深夜ダンジョンで落とし物を拾っていたら、配信者全員の嘘が見えるようになりました
会社を辞めた翌週、私は深夜ダンジョンの清掃員になった。
前職は、広告会社の営業事務。
毎日、終電ぎりぎりまで働いて、朝は吐き気をこらえながら出社していた。
「真柴さんは要領がいいから大丈夫だよね」
上司はいつもそう言った。
私は要領がよかったわけではない。
断る気力がなかっただけだ。
三年目の春、駅のホームで電車を待っていた時、ふと自分が一歩前に出そうになっていることに気づいた。
怖くなって、その日のうちに退職届を出した。
それから一か月、私はほとんど眠って過ごした。
昼と夜が逆転し、人の多い場所に出るのがつらくなり、でも貯金は減っていく。
そんな時、求人サイトで見つけたのが、深夜ダンジョン清掃員だった。
『未経験可。夜勤。会話少なめ。危険手当あり。落とし物回収、簡易清掃、低階層巡回』
会話少なめ。
その一文に惹かれて、私は応募した。
*
ダンジョンは、十年前から世界各地に出現している。
日本では、東京湾岸にできた巨大な地下迷宮が一番有名だ。
通称、東京第三ダンジョン。
国の管理下にあり、探索者ギルドに登録した者だけが入れる。
そして今、ダンジョン探索は一大娯楽でもあった。
剣と魔法で魔物を倒す配信者。
宝箱を開ける瞬間を中継する動画。
危険階層でのチャレンジ企画。
世間は毎日のように、ダンジョン配信で盛り上がっている。
ただし、配信が終わった後のダンジョンは、わりと汚い。
飲みかけの回復ポーション瓶。
折れた矢。
焦げた魔導ライト。
誰かが落とした携帯食料の包み紙。
魔物の粘液が乾いた床。
宝箱から出たけれど配信映えしないから放置された、よくわからない石。
私はそれらを、深夜二時から朝六時まで黙々と片づける。
仕事は地味だ。
けれど、嫌いではなかった。
ダンジョンの夜は静かだ。
昼間のような歓声も、配信者の大げさな叫び声も、コメント欄を意識した笑顔もない。
足音と、台車の車輪の音と、遠くで水が落ちる音だけ。
誰かに急かされることもない。
誰かに「大丈夫だよね」と押しつけられることもない。
私にとっては、ちょうどいい暗さだった。
*
その日も、私は第三階層の配信許可区域を回っていた。
夕方に、人気配信者グループ「プラチナアーク」が大型配信をしていた場所だ。
彼らは若くて顔がよくて、戦い方も派手で、登録者数は百万人を超えている。
私は詳しくないが、同僚の瀬野さんが言っていた。
「今日の夜は荒れてると思うよ。あの人たち、撮れ高のために魔物を集めるから」
「危なくないんですか?」
「危ないけど、登録者数が多いと注意もしづらいんだってさ」
嫌な話だと思った。
実際、現場は荒れていた。
壁には焦げ跡。
床には割れたポーション瓶。
魔物寄せの香の燃えかすまで落ちている。
「これ、禁止じゃないの……」
私は手袋をはめ直し、証拠用の小袋に香の燃えかすを入れた。
その時、瓦礫の隙間で、青白く光るものを見つけた。
ビー玉ほどの透明な球体。
中に細かな文字が流れている。
「配信用の魔道具かな」
手に取ると、表面にひびが入っていた。
落とし物回収袋に入れようとした瞬間、球体がぱきりと音を立てた。
「え」
青白い光が、私の指先から手首へ流れ込む。
痛みはなかった。
けれど、視界の端に、見慣れない文字が浮かんだ。
『真偽字幕、起動』
「……しんぎ?」
私は思わずあたりを見回した。
誰もいない。
床には粘液。
壁には焦げ跡。
そして、私の視界には、薄い水色の文字が揺れている。
『発言、記録、映像、行動の真偽を判定します』
「いや、困る」
思わず声に出た。
困る。
本当に困る。
私はただの清掃員だ。
真偽など判定しなくていい。
壊れた配信用魔道具は落とし物として届けて、帰って寝たい。
そう思ったのに、その日から私の視界は少し変になった。
*
最初に気づいたのは、翌日の休憩室だった。
同僚の瀬野さんが、缶コーヒーを開けながら言った。
「いやあ、昨日ちょっと腰やっちゃったけど、大丈夫大丈夫」
その瞬間、瀬野さんの頭の横に文字が浮かんだ。
『嘘。腰部打撲。階段下降時に痛みあり』
私は缶のお茶を取り落としそうになった。
「瀬野さん、腰、ちゃんと医務室で診てもらった方がいいです」
「え、なんで?」
「歩き方が変です」
「そう?」
「階段、痛いですよね」
瀬野さんは固まった。
「……なんでわかったの」
「なんとなくです」
真偽字幕のことは言えなかった。
自分でも信じられない。
けれど、念のため医務室へ行ってもらうと、瀬野さんは軽い打撲と診断された。
「真柴さん、すごいね。観察眼あるんだ」
「いえ、たまたまです」
そう答えながら、私は水色の文字を見ないように目をそらした。
たまたまではない。
見えてしまったのだ。
人が隠している痛みも。
言葉と事実のずれも。
*
それから、私はなるべく人の配信を見ないようにした。
けれど、深夜清掃員をしていると、嫌でも配信者とすれ違う。
夜の延長配信を終えて帰る人。
許可時間ぎりぎりまで粘る人。
清掃員を背景扱いして、カメラを向けてくる人。
「今日も余裕でしたね。下層の魔物も大したことないです」
『嘘。第七階層には到達していない。第三階層で撮影』
「この剣、視聴者プレゼントにします。俺たちにはもう必要ないので」
『嘘。耐久値低下。売却不可のため処分目的』
「初心者にも優しいコラボです。全員で楽しく攻略しましょう」
『一部嘘。初心者を囮役にする予定あり』
私は見なかったことにしたかった。
見なかったことにして、床を拭いて、瓶を拾って、朝になったら帰ればよかった。
けれど、ある夜、それができなくなった。
*
第五階層の安全区域で、若い女性配信者が一人、座り込んでいた。
名前は春原ゆい。
最近デビューしたばかりの新人で、人気グループとのコラボ配信中だと聞いていた。
彼女は膝を押さえ、青ざめた顔をしていた。
「あの、大丈夫ですか?」
私は清掃用の台車を止めた。
ゆいさんは、慌てて笑った。
「大丈夫です。ちょっと休んでるだけなので」
『嘘。右足首捻挫。痛みにより歩行困難』
私は息を呑んだ。
「同行者は?」
「先にボス部屋の確認に行ってます。私はすぐ追いつくので」
『嘘。同行者は置き去りを認識。救助予定なし』
胸の奥が冷えた。
コラボ相手は、プラチナアークだった。
私はゆいさんの配信端末を見る。
画面には、遅延配信中のコメント欄が流れていた。
『ゆいちゃん遅れてる?』
『演出かな』
『プラチナアーク優しいから大丈夫でしょ』
優しい。
その言葉の横に、視界の字幕が浮かぶ。
『嘘。安全確認なし。魔物寄せ使用済み』
私は無線を取った。
「こちら深夜清掃、真柴。第五階層安全区域で負傷者を確認。右足首捻挫疑い。魔物寄せ使用の可能性あり。救護班をお願いします」
無線の向こうで、職員が緊張した声を返す。
『了解。現在地を固定してください』
「ゆいさん、立たないでください。足を冷やします」
「でも、配信が」
「配信より足です」
私がきっぱり言うと、ゆいさんは驚いたように目を見開いた。
それから、唇を噛んだ。
「でも、迷惑をかけたら、次から呼んでもらえなくなるって」
「呼んでもらわなくていいです。置き去りにするような相手とは」
その言葉に、ゆいさんの目から涙がこぼれた。
私は清掃用の保冷剤をタオルで包み、彼女の足首に当てた。
「大丈夫です。救護班が来ます」
「清掃員さんなのに、どうして」
「清掃員だからです」
私は周囲を見回した。
壁際には、燃え残った香の灰。
魔物の足跡。
そして、まだ新しい血の跡。
「配信が終わった後に、何が残っているか見るのが仕事なので」
*
その救助は、思わぬ形で広まった。
ダンジョン内の安全記録用カメラに、私がゆいさんを救護班へ引き渡す様子と、プラチナアークが禁止薬具を使用していた証拠が映っていたのだ。
もちろん、私の顔は伏せられた。
けれど、ネットではすぐに話題になった。
『深夜清掃員、冷静すぎる』
『新人を置き去りにしたって本当?』
『清掃員さんの「配信より足です」が刺さる』
『プラチナアーク、説明して』
プラチナアークのリーダー、甲斐斗はすぐに釈明配信をした。
「僕たちは彼女を置き去りにしたわけではありません。一時的に別行動を取っただけです」
『嘘』
「魔物寄せの香なんて使っていません」
『嘘』
「清掃員の方が状況を誤解したのだと思います」
『嘘』
私は寮の小さな部屋で、その配信を見ながら、胃が痛くなった。
嘘の文字が多すぎる。
画面いっぱいに並ぶ水色の字幕に、目が疲れる。
私は配信を閉じた。
別に、誰かを暴きたいわけではない。
ただ、怪我をした人を放っておけなかっただけだ。
けれど翌日、ギルドから呼び出しがあった。
*
会議室にいたのは、探索者ギルドの安全管理課長と、ダンジョン庁の職員だった。
私は椅子に座るなり、頭を下げた。
「勝手に無線を使ってすみません」
「いえ、適切な判断でした」
安全管理課長は、そう言って書類を差し出した。
「むしろ、こちらからお願いがあります」
「お願い、ですか」
「真柴さん。あなたには、清掃員の仕事に加えて、夜間の安全巡回補助をしていただきたい」
「私が?」
「あなたは現場の違和感に気づくのが早い。禁止薬具の痕跡、負傷者の状態、配信者の置き去り。いずれも、通常の巡回では見落とされる可能性がありました」
私は困った。
違和感に気づいたのではない。
見えてしまっただけだ。
けれど、真偽字幕のことは、まだ誰にも言えなかった。
壊れた魔道具が体に入ったようです、などと言えば、検査か隔離か、どちらにしても面倒なことになる。
「私、戦えません」
「戦闘は求めていません」
「配信者と揉めるのも得意ではありません」
「揉める前に職員を呼んでください」
「人前で話すのも苦手です」
「必要ありません」
課長は、少しだけ笑った。
「あなたにお願いしたいのは、派手なことではありません。落ちているものを見ること。残っている痕跡を拾うこと。危ないと思ったら止めること。あなたが今までしてきた仕事です」
私は少し黙った。
それなら、できるかもしれない。
掃除ならできる。
落ちているものを見ることなら、ずっとやってきた。
「わかりました」
私が頷くと、課長はほっとしたように笑った。
「ありがとうございます。夜間安全巡回補助員として、手当もつきます」
「手当」
思わず聞き返してしまった。
大事だ。
とても大事だ。
「はい」
「やります」
課長が少し吹き出した。
*
夜間巡回補助になってから、私はますます配信者の嘘を見るようになった。
けれど、不思議なことに、全員が悪い人というわけではなかった。
「俺、怖くないです。全然平気です」
『嘘。かなり怖い。撤退希望』
「今日の企画は余裕ですね」
『嘘。同行者の安全を心配している』
「コメント欄、無理しろってうるさいなあ。いや、冗談ですよ」
『本当。無理はしたくない』
嘘は、悪意だけではなかった。
強がりも嘘。
見栄も嘘。
大丈夫と言ってしまう弱さも嘘。
前の会社で、私が何度も言った「大丈夫です」と同じ嘘。
だから私は、少しずつ声をかけるようになった。
「今日は霧が濃いので、引き返した方がいいです」
「そのポーション、色が変わっています。飲まない方がいいです」
「コメント欄は見なくていいです。足元を見てください」
「怖いなら怖いでいいと思います。撤退も記録になります」
最初は怪しまれた。
けれど、私の注意を聞いた人たちが大きな怪我を避けることが増え、少しずつ噂になった。
『深夜の清掃員さん、やたら当たる』
『あの人が止めた配信、翌日通行止めになってた』
『清掃員さんが拾うもの、証拠能力高すぎ』
『夜掃除のナギさんって呼ばれてるらしい』
やめてほしい。
私はただ、静かに掃除をしたい。
そう思っていたのに、ある日、ギルド公式から連絡が来た。
『夜間安全啓発用に、清掃視点の短い動画を作りませんか』
私は即答した。
「無理です」
課長は言った。
「顔出しなし、声も変えます。内容は、落とし物から危険を学ぶだけです」
「落とし物から」
「はい。配信者の名前は出しません」
少し興味が出た。
その動画なら、誰かを責めるためではなく、誰かが怪我をしないために作れる。
「一本だけなら」
そうして始まったのが、ギルド公式の短い安全動画だった。
『深夜清掃記録』
第一回は、変色した回復ポーション。
第二回は、魔物寄せの香の燃えかす。
第三回は、折れた矢の角度からわかる誤射の危険。
私は顔を出さず、淡々と説明した。
「落とし物は、持ち主の失敗を責めるためにあるのではありません。次に同じ失敗をする人を減らすためにあります」
その一言が、なぜか切り抜かれて広まった。
*
プラチナアークが完全に崩れたのは、冬の大型配信の日だった。
彼らは第十階層の未確認区域へ挑むと宣言した。
ギルドは許可していなかった。
けれど彼らは、通常区域で配信を開始し、途中から勝手に未確認区域へ入った。
私はその日、夜間巡回に出ていた。
配信画面の中で、甲斐斗が笑っていた。
「ここは安全確認済みです。ギルドにも許可を取っています」
『嘘。許可なし。安全確認なし』
私はすぐに無線を取った。
「第十階層、未確認区域への無断侵入を確認。配信者グループ、プラチナアーク。緊急遮断をお願いします」
『了解。位置情報を確認中』
その瞬間、配信画面の奥で、壁が波打った。
迷宮の壁が動く。
未確認区域で時折起きる、階層変動だ。
退路が変わる。
魔物の通り道も変わる。
甲斐斗の笑顔が固まった。
「え、ちょっと待って」
『本当。想定外』
コメント欄が流れる。
『演出?』
『すごい』
『やばくない?』
やばい。
私は台車を押して走った。
第十階層は清掃対象外だが、隣接する第九階層の排水路なら知っている。
以前、スライムの粘液を流すために、古い排水ゲートの位置を確認したことがあった。
階層変動で道が塞がっても、排水路は残る可能性がある。
「真柴さん、どこへ行くんですか!」
瀬野さんの声が無線から飛ぶ。
「第九階層の排水ゲートへ向かいます。第十階層に接続しているかもしれません」
『危険です。救助隊を待ってください』
「待っていたら、魔物が来ます」
視界の端に、真偽字幕が浮かぶ。
『第十階層、魔物接近。三分以内に接触』
私は舌打ちした。
本当に、こういう時だけ正確だ。
*
排水ゲートは、半分錆びついていた。
私は清掃員用の鍵を差し込み、体重をかけて回した。
ぎぎ、と嫌な音がする。
隙間から冷たい風が流れた。
つながっている。
「こちら真柴。第九階層排水ゲートから第十階層側への風を確認。誘導灯を設置します」
『真柴さん、救助隊が向かっています。無理はしないでください』
「無理はしません。仕事をします」
私は清掃用の魔導ライトを床に並べた。
青い光が、細い通路を照らす。
その奥から、誰かの叫び声が聞こえた。
「こっちです!」
私は声を張った。
「光の方へ来てください!」
最初に現れたのは、プラチナアークのサブメンバーだった。
顔面蒼白で、足を引きずっている。
次に、カメラ担当。
最後に、甲斐斗がよろめきながら出てきた。
彼は私を見るなり、泣きそうな顔で叫んだ。
「助けてください!」
『本当』
その文字を見て、私は少しだけ息を吐いた。
嘘ではなかった。
今、この人は本当に助けを求めている。
「全員、壁際へ。足元を見て。走らないでください」
「魔物が、すぐ後ろに」
「わかっています」
私は台車からスライム凝固剤を取り出した。
本来は床清掃用だ。
けれど、魔物の粘液にも効く。
排水路の奥から、濁った音が近づいてくる。
私は凝固剤を床に撒き、魔導ライトを蹴って奥へ転がした。
光に反応した大型スライムが、こちらへ滑り込んでくる。
その瞬間、床の凝固剤が反応し、スライムの表面が白く固まった。
「今です!」
救助隊が到着し、拘束魔法を放つ。
大型スライムは排水路の中で動きを止めた。
甲斐斗たちは、全員救助された。
大きな後遺症が残る怪我人はいなかった。
それが何よりよかった。
*
後日、プラチナアークは活動停止になった。
無許可区域への侵入。
虚偽説明。
禁止薬具の使用。
新人配信者の置き去り。
過去の危険行為も次々に明らかになった。
甲斐斗は謝罪配信をした。
「僕は、数字ばかり見ていました。視聴者数、登録者数、同接、切り抜きの再生数。危険を大きく見せれば見せるほど、数字が伸びると思っていました」
『本当』
「けれど、助けを求めた時、来てくれたのは、僕が軽く見ていた清掃員の方でした」
『本当』
「本当に、申し訳ありませんでした」
『本当』
私はその配信を、休憩室の隅で見ていた。
嘘の文字は出なかった。
だからといって、全部が許されるわけではない。
でも、少なくとも今の謝罪は本当だった。
それで十分だと思った。
瀬野さんが隣に座り、缶コーヒーを差し出してくる。
「有名人だね、ナギさん」
「やめてください」
「深夜清掃記録、登録者数すごいことになってるよ」
「見てません」
「見た方がいいよ。収益化できるって」
「収益化」
私は缶コーヒーを受け取った。
大事だ。
とても大事だ。
瀬野さんは笑った。
「真柴さん、そこだけ反応が正直だよね」
*
それから半年。
私は正式に、ダンジョン庁の夜間安全監査員になった。
仕事は相変わらず夜だ。
清掃用の台車も押している。
ただ、制服の腕章が少し変わった。
『夜間安全監査員』
そう書かれた腕章を見て、ゆいさんが笑った。
「ナギさん、似合ってます」
「そうですか?」
「はい。すごく」
彼女は足の怪我から復帰し、今は安全重視の探索配信をしている。
無理をしない。
撤退を恥ずかしがらない。
危険をきちんと説明する。
その姿勢が支持され、以前よりずっと穏やかなファンが増えたらしい。
「今日の配信でも、ナギさんの動画を紹介していいですか?」
「顔を出さないなら」
「もちろんです」
私は少し考え、つけ足した。
「あと、怖い時は怖いと言ってください」
ゆいさんは、はにかんで頷いた。
「はい。ちゃんと言います」
『本当』
視界の端に浮かんだ文字を見て、私は少し笑った。
*
深夜二時。
配信者たちが帰った後のダンジョンは、今日も静かだ。
床には、空になったポーション瓶。
壁際には、折れた矢。
安全区域のベンチには、誰かが忘れた手袋。
私はそれらを一つずつ拾い、記録していく。
落とし物は、ただのごみではない。
誰かが無理をした証拠。
誰かが怖かった証拠。
誰かが助けを求める前に残した、小さな手がかり。
それを拾うのが、私の仕事だ。
視界の端では、今も時々、真偽字幕が揺れる。
最初は嫌だった。
嘘なんて、見えない方が楽だと思っていた。
けれど今は、少しだけ違う。
嘘が見えるから、人を責めたいわけではない。
嘘の奥にある痛みや危険を、見落としたくないだけだ。
私は清掃用の台車を押しながら、通路の先へ進む。
今日もまた、誰かの配信が終わった後のダンジョンを歩く。
派手な戦闘も、歓声も、コメント欄もない。
けれど、ここには確かに、次の誰かを守るための仕事が残っている。
私は床に落ちていた小さな魔石を拾い、回収袋に入れた。
そして、胸元の小型カメラに向かって静かに言う。
「深夜清掃記録。第百二回。今日は、落とし物の手袋からわかる低体温の危険についてです」
ダンジョンの奥で、水の落ちる音がした。
私は少しだけ笑って、台車を押す。
会社を辞めた日、私は自分が何もできない人間になったのだと思っていた。
けれど、違った。
誰かの派手な光になれなくてもいい。
誰かが帰った後に残されたものを拾い、次の誰かが安全に帰れるようにする。
それも、ちゃんと仕事だ。
それも、ちゃんと誰かを救う。
だから私は今日も、深夜のダンジョンを掃除する。
嘘の奥にある、本当の危険を見逃さないために。




