杜人閑話……神刀想々『平穏の中で』
器物百年を経て魂魄を宿すと云う。
『物』ではなく『祈り』を写し取ったのならば尚更だ。
意思は力と成り世界を動かしてきた流れの源なのだから。
鉄の体に沁み込んだ数え切れぬ祈りが、我意を産んだ。
この身は一振りの刃。
幾星霜、様々な人々を通り過ぎた。
幸いにも、多くは善き担い手であったと思う。
彼、あるいは彼女らは我を手にその意思を貫かんとした。
それこそ我が身を振るうに足る資格。
元よりこの身は『守りの守り』であり、光輝を放つ意思に魅せられ、惜しみなく応えてきた。
時に欲望や声望を求め、我が在り様を否定する担い手もいた。
奪う為に振るう者、それは『守護』の成し手に相応しくない。
そんな時はただの鉄塊に戻り、沈黙してやった。
道具にも意思はある、意地もある、誇りがある。
存分に振るわれ、役目を果たし、鞘に眠る我は幸せだ。
つい先日、我が記憶の中における最大の雪辱も果たしたしな。
不滅を得て永遠とも思える生を約束された我から決して消えぬ悔恨。
九州、蒙古襲来。
足りぬ戦力、惑う民衆、涙と悲しみを防ぐべく駆け巡った戦場。
絶望の戦争を生き抜いた先に待っていた裏切り、けれども抜かれなかった刃。
あの日、抜かれていれば守れた。
しかし、だからこそ彼は抜かなかった。
まだ若く意思の弱かった我の迸る憤怒、
ともすれば勝手に鞘から解き放たれそうな殺意に、
優れた担い手たる彼は気付いていたのだ。
抜かれていれば我は怒りにまかせ風で不埒者共を吹き払い、
彼の身体を無理に動かしてでも恩知らずな輩を皆悉く斬り殺してやっただろう。
血塗れとなろうとも彼を守れたに違いない。
だが、それは我が在り様を自分で否定するものだ。
彼は一振りの刀の、その誇りさえも尊重し守ってくれた。
『守護の刀』を『殺戮の刀』に堕とさぬよう、彼は抜く事なく戦い、果てた。
自分の本分を忘れ、凶器に堕落した心を救ってくれたのだ。
もしも『殺す意思』ではなく『守る意思』を持てていたならば彼は死なずに……。
魂に焼き付いて消えない、消してはならない後悔の灯。
力の意味と、自身に託された祈りの重さを教えてくれたもの。
最も我を理解し、振るってくれた担い手。
彼だけは、『森戸戌彦』の名だけは忘れない。
その子孫が『祈り』を果たそうと我を手に叫んでくれた事が、どれだけ嬉しかったか。
戦乱も終わりを告げた。
世が治まれば刃金が成すべき事は無くなる。
『守りの守り』が出張らずとも良い世の中は、きっと素敵だ。
ほんの少しだけ刀剣としての不満を言うならば、
本来の持ち主、杜人神がちっとも我を振るってはくれない事だけであるが……。
「世の中、一振りくらい抜かれぬ刀があっても良いと思うよ」
まぁ、杜人神の言葉通りに眠るのもまた善し。
それもまた、平和平静に似て風流なりける、か。
「斬った張ったの争いはどうにも苦手でね。
いざという時は信頼してるよ、どうか皆を守る力であってくれないかな」
良かろう、その祈りを糧になってやろうではないか。
かの高名な至宝、敵対者を薙ぐ神器、天叢雲剣と対を為せる『守り』の刃金に。
こうして我は眠る。
平穏の中で静かに力を蓄えながら。