンですか?張り合いがありませんね」
トドメです。その言葉が聞こえると同時に衝撃が襲い。
そこで、意識が途切れた。
「……さん、起きて……さい。……牙さん、起きてください。竜牙さん、起きてください」
「……ハッ‼」
突然、起こされたために驚き声を上げる。
目の前には、灰色の狼の顔をした獣人、狼牙だ。
起き上がり、辺りを見渡すと、登る朝日と焚き火の燃えかす。それから、天幕があった。
「俺は、……眠っていたのか」
「えぇ、ぐっすりと」
可愛らしい物を見たような口調で狼牙は言う。
「仕方ありませんよ、昨日は色々あったでしょうから。初めての旅は疲れるものです」
「……そうだな、旅に出たのは昨日だった」
なんと無く違和感はあるが、旅に出たのは『昨日』だ。
「どうかしましたか?」
悩んでいるのが顔に出たのだろう、狼牙が聞いてきた。
「いや、少し寝ぼけているようだ」
「なら、いいです。
私は麟を起こしてきます」
天幕に向かって行く狼牙、それを見て俺は、『何時もの光景』だと思った。
『何時もの光景』それに対して疑問を持つが……。
「既視感だろう」
母に起こされていた自分と狼牙に起こされる麟の姿を重ねただけ……そう判断した。
思考を終えると、天幕から二人が出て来た。
麟が俺の顔を見つめる。
「何か、俺の顔についてるのか?」
「……、おはよう」
そう言うと顔を逸らし黙ってしまった。
「麟は、恥ずかしがり屋なんです。
許してあげて下さい」
俺の顔が不機嫌に見えたのか、狼牙がそう言ってきた。
「そこまで、狭量では無い。とりあえず、おはよう、二人共」
「えぇ、おはようございます」
和やかに返す狼牙、しかし依然として麟は、こちらを見ない。
「まぁ、いい。出発するから天幕を片付けてくれ」
「はい、少しお待ち下さい」
天幕に近づき、触れる。
すると、天幕は泥の様に溶け、丸い真珠のような石に変わった。
「……師匠も凄い物をくれたものだ」
「まったくです、無機物なら何にでもなれる月の石なんて物を何処で手に入れたんだか……」
呆れた様に言う狼牙、その手には真珠の様に、白く丸い石がある。
月の石と呼ばれるそれは、無機物限定だが想像した形に変化する能力を持つ、他にも機能があるらしいが……。
俺は、知らない。
「片付けも済んだ、さっさと行くぞ」
俺は、二人に背を向けて歩き出す。
そこに狼牙が質問する。
「朝ご飯は、どうなさるんですか?」
「干し肉でも食べればいい」
そう返す。
後ろからため息が聞こえたが気にする必要はあるまい。
それから、数時間歩き続けると海が見え始めた。
「アレは、もしかして海ですか?」
「あぁ、見えないが向こうに本州とやらがある。近くには港と村がある場合によってはそこに泊まる事になるかもしれん」
「食料を買ってもかまいませんね。干し肉だけでなく、果物も欲しいですから」
「好きにしろ」
どうも、食料が干し肉だけだったのが気に入らなかったようだ。
狼牙は不機嫌そうにそう言ってきた。
干し肉は美味いのに……。
港付近の村は、大陸と本州その両方と交流がある。
つまり……。
「最悪だな」
村の様子がわかる位に近づいた事でわかった。
木造で平たい構造をした建物の中、レンガによって作られた背の高い『教会』はよく目立った。
「おい、狼牙。ここで化けとくぞ」
「どうしたんです?」
「既に教会が建っている。此処はすでに敵地だ」
その言葉で気づいたのだろう、少し驚いたようだが。
「わかりました。麟、急いで化けましょう」
そう言って、人間に化けた。
「これでいいですね」
肩まで伸びた黒髪を後ろで纏めた眼鏡を掛けた優男が言う。
「……優男だな」
思わず口を滑らしてしまった。
「なっ、失礼ですね。っと、それより麟も……大丈夫そうですね」
狼牙は、文句を言った後に自身の隣に居る麟をみる。
麟は、既に背中にかかる位に長い黒髪の少女に化けている。
何処か遠くを見ている様な瞳と整った容姿が人形を彷彿させた。
「……なぁ、こいつ本当に生きてんのか」
「本当に失礼な人ですね、貴方も早く化けなさいよ。笑ってやりますから」
余りにも生気を感じない麟に、俺はまたもや口を滑らしてしまったところ狼牙に怒られた。
それに驚き慌てて化ける。
化けた俺の姿を見た狼牙は。
「チッ」
と舌打ちをした。
「その、なんだ、二人共、失礼な事を言ってすまない」
二人に謝るも狼牙は不機嫌なままブツブツと呟いたまま麟は相変わらず無表情。
「リア充、爆発すればいいのに」
「何だそのリア充ってのは?」
狼牙の呟きに対する質問をすると。
「何でもありません」
と言って麟を連れて村に歩いていった。
「ちょっと待て、置いてくんじゃ無い」
俺は急いで二人について行く。
村に入ると0教会の鐘が鳴り始め、毛無し達が何処かへと歩きだした。
「着いていってみましょう」
「あぁ」
目的地が近いのだろう、段々と人が多くなってきた。
しかし、移動中にも村には毛無し以外の人間は見れない。
「どうも、教会に向かってるようですね」
「何かあるのか?」
「私は、主日礼拝しか知りませんよ」
「主日礼拝?なんだそれは」
「日曜日にする主の言葉を説き明かす行事です」
「そんな事の為に集まるのか、信者は」
「宗教と言うのは大体そうです。それより、着きましたよ」
何時の間にか、毛無し達の足は教会の前にある広場で止まっていた。
「これから、何が起こるんだ?」
「さぁ、日曜日では無いから主日礼拝では無さそうですが……」
周りの毛無しは全員、教会の扉を見ている。
その扉が開き始めた。
そこから現れたのは、司祭の姿をした肥満体の男。
「……まんまですね」
「あぁ、絶対気に食わない事を言うだろうな……」
「お願いですから、暴れるのだけは止めて下さいよ」
目配せして俺に釘を刺す狼牙。
「善処はする。話出すようだぞ」
司祭が口を開く
「皆さん、主は仰りました。
この世界は、我等、人のためにあると
我等に仕える者として他の者は存在すると
我等こそが真に愛された者だと
皆さん、今まで我等は偽りの神の所為で力を無くしておりました。
ですが、真の神がとうとう、救世主様を遣わして下さいました。
救世主様は、奇跡を起こし、我等に力を戻されたのです。
そして今、我等は真の世界を取り戻す為に戦っているのです」
「世界は、我等、人の為だけに……真の世界、理想郷、亜人も獣も鳥も魚も竜すらも我等、人の為だけに……存在するのです」
司祭の口はまだ動いている。
けれど、俺の耳には聞こえない。
アレの声は聞こえない。
周りの毛無しの歓声も、狼牙の制止も……。
全身に力を入れると、赤い鱗が浮き出す。
人型が崩れて行く音と共に視界が高なる。
爬虫類の顔と長い首、腹以外を鱗に覆われた胴体、背中から生える皮膜の羽
太く逞しい足と腕、位を表すその指は四本。
ヒュイ~ルルルルォオオ~ン。
変化を終えた俺は、吠えた。
「な、何故、竜がここに……」
司祭が怯えた声をだす。
「ヨケロヨ」
口に可燃性の液を為吹き出す、そして、前歯を合わせる。
「カチッ」
火花を散らす。
吹き出した液に引火し、黒い炎が辺り一面を焼いた。
「あぁ、熱い‼」
「ひぃ、服が燃えちまった‼」
「髪が、アタシの髪が……」
突然の事に混乱する毛無し達。
信者には、まだ甘いだろう。
更なる苦痛を与える為には……。
「カミ、トヤラガイルノナラ、キョウカイハ、モエヌヨナ」
毛無しに聞こえるように言う。
「まさか……止めろ!
そんな事は許されん!
天罰が下るぞ‼」
「カミ、ナド、オラヌヨ」
空に羽ばたき、教会の上空から液を吹き出し……。
「カチッ」
爆発。
辺りに煙が広がり、教会を隠す。
俺は、煙を晴らすために勢いよく羽ばたく。
そこには……。
「……ヤハリ、カミ、ハ、イナイ」
崩れ落ち、瓦礫と化した教会があった。
放心する毛無し達。
俺は、教会だった瓦礫の上に着地する。
「ムナクソガワルイ、ヨテイトカワルガ、フタリトモ、ノレ、スグニ、ココヲデル」
「……仕方ないですね、いきますよ」
村の方から狼と麒麟の獣人が現れ俺に乗る。
「くっ、直ぐにでも本部に連絡を……」
司祭が港に走り出した。
「オチルナヨ」
「それは、どういう……ウワァ!」
二人にそれだけを伝え、飛び立ち港に向かう。
貿易船や漁船が纏められているそこに、液を吹きかけて……。
「カチッ」
爆破。
そのまま本州を目指す。
「コレデ、イクラカ、ジカンハ、カセゲル」
「うぅ、落ちるかと思いました」
「スマナイナ、スコシ、イソイダ」
狼牙に一応謝る。
「かまいません。それより、このまま出雲まで行けませんか?」
「ワルイガ、コノスガタハ、フヨウニ、ケイカイ、サレル。 ホンシュウニ、ツイタラ、トクゾ」
そう返す。
「仕方ありませんね。楽ができると思ったのですが」
「ヨノナカ、ラクニハイカナイ、モノダ」
「そうですね」
軽口を叩きながら空を飛ぶ。
「麟、あまり身を乗り出してはいけませんよ」
「……綺麗」
「ハンコクホドデ、ツク。ゾンブンニ、タノシムト、イイ」
眼下に広がる海原、麟はこの景色を気に入ったようだ。
「もう、昼を過ぎたようですね」
東寄りになった太陽を見た、狼牙が言う。
「アノ、ムラノコトヲ、カンガエルト、アチラノミナトモ、キケンダ」
「もしかして、今日も野宿ですか?」
港付近の危険性を説くと狼牙がそう聞いてきた。
「キタイハ、デキン」
それを聞くと狼牙は、がっかりした声音で「そうですか」と言って黙ってしまった。
結局、この日は港付近の村に教会を見つけた為に野宿となった。