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おねがい……時の流れとつぐみの唄




世はすっかりと徳川色だ。

私のせいで何やかんやと混乱させたが家康は関ヶ原を征して勝者となった。


この後、正式に徳川家康が征夷大将軍を任命され、今に至る。


豊臣方は徳川の伸張に懸念を抱き、当然これに反発。

徳川も今後の統制の為に豊臣方にいちゃもんをつけてまで決着を狙う……と。

最後の戦いはまだ始まっておらず、これが収まる時が戦国の終わりだろう。


大阪夏の陣は近い。


近いのだが……、なんというか、

それと裏腹なこそばゆい状況に私はいる。




当時の私は、なかなかに大変な問題を抱えていた。


雉鳴女を早く娶れと周囲の圧力がとてつもない強敵となっていたのだ。

山犬、鳴女を筆頭に妖怪衆は勿論のこと近隣の神霊、太陽神に豊穣神までがせっついてくる。


これが何ともしがたい強敵だった。


私としては、こういうのはもっとお互いに理解を深めてからというか、

婚姻とはやっぱり破られる事のない誓約であって欲しいのできちんと考えてからが望ましいし。


たしかに長く連れ添ってきた仲だけれども、先に結ばれてしまった間柄だけれども。


彼女が私に飽きてしまわないだろうかとか、本当に私でいいのだろうかとか。

あの日、私の醜い心まで全部覗かれてしまっているわけで、とにかく不安でならなかった。

だって雉鳴女は本当に私なんかには勿体無いぐらい素晴らしい女性なのだから。


幸せになって欲しいし、幸せにしてあげたいけれど、

はたして私にできるのか、などとその時期の私はとても卑屈だったのだ。


でも、その日が来て彼女の笑顔を見た時、すべてが晴れた。




結婚までの間、彼女の偵察をしてくれた鶫鳴女には感謝している。


「不安でしたら、私が調べてさしあげましょうか?」


婚姻すれば義娘になりますしね、と相談に乗ってくれて助かった。

実は雉鳴女側からも同じように相談に乗っていたらしいのは最近知ったが。

そのあたりはキチンと情報管理して互いにばれないよう気を使ってたそうだ。


無理に二重スパイをやらせた形になって申し訳なかった。


けれど、けれどだな。

たしかに私は『代わりに何でもお願いを聞く』と言ったわけだが……。



あのだね、胡坐の間に納まってるのは何でなんだい?



「これがお願い事ですからね、『お父様』」



言って、私の胸板を背もたれにし体重をかけてくる。

華奢な肩は雉鳴女に良く似ていて、ほんの少しスケールダウンしただけのようだ。


彼女のお願いは『父とお呼びしてよろしいですか』というものだった。


元々、鳴女衆は雉鳴女を『母』と慕って集まった組織なので、

そういう意味で父と呼ばれるのはこちらとしても認められたようで嬉しい。

結婚に多くの祝福を貰える、それは幸せを望んでくれる人がそれだけいる証拠。

断る理由など微塵も無く私は頷いたのだ。


しかし、妻の目の前でこう露骨に甘えられるとだな、流石に視線が厳しかったりもするんだよ。



「大丈夫です、そちらも『お願い』しています。

 そも娘が父に甘えるのは至極自然なことですから問題などあろうはずがないのですが」



……どうも彼女はばっちり雉鳴女にも『お願い』をしていたらしい。

でも、そのお母さんの視線が隣から突き刺さっているのに気付いているのだろうか。


気付いているんだろうなぁ……、気付いていてやってるんだろうなぁ。


更に彼女は所在無さ気な私の手を掴むと、私に自分を抱かせるように回した。

要するにこれはすっぽりと抱きかかえる形だ。



「あぁ、これは良いですね。

 心がぽかぽかして……安心を感じます」



ぐぬぬ、と普段からするとらしからぬ顔の雉鳴女。

冷静沈着で流麗優美な妻も、そんな可愛い表情をするものなんだなと

思わぬ役得に娘を褒めたくなったが、後で喧嘩に発展したりしないか心配だ。


私では最早収拾がつかないと判断して

それとなく山犬に救援要請を目で送ってみたが、鼻で笑って去っていった。


こうして甘え倒す鶫と羨ましがる雉に挟まれた私は、

嬉しくも心地の悪い(いや、抱き心地は最高なのだが)妙な空間で数刻煩悶する羽目になる。







その日の夜、私は山犬に神社の裏に呼び出された。


月見の誘いだろうが山犬からとは何とも珍しい。

そんな気持ちで来たのだが、ここで隠れていろと縁の下に押し込められた。


一体何をやらせたいのかまったく分からなかったが素直に従っておく。




数分待っていると、頭上、縁側を渡る音が聞こえる。



「貴方に呼ばれるなんて珍しい」


「昼間、随分とらしくなかったからな。

 腹の内を聞いておこうと思ったのだよ」



新たな声の主は鶫鳴女らしい。

山犬は彼女の悩みを盗み聞きしろといっているのか。


気が咎めるところもあったけれども、たしかに私も彼女らしくなさは気になっていた。

無理にはしゃいでいるみたいで、空元気のような感じがしたのだ。

悪いとは思いつつ、話を聞かせてもらう事にする。



「らしくない、ですか?」


「あぁ、あやつを無理に『父』と呼ぶ。

 そこまで自分を縛らずとも良かろうにな」


「……」



鶫鳴女が押し黙ったのが分かった。


それを受けて山犬がこの際だから悩みを吐き出してしまえと促す。

私は息を潜めて彼女の言葉を待った。



「……そうですね、長くなりますがよろしいですか?」



始めにそう慎ましげに告げて、彼女は語り出す。




「私達がまだ大和に所属していた頃。

 ちょうど東征が終わって一段落がついた頃。

 誰をモリトの国へ遣わせるか、揉めた事があるんです」



「正直なところ、恐ろしかったんですよ、当時のモリトの国は」



「雉鳴女は、母さんは覇道に汚点を残した責任から真っ先に手を上げた。

 獅子身中の虫、埋伏の毒、危険な任務だから私以外の鳴女も手を上げたけれども」



「みんな心配したものです、殺されたりはしないだろうかなんてね。

 杞憂に終わって良かったわけなんですが、母さんは『杜人神は善き神だった』と。

 随分と貴方達を買っているようでしたから皆が不思議に思ったものです、

 そうですね、それがきっと私達鳴女がこの土地に興味を持つ様になった切欠でしょうか」



「母さんが正式に結婚したんだと思うと、そこに色々と思う所がありましてね」



「……縁の深さで言えば、きっと一番は山犬、貴方です。

 二番目は母さんで、三番目はおそらく私ではないでしょうか」



「ですが……」



「もしも、私が先にこの地へ来ていたら……。

 ひょっとして結ばれていたのは私だったのかな、なんて」



「こうして母親を妬んでる、私は悪い娘ですよね」



「勿論、母さんの幸せは願ってます。

 そして、その相手があの人以外にありえないって事も分かってます」



「母さんがどれだけ苦しい思いをしたのか、

 いや、私達がさせてしまったのかも全部分かってます」



「あの人も、いつだって母さんを気にかけてた」



「村を巡る時も、田畑に祝福する時も、祭りの時も、

 ふと、どこか遠くを見ては誰かを想っていて、それは母さんだった」



「互いに互いを想い合って、千年の苦難を越えてきた」



「そうして、二人は結ばれるべくして結ばれた、これは祝福されるべきです」



「なのに、私は……」



「私だってずっと傍に居たのに、とか。

 暗い考えが浮かんでしまんですよ、時々」



「ふふっ、子供の我侭ですよね、これは。

 私にも上手く説明できないんです、この気持ちを」



「好きっていう気持ちは、難しいです、とても」



「幸せを壊すような好きを持て余したくはありません。

 だから、私は『父』と呼ぶように、そう、区切ったんです」



「母も、父も、私は大好きですからっ」



「でも、やっぱり急には慣れませんね。

 いつも通りの延長でいたつもりですけど、変でしたか」



「これも難しい言葉ですよね、『らしくない』というのは。

 なんだか未練がましくていけませんね、どうもすみません」



「すみません……っ」



「……ごめんなさい、少しだけ、泣いてもいいですか」



「ありがとう、ございます……」







鶫鳴女の涙が、頭上から聴こえる。


山犬に顔をうずめて泣いているのだろう。

静かな嗚咽だけが、夜の音となっていた。


そして、縁の下で私は情け無い事に固まっている。

彼女の独白に大きな衝撃を受けて思考が止まってしまっていたのだ。



「……っと、すみません、もう大丈夫です」



震える喉を抑えながら鶫鳴女は山犬から離れたようだ。

もう大丈夫なのか、と気遣わしげに山犬が声を掛けている。



「しかし、母娘揃って恋に臆病で不器用だな」


「ふふっ、それはもう母娘ですから」


「まぁ、その調子なら大丈夫か」


「話を聞いてくださって、ありがとうございます」



山犬との応答に、鶫鳴女が元気を取り戻したのが分かった。



「それで、大人しく娘に納まっておく事にしたのか?

 雉に言えば妾でもなんでも認めてくれそうなものだがな」



この発言に、私は飛び跳ねそうになる。

突然何を言い出してくれるのだ、この相棒は。


それに対して鶫鳴女は軽快に笑いながら答えた。



「そうですねぇ……。

 しばらくは娘だけの特権を楽しもうかと思ってますよ。

 母さんは恥かしくてお昼みたいに甘えたりできませんからね。

 あれは私だけの特別な幸せとして大事に味わっていこうかと」



娘は娘で妻には無いものがありますからね、背徳感とか。

そう冗談めかして楽しそうに話す彼女に……、


なるほど、夫婦仲が単調化してきたらちょっかいを出してやれ。

などと洒落にならない事を言いながら山犬も笑った。







「そういうわけで、床下の誰かさんにお願いします。


 貴方の娘を大切にしてください。

 奥さんの次で良いのです。


 たまに抱っこしてくれれば娘は幸せです。

 いつか親離れできる時まで、お願いしますねっ」




……ッ!




「なんだ、気付いておったのか」


「何百年一緒に居たと思ってるんですか

 私と母さんが愛しいあの人の気配に気付かないはずがありませんから」




失礼いたします、と鶫鳴女は森に消えていった。





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